第7話「最大の敵」
俺はメリルを慕っている。
メリルは一人っ子の俺にとっては姉のような存在だ。実際は従姉弟だが、一人っ子の俺はずっとメリルに弟のように可愛がられてきた。
「ディー。よそ見しない」
「ごめん」
「ほら。手を出しなさい」
メリルが伸ばす手をとった。
「これで大丈夫よ」
「ああ、ありがとう。メリル」
街を歩いていた俺がはぐれないようにメリルが俺の手を取る。仲の良い姉と弟に見えることだろう。
「邪魔よ。どきなさい」
メリルは俺と手をつないだまま道を塞ぐ子供に蹴りを入れた。
年端のいかない男の子がメリルに蹴られた衝撃で道路に転がった。
「ご、ごめんなさい」
男の子は泣きながら走り去っていった。
ごめん。心の中で俺はその子供に謝った。
俺はメリルを慕っている。
何の罪もない子供を足蹴にしようが、俺にとっては優しい姉なのだ。
「メリル」
「何?」
俺が声をかけるとメリルは振り返らず聞き返してきた。
「愛しているよ」
「知っているわ」
俺の言葉にメリルは微笑んでそう答えた。
最近の俺の流行語だ。メリルも最初は面食らった表情をしていたが今ではこうして軽くあしらわれてしまっている。
姉としてと言う意味だけではないのだが、それは伝わっていないことだろう。
俺とメリルはそのまま二人で手を繋ぎながら歩いていった。
*
俺はメリルを慕っている。
初恋の相手であり、その時に抱いた恋心は現在進行形だ。
そんな俺は凄く機嫌が悪い。
「ディゼル様。我がヴェルザード王国の次期国王にして我が婚約者であるアーサー殿下を紹介しますわ」
余所行きの口調でメリルは俺にある人物を紹介する。
繰り返すが俺の機嫌は悪い。
普通に考えて、好きな相手の婚約者を見たら機嫌が悪くなるに決まっている。
「ディゼル殿。お初にお目にかかる。ヴェルザード王国第一王子アーサー・ヴェルザードだ」
その人物の自己紹介を聞いて、俺は跪いた。
「お初にお目にかかります。コルネーロ男爵家のディゼルと申します。メリルレージュ様とは従姉弟の間柄になります」
心の中に浮かんでいる「死ね」とか「爆発しろ」というセリフを口に出さないようになんとか俺は自己紹介を済ませた。
「そんなかしこまった態度は不必要だ。顔を上げてくれ。君の事はメリルからよく聞いているよ。メリルの弟のような存在だと聞いている。よろしく頼む。ディゼル殿」
「はい。殿下」
そう言われたが俺は頷いたままだ。かしこまらずにいいと言われて額面通り受け取るのは無礼にあたる行為だ。
アーサー・ヴェルザード。
攻略対象の中心。攻略対象の中でも一番人気がある。
ギャルゲーで言うところのメインヒロインにあたる。
この世界に来て、美少女はメリルで見慣れているが、こんな存在は初めてだ。
神々しい程の美少年。
同性なのにときめいてしまいそうな美しさだった。
メリルの婚約者だと気付いて滅茶苦茶ムカついているのに、それでも目を惹かれるような美少年だったのだ。
そんな王子が王都でメリルとの観光中にいきなり目の前に現れてしまって今に至る。
「そろそろ顔を上げてくれないか。ディゼル殿」
「はい。殿下」
二回言われてそれでも断るのはまた無礼にあたる。俺は顔を上げて立ち上がった。
「メリル。ディゼル殿。ちょうどいい機会だ。二人に私の友人を紹介しよう」
アーサーが声をかけると一人の少女が出てきた。
可愛らしい少女だった。
俺と同世代くらいの黒髪の少女。メリルとは違う可憐さだった。
「ブロウ子爵家のご令嬢。エレナ嬢だ。エレナ。私の婚約者のメリルレージュとその従姉弟のディゼルだ」
アーサーに紹介されて少女は前に出る。
「お初にお目にかかります。エレナ・ブロウと申します」
「!」
一瞬俺の驚いた様子にメリルは気付いたようだが、何事も無かったかのように優雅な動きでお辞儀をする。
「アーサー殿下の婚約者。ルグナス公爵アレクサンドルが娘、メリルレージュと申します」
「コルネーロ男爵家のディゼルと申します」
メリルに続いて俺も挨拶した。
エレナ・ブロウ。
乙女ゲームの主人公のデフォルトの名前。主人公通りの容姿。
メリルを断罪へと向かわせる人物だ。
「子爵令嬢?」
おかしい。
ゲームの主人公のエレナ・ブロウは平民で学園に入ってから各攻略対象と出会うはずだ。
それがどうして学園パートの前に王子と出会っているのだろうか。
「行きましょう。ディゼル様。では殿下。後ほど」
「ああ、次のパーティで」
メリルと共にアーサーとエレナの元を離れた。
「どうなっているんだ」
俺は小声で呟いた。
この世界は本当に乙女ゲームの世界そのままなのかと今更ながら疑問に思ったのだ。
ここまでの登場人物におかしな点は無い。俺を除いて。
俺の知っている作中にディゼル・コルネーロなんて人物は存在しない。
俺の存在が何かを狂わしてしまったのだろうか。
だがいくら考えてもエレナが平民じゃ無く子爵令嬢っていうのは俺が生まれて来る前から決まっている事だから俺が何かしたせいとも思えない。
例えばこの世界が、予定と違う形になってしまって、……
「それを正す為に俺をこの世界に送り込んだ?」
思わず口にしてしまったバカな発想。
すぐに自分で首を横に振った。
たしかに俺は特別な存在だろう。
異世界の知識を持って転生した人間は俺だけかもしれない。
しかし、俺はチート能力を持って転生したわけでもない。世界の全人類をランク付けすれば上の方にいるかもしれないが、上には上がいて俺はその頂点にはいないのだ。
「ディー。ディー!」
メリルに呼ばれている事に気付いた。
「あっ。ごめん。メリル」
「どうしたの。ディー」
「いや、なんでもない。アーサー殿下とエレナ嬢のことを思い出していた」
「そうね。あんな羽虫。いつから殿下の前に現れたのかしら」
子爵令嬢を羽虫呼ばわりするメリル。公爵令嬢だからってやっぱり発想が違う。
いずれエレナが最大の敵になることをメリルは知らない。
そして、俺にとって最大の敵はアーサーだ。
メリルを断罪なんかさせない。ただ、このままメリルとアーサーを結婚もさせたくない。
「ディー。お父様の教えを覚えている?」
「敵は全て完膚なきまでに叩きつぶせ」
どういうつもりで俺にそう聞いたのかは尋ねなかったが、俺はメリルにそう即答した。
最後は力技で政敵を潰してきたアレクサンドル様の教えだ。
「よろしい。その言葉を忘れないようにするのよ」
俺の言葉を聞いたメリルは満足そうに笑みを浮かべるのだった。
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