黄泉の巫女

メガ氷水

流石にVRでネカマは無い


 防御がマイナスになる呪いの装備を着るとなぜ逆に打たれ弱くなるのか?

 初めの疑問はそれだった。


 鉄の鎧ー99。

 これはヒノキ等の棒で突かれた時、生身の時に比べさらに傷が深くなる値だ。

 何の変哲もない木の棒。

 それが鉄を貫通する。

 あまりにも非現実的な光景である。

 所詮はファンタジー。

 その通りだと思う。

 それでもこう思ってしまうのだ。

 目の前で起こる屁理屈を、単なる当たり前と片づけてよい物なのかと。

 もしもこの呪いを上手く活用することができれば、ゲームでどれほど優位に立てる事だろうと。

 それが初めて、呪いという存在に興味を持った瞬間だった。


  *  *  *


 俺の日常は非常に平凡だ。

 小学校と中学校の頃はまだやんちゃで、友達の家に行ってははしゃいでいた時期だった。

 けど高校では一転、妹と違って友人ができるようなこともなく教室のシミと化した。

 友人とハッキリと言えるような人はいないし、部活動を終えるとすぐに帰る。

 そんな生活だけど、正直言って不満は無かった。

 自分の趣味が楽しければそれでいいと考えていたから。


 アース・ワールド・イッシュ。通称AWI。

 あらゆる世界の神話が一挙に集う、よくある剣と秘術がひしめく世界観のオンラインゲーム。


 突然だけど女と男。

 どっちを主人公にしてゲームをプレイするかと問われれば、ノータイムで俺は女主人公にする。

 単純な理由だ。

 むさくるしい男性を選ぶより、可愛らしい女の子で冒険していた方がモチベが上がる。

 別に男を選ぶ人を馬鹿にしているわけではない。

 ないけど気持ちは全く理解できない。

 誰が好き好んで四六時中男の尻を眺めなければいけないのか。


 そんな俺が今、初めて男主人公に変えようかと頭を抱えていた。




 ゲームは時代とともに進歩する。

 今でこそ建国や鍛冶、農作に錬金は当たり前。

 それ含めて他ゲームとの差別化を図らなくてはならなくなっていた。

 AWIが他と一線を画すのは【プレイヤーが織りなした世界】であることだ。


 プレイヤーたちが開拓、建国をするたび世界が応えるように動いていく。

 例えばプレイヤーが和風の国を作るとしよう。

 すると突如として世界に妖怪や八百万の神、刀に手裏剣と言った物が追加されていくのだ。

 新しきを見つけ、それを元手にまた新しきを発掘する。

 この世界は正しくプレイヤー達の手によって創り上げられた世界だった。

 まぁその結果、闇鍋世界観と化したのは言うまでもないが。


 そんなAWIに遂に革新的出来事が起こった。

 なんと最新アップデートでVRに移植するのが決まったのだ! 

 それも所持金以外そのままの状態で!

 いわゆる強くてニューゲームという奴だ!


「……悩みどころだな」


 だが俺にはひとつ懸念があった。

 視線の先に映る少女、バリル。

 紅に光る月のような瞳。

 頬は少し赤みがかっており、口からは少し伸びた八重歯が覗いている。

 極めつけには天使の一言では言い表せないほどの美しいサイドテールに纏めた金色の髪。

 通り名は【黄泉の巫女】【壊れた陰陽】の二つを持つ。

 可愛すぎる笑顔とは裏腹に呪術を最も得意とする最恐のゲームキャラだ。


 少女を操作するのが好きなのであって、少女になるのは違う。

 とはいえこう、気になりはする。

 もし少女アバターのままVRを被ったらどうなるのか。

 声とか体の問題とか!

 少しだけ少しだけ。

 少し体験したらキャラメイクで男性にする。

 こればかりは支障が出るし、ネカマは絶対にやりたくない。

 心にぐっと決め込むと、届いたVRヘッドギアを俺はためらうことなく被る。


 途端に強制的とも呼べる睡魔の荒波。

 あたかも闇の布を被せられたかのように視界が閉ざされた。

 きっと次に目を覚ませばVR世界。

 新たな冒険、新たな戦闘。

 胸躍る思いをそのままに、俺は抗う事すらせず微睡みに包まれる。

 まさか、あんなことになってしまうとは思いもせずに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る