第2話

 うわあ。

 部屋に入るなり、ぼくはゴクンとつばを飲んだ。

 おそうじクラブとやらは、ごちゃついた部屋だった。

 広い机にはたくさんの本が積み上がっている。それからお菓子の袋もいくつか。先生に見つかったら怒られそうだ。

 なんというか、どう見ても『おそうじクラブ』って感じじゃない。

 いっそぼくが片づけたいくらいだぞ……。

 その惨状さんじょうを見た茜くんも、形のいい眉毛をひょいと上げた。


風早かざはやくん」

「げっ」


 茜くんに名前を呼ばれた男の子――風早かざはや琥珀こはくくんは、慌てて立ち上がった。

 スラッと足が長くて、見た目はいかにもなスポーツ少年。

 たしか、実際にサッカーが得意なんだっけ。

 お昼休み、グラウンドを眺めていた女子がはしゃいでいたはずだ。


『琥珀くんがんばれーっ』

『かっこいいー!』

『琥珀くんって、いつもいい匂いするよね』

『わかる! さわやかで、スポーツマンって感じ!』


 ……ってさ。

 地味なぼくとは正反対なタイプだ。

 そんな琥珀くんは、あわあわと手を振って弁明した。


「茜。これはさ、ちげーんだよ。ちょっと捜し物してて! 後でちゃんと片づけるって! ……って、何だ? そいつ」

「ひぇっ」


 じろじろと見られて、落ち着かない。

 ……うぅぅん、たしかにセッケンのいいにおいがするような……。

 って、ダメだダメだ。そんなこと考えてる場合じゃない。


「風早くん、そう怯えさせるな」

「そんなつもりじゃねーよ」

「彼は天内若葉くん。オレらの新しい仲間だよ」

「へ?」

「は?」


 まぬけな声が出たのは、ぼくと琥珀くん、ほぼ同時だった。

 え。いや。いやいや。

 待って。

 仲間って。どういうこと?

 一体何が起きてるんだ?


「……騒がしいわね。どうしたの」


 割り込んできたのは、髪の長い、キレイな子だった。

 またまたぼくでも知っている有名人だ。


 雪野ゆきの藍里あいりさん。

 確か琥珀くんと同じクラスだったはず。

 桃香ちゃんが小動物なら、藍里さんは……名字のせいもあるけど、雪の女王様?

 キレイだし、表情もクールっていうか。テストの点もいいし、まさに「高嶺の花」ってイメージ。

 だから告白する男子も多いんだとか……。

 でもだいたいフられてしまうから、「百人斬り」なんて異名もあるとか何とか……。

 ねえ。もしかしなくても、この部屋の有名人率、高すぎじゃない?


「藍里。なんか、こいつが新しい仲間だって」

「琥珀は落ち着きなさい。西園寺くんが呼んだなら、何か意味があるんでしょ」

「きっとそうなのだわ!」

「……ん?」


 藍里さんの声にかぶせるように、高々と上げられた声。甲高くて、幼い。女の子の声。

 でも、ここにいる女子は二人だ。

 一人は桃香ちゃん。さっきからおとなしくて、ずっとオロオロしている。

 桃香ちゃんもかわいい声だったけど……もっと、おどおどした感じだ。というか、さっきから一言もしゃべってない。多分タイミングがつかめてないんだ。

 もう一人は藍里さん。彼女はもっと落ち着いた、大人びた声をしている。

 じゃあ、今の声は一体……。


「ここなのだわ!」

「え? ……わ!?」


 声が下のは、広い机の上。ごちゃごちゃした本の山の中。

 そこから顔を出したのは、一体の人形だった。

 小さい女の子が好きそうな、手のひらサイズの人形。

 前髪が伸びそうな、いかにもな市松人形じゃない。

 白い肌に、大きな目。長くてサラサラの髪は金色だ。

 着ているのはヒラヒラとした洋服。ロリータとかいうやつじゃなかったっけ。

 リボンがいっぱいで、フリルもたくさん。でもすごく、似合ってる。

 その人形は、仁王立ちでエッヘン。胸をこれでもかってくらい張ってみせた。


「に、人形がしゃべった?」

「当たり前なのだわ!」

「そうなの!?」

「……さすがに場が混乱してきたな。順に追って話すとしよう。立ち話もなんだ。まずはみんな、座ってくれないか」


 そう言う茜くんも、少し、困り顔。

 でも、切り出してくれて助かった……。

 情報が多すぎて、もう、訳がわからなかったもんね。



 ぼくたちが席につくと、茜くんはゆったりとほほえんだ。


「ここは、おそうじクラブ。前年から発足していて、オレが先輩から引き継いだ。残念ながら先輩は当時三年生だから、もういないんだけどね」

「めずらしいクラブだね……? 学校のそうじをするの?」

「そうだ。学校中のありとあらゆる場所をピカピカにする活動だよ。……なんていうのは、もちろん建前だな」

「建前!? しかももちろんなんだ!?」


 ぼくは、すっとんきょうな声を上げてしまう。

 茜くん、まじめそうなのに。こんな冗談を言うなんて。

 ボーゼンとしていると、茜くんはクスリと笑った。


「ウソでもないんだよ。ただ、単純にそうじするわけじゃない。オレたちはね、霊能力を使って、学校にはびこる悪霊をそうじするんだよ」


 霊能力?

 悪霊?

 ……何の話だ?

 また、冗談なんて。思ったより茜くんはおもしろい人なのかも。

 ……なんて思ったりもしたけど。

 桃香ちゃんも、琥珀くんもぜんぜん笑わない。藍里さんは、元からちょっと表情がわかりにくいけど。あの人形も涼しい顔をして聞いている。

 ――本当、なのかな。

 そういえば……。

 ぼくを追いかけていた、さっきの幽霊。あいつも、茜くんが来たらどっかに消えた。

 あれも、茜くんが「そうじ」をしたからなのか……?


「そしてここにいる全員は、何らかの霊能力を持っている。たとえば……桜田桃香さん」

「は、はいっ」


 桃香ちゃんが、立ち上がる。体中が緊張でいっぱいだ。少し震えている。

 首にかけられたヘッドフォンが、カタカタと音を立てた。


「彼女は、耳がいい」

「……耳が?」

「あ、うん、そのっ……うん。そうなの」


 わたわたと答えた桃香ちゃんは、照れたように両手をもじもじと合わせた。


「あの、ね。わたし……幽霊の声が聞こえるの」


 幽霊の、声……。

 ――え、待って。

 あいつらって、しゃべれるの?


「わかばくん。よろしくね」

「あ、う、うん」

「次に、風早琥珀くん」

「おー」


 ぶっきらぼうに答えた琥珀くんは、座ったままだった。

 相変わらずじろじろとぼくを見ている。

 う、何だか怖いな……。

 ちょっとお調子者なところはあるけど、人なつっこくて、元気で、気がいい。ウワサでは、そう聞いたんだけど……。

 ぼく、琥珀くんを怒らせるようなこと、してないよね……?


「彼はね、鼻がいいんだ」

「……鼻?」


 耳がいいってのも相当謎だったけど、もっと謎だぞ。


「それはつまり、幽霊のにおいがわかるってこと?」

「ほかに何があるんだよ」

「いや、でもにおいって……う、何でもないです」

「何も言ってないだろ」


 ぼくがおどおどと引き下がったら、琥珀くんはフンと鼻を鳴らした。

 顔が、顔が怖いんです。

 余計なことを言ったら噛みつかれそうだ。

 鼻がいいってのも、この態度も、なんだか犬みたいだな……。


「風早くん、あまりおどかさないように」

「だから、オレは何もしてねーって」

「はは。……それから、雪野藍里さん」

「ええ」


 スッ、と藍里さんは立ち上がった。

 サラリ。長い髪がゆれる。

 何だろう。茜くんとはまたちがう緊張感だ。


「彼女は……何と言えばいいだろう。幽霊に触れる、と言えばわかりやすいかな」

「え!」

「柔道もやっているから、投げ飛ばせるわ」

「ええ!?」


 触れるだけでも驚きだっていうのに、投げ飛ばせるだって!?

 も、もしかして最強なんじゃ?

 こんな美人な子なのに、人は見かけによらないって本当なんだ。

 しかも、すごいことを言ってるのに相変わらず表情は変わらない。

 淡々としていて、ちょっとロボットみたいだ。

 キレイな子が無表情だと、迫力あるよな……。


「ちなみにその人形は」

「人形、人形って言うななのだわ! スズにはスズって名前があるのだわ!」

「……だ、そうだ」

「茜くん、省略しないで! 一番謎なんだよ! 何で人形がしゃべってるの!?」

「スズは先代おそうじクラブの頃からいる人形だよ。厳密には先輩がさまよっていた魂をこの器に移したらしい。先輩は『おそうじクラブのペット枠みたいなもんだ』なんて言っていたかな」

「不満なのだわ! ブジョクなのだわ!」


 人形――スズはぶんぶんと腕を振り回した。

 でも、肩に乗るサイズの可愛らしい人形だから、迫力がない。

 それにしても、何者なんだ、その先輩。


「紹介を続けよう。といっても、オレが最後だな」


 そう言って、茜くんは立ち上がった。

 演技がかった仕草で、茜くんは自分の胸に手を当てる。


「オレは、西園寺茜」


 ニコリと笑う。どこか、人を安心させる笑顔。

 彼に任せておけば全部大丈夫……なんて思っちゃいそうなほどの。


「幽霊を食べることができる」


 ……ん?


「……食、べ?」


 んん?

 なんか今、信じられないことを言われたような……?


「言葉が足りなかったかな。オレがそのまま食べるわけじゃないよ。食べるのは、オレの背後霊さ」


 ぼくは、ゴクンとつばを飲み込む。

 茜くんの背後で、口の大きなバケモノがあんぐりと口を開けていた。

 もしかして、さっきもあいつが幽霊を食べたのかな。

 あんなに大きな口じゃ丸飲みも簡単だろう。

 あれならきっと、先生たちのことだって一口だ。それくらい口が大きい。


「さて、天内若葉くん」

「は、はい!」

「君は気づいたかな。桜田さんが聴覚、風早くんが嗅覚、雪野さんは触覚で、オレが味覚だ」

「……えっと……?」

「そして君が、視覚だよ」


 茜くんが宣言したとたん、ほかのメンバーがざわざわし始めた。


「こいつがぁ?」

「へぇ……」

「わかばくん、すごい!」

「人は見かけによらないのだわ!」

「……あの」


 待て。待て待て。

 すごく、イヤな予感がするぞ?

 この流れは良くないって、ぼくの第六感か何かが言ってるぞ?

 四人の……いや、人形を入れたら五人の目がこっちを見ている。

 うう。ふだん、注目されることなんてないから、ぜんぜん慣れない。


「このおそうじクラブにはね、幽霊に対して何らかの感覚が強い者が集まってるんだ」

「でも、ぼくは……」

「天内くん、知ってるかい。霊能力というものは適度に発散するのがいいのさ。使いすぎは良くないけどね。使わないで溜めっぱなしなのも、実に良くない。暴走してしまうんだ」


 茜くんは簡単そうに言ってのけたけど。

 その声は、すごく真剣だった。

 暴走……そんなことがあるのかな。

 今でもすでに、ろくでもないんだけど……。

 これ以上悪化したら、たしかに困る。とっても、困る。


「つまりこのおそうじクラブは、君にとってもメリットがあるということだ。それにやっぱり、幽霊が見えないということはオレたちには不利益でね。やりにくいことも多いんだ。だからオレからぜひ、お願いしたい」


 茜くんは、ゆっくりと手を差し出した。

 迷いなんて、一つもない、堂々とした目をぼくに向けて。


「オレたちの目になってくれ」

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