第9話「獅子王の右腕」

 俺はこの国の王太子であるアーサー・ヴェルザードが大嫌いだった。

 乙女ゲームの攻略対象の中心人物。ギャルゲーで言うところのメインヒロイン。

 同性の俺が見ても目を惹かれる美しい容姿。チートと言っても過言ではない水の魔法使い。天候すら操る怪物。

 水属性の魔法の使い手にも関わらず、その圧倒的な攻撃力からいずれ獅子王の異名を持つようになる。アーサールートでは獅子王子と呼ばれるアーサーと共に敵と戦うことになり味方にするとこれ以上頼もしい存在はいなかった。

 そしてそんなアーサーは悪役令嬢メリルレージュ・ルグナスの婚約者。

 俺の最愛の人の婚約者。好きになる要素が微塵も無かった。


          *


 ある日、王家の保有する別荘にメリルと一緒に来た。

「やあ、たしかディゼル殿だったかな」

「はい。殿下。本日はお招きいただきありがとうございます」

 俺は跪いてアーサーにそう答えた。

 よりによってメリルと離れて行動している時に見つかってしまった。

 俺なんかに構わずにさっさとメリルのところに行ってくれ。

 メリルに会って欲しくないというのも俺の気持ちだがこんな風に会話しているとそれだけで殴りたくなる。俺が変な事をしてしまう前に早く俺の前から消えて欲しいのだ。

「ディゼル殿。貴殿に見せたいものがある。ついてきてくれるか?」

「えっ?」

 俺は驚いて顔を上げた。

 ただ声をかけられるだけだと思ったのに、メリルじゃ無く俺に用があるようなアーサーの態度に驚いた。

「どうした。ディゼル殿。早く行こう」

「……………は、はい」

 俺は慌てて立ち上がった。

 アーサーに連れて行かれたさきには一つの建物があった。

 建造物としてはそこそこ大きいが王家の別荘にしては小さい建物だった。

 建物の中に入り、奥の部屋に案内される。

「さあ、入りたまえ。ディゼル殿」

 アーサーがドアを開ける。

「ふぇ」

 俺は変な声を上げた。

 落ち着け。

 俺は異世界に転生したんだ。

 ここは別世界だ。なのに。

 なんでハルユキの部屋みたいな感じの光景が広がっているんだろうか。

「貴殿にわかるか。ディゼル殿。この美しさ」

 アーサーは俺の様子など気に留めずにそう話しかけて来る。

「が、ガルダム?」

 俺がそう口にした瞬間アーサーの目付きが変わった。

「でぃ、ディゼル殿。貴殿はガルダムがわかるのか?」

「あ、いや」

 間違いない。

 宇宙戦士ガルダムのプラモデルだ。

「で、殿下。それを触らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ。大事に扱ってくれよ」

 アーサーからそれを渡された。

「やっぱりガルダムだ」

 材質も間違えなくプラモデルだ。

 この世界の世界観はどうなっているのだろうか。

「ディゼル殿!」

 アーサーが大声を上げた。

「本当に、本当にガルダムを知っているのか。ディゼル殿」

 アーサーの目がキラキラと輝いている。

 ハルユキが初めて趣味の合う俺と言う友達と出会った時と同じ反応だ。

 だが、問題はそこではない。

「殿下。殿下はどこでガルダムを手に入れたのですか?」

 そう。アーサーはどこでこれを入手したのだろうか。

 ガルダムのプラモは一つだけではない。

 壁いっぱいにずらっと置いてある。

 十や二十くらいではない。

 壁一面コレクションボックスと化していたハルユキの部屋そのままだ。

「古代遺跡から発掘されたものだ。今まで様々な人を招いたがこれをガルダムとわかったのは貴殿が初めてだ。ディゼル殿」

 そういえば前にメリルがアーサーには変な趣味があると言っていたことがある。これのことか。

 まあこれがなんなのかわかっていない人から見たら奇妙なものにしか見えないだろう。

 これがここにこう存在している以上は転生者は過去にもいたのだろう。故郷を懐かしがってこんなのを作ったに違いない。

 そこから俺はアーサーとずっとガルダムの話をしていた。

 途中でメリルが入ってきたが、話しこんでいる俺とアーサーを見てそっと部屋を閉めて行ってしまった。

「今日はここまでにしよう。ディゼル殿」

 今日はと言うのは次回もあるのか。いや、それよりも。

「はい。ただ、殿下に一つお願いがあります」

「言ってみてくれ」

「私の事はディゼルとお呼びください。殿下」

 面倒くさいことではあるが、こう言っておかないと王子に対して失礼にあたる。

 数度の挨拶程度ならまだしも、こうして話しこむ以上は王子にいつまでも殿をつけて呼ばれるわけにはいかないのだ。

「わかった。ディゼル」

 ちょっと前だったら気安く呼ぶなと思う所だが、ガルダムの話をしたせいかちょっと親近感が湧いていた。

「では逆に、私の事もアーサーと呼んでくれ」

「えっ?」

 今日は驚いてばかりの日だ。

「いえ、殿下。そのような御冗談は」

「冗談ではない。ディゼル。殿下などという他人行儀な呼び方は不要だ。敬語もいらぬ」

 他人行儀と言うが、他人行儀と言うよりもこれが王族に対する当然の呼び方だ。

 間違ってもここで呼び捨てで呼んだ日には不敬罪でどうなってしまうかわからない。

「殿下。殿下と私では身分が違いすぎますので」

「メリルレージュは愛称で呼んでいるのだろう」

 なんかちょっと拗ねたような声でアーサーがそう言ってきた。

 ムカつくけど拗ねていてもいい男だ。

「メリルレージュ様は従姉弟ですので、人前以外では愛称で呼んでいますが」

「私も人前で呼べと言っているのではない。人前以外でいい。二人の時にそう呼んで欲しいのだ」

 ああ、もう。駄目だって言うのがわかってくれないんだから。

「ディゼル。友として頼んでいる」

 いつの間に友になったのだろう。

 ああ、やめてくれ。

 そのイケメン眼力でかつ訴えるような視線は反則だ。

 俺は折れた。

「わかった。アーサー」

「ありがとう。友よ」

 こうして、俺は憎き敵であるアーサーと友達になるのだった。


          *


 アーサーとガルダムについて語り合った日。

「ディー。殿下のあの趣味。知っていたの?」

 ここでいう「殿下のあの趣味」とはガルダムの事だろう。

「あ、ああ、ずっと前に古代遺跡の資料で見たことがあって、ああいうのがあるということは知っていたんだ」

 メリルに転生の事を説明するわけにもいかず、俺はアーサーに答えた様な嘘の情報を伝えた。

「楽しかった?」

 メリルはそう尋ねて来る。

 俺はちょっと考えてみた。そして素直な感想が浮かんだ。

「楽しかったよ」

 俺は正直にそう答えた。


          *


 そんなに頻繁にではないが、メリル抜きでアーサーに呼ばれる日が増えるようになった。

「やあ、ディゼル」

「殿下。お招きいただきありがとうございます」

 普段ならここで俺はアーサーを呼び捨てで呼ぶ。そうしないとアーサーがいじけていろいろとめんどくさい事になるからだ。

 でも今回はフルアーマーの護衛の人が見えたので跪く。

「今はそのような振る舞いは必要ない。立て。友よ」

 アーサーに手を引っ張られて起きあがる。

「でもそちらの護衛の人だ」

「大丈夫だ」

 そう言われると護衛の人が頭を下げる。

「改めて紹介しよう。私の護衛だ」

 アーサーに目配らせされると護衛の人は顔を覆っていた仮面を外した。

「初にお目にかかります。キャロット・ウィンダムと申します」

 短髪の目付きの鋭い美女がそこにいた。

「あっ。初にお目にかかります。ディゼル・コルネーロと申します」

 俺は頭を下げた。

 歳は二十歳くらいだろうか。美人だ。

「美人だろう」

 アーサーが耳元でささやく。

「私のファーストレディだ」

 そう言われて思考が停止した。

 アーサーのファーストレディ。つまりアーサーの初めての女。

 俺はある結論に達する。

「メリルと言う婚約者がいながら」

 俺はアーサーに掴みかかる。

「おっと。許してくれ。ディゼル」

「殿下!」

 落ち着いているアーサーと違ってキャロットが俺を睨む。

「貴様」

 キャロットが剣を抜く。

「よせ。キャロット。友人とじゃれているだけだ」

 アーサーがキャロットを制する。

「はっ。失礼しました」

 キャロットは跪いた。

「言い方が悪かったな。失礼した」

 アーサーは素直に謝る。

 王族なのに悪い事をしたと感じるとすぐ謝罪するのは好感のもてるところだ。王様になる人間としてそれはそれでどうかとも思う人もいるかもしれないが、俺にはこういう人が王子で良かったと思うことがある。

 それよりもキャロットだ。

 俺はキャロットと言う女をゲームで見た事は無い。

 俺がいることといい、ここはゲームの世界ではないのか。

「そう言えば知っているか。ディゼル。古代文明の名は『チキュウ』と言うらしい」

「はっ?」

 一気にキャロットの件がどうでもよくなった。

 チキュウ……地球。

 ここは地球だったのか。

 地球の未来の姿に来てしまって、その世界観がゲームの世界に似ているだけ?

 いや、もっと昔に転生した人が地球と言う古代文明を作ったのだろうか。

「こんな書もあるぞ。私を始め誰も読めなかったが」

 日記のようなものを手渡された。

『某猿だらけの星を題材にした洋画でフリーダムビーナス像を見つけてここが地球の未来だと知った主人公のように嘆いていたらすまない』

 それを読んで理解できた。

 ここは地球ではなかった。

 俺は少し安堵したのだった。


          *


 アーサーと会う機会が増えて、必然的にキャロットとも会う機会が増えた。

「こんにちは。キャロットさん」

「ディゼル様。私の事はキャロットとお呼びください」

 ここで遠慮しても同じことの繰り返しだ。

「わかった。キャロット」

 キャロットは十九歳。自分より六つも年上の人だが呼び捨てで呼ぶようになった。

「獅子王子の右腕のような存在だね。キャロットは」

「いえ、私はただの剣です」

 キャロットはそう謙遜するが、どう考えても将来は側近間違いなしだ。

 獅子王子アーサー。後に大陸北の獅子王として名をはせる人物。

 自分でキャロットにこう言っておいてなんだが、獅子王の右腕とはエレナの事ではなかったか。

 たしかエレナは妃としてだけではなく、聖魔法を操り魔王討伐を共に成し遂げるのだ。

 初めての出会いからエレナとは会っていない。

 そもそも学園編までは接点のない人物だ。当然と言えば当然か。

 アーサーにキャロット。友人の少ない俺に新しい友人が増えた。


          *


「ディー。アーサー殿下が今日もまた貴方を連れて来なさいって」

「わかったよ。メリル」

 メリルと共に屋敷を出る。

「そう言えば知っている?最近のディーの異名?」

「俺の異名?」

「獅子王子の右腕」

「……………そうなんだ」

 確かに最近一緒にいる機会は多かったが、傍にいると右腕と呼ばれるシステムなのだろうか。いや、キャロットを右腕呼ばわりしたのは俺だけだし……

「まあ、いいか」

 変な考えで頭がぐるぐるになりそうになったので考えるのをやめた。

 難しい事を考えずに友人に会いに行く。それだけでいい。

 こうして、王子との交流は続くのだった。

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