第12話〈邂逅〉
冷気を感じた夕都は、うっすらと開いた視界に光を見た。
闇の中、天から光の筋が降り注いでいる。光の筋は、誰かを照らしていた。
緋色の法衣をまとうその顔ははっきりと見えないが、口元はゆるんでいる。
唇がゆっくりと開かれた。
「悩みがあろう」
その声音は、空間に響き渡るようであり、脳内に直接語りかけるようでもある。
夕都は魂ごと浮遊したような、不思議な感覚で声に答えた。
「あります」
「うむ。望みへの導きには、己の心を偽ることなく、受け入れること」
男の声は腹の底に響き、また、脳天をつきぬけるように響く。
ただ声を聞いているだけで、現から異次元に飲まれそうな感覚になった。
身震いしつつ、告げられた言葉を脳内で反芻する。そのまま、望みと不安を呟いた。
“龍脈で刺激された火山の噴火をとめたい”
“だが、一度動き出したエネルギーはとめることはできない”
“ならば、解放するしかない”
“解放すれば日本に甚大な被害がでてしまう”
“民が犠牲になるのを避けなければ”
夕都はさらに思考を巡らせた。
頭痛が襲ったが、額に手を当ててひたすらに、どうすれば犠牲になる者がでないように対処できるかを考える。
龍脈は日本中に走っているのだ。
龍穴といわれる、いわゆるパワースポットは特別な場所ではあるが、そこにはたくさんの人や動物が集まるために、エネルギーを解放するわけにはいかない。
それに、火山噴火に匹敵するネルギーを解放するべきだ。
“エネルギーを解放しても甚大な被害が及ばない火山”
「あ!」
夕都の脳裏にひらめきがあった。
思い浮かんだあの場所の火山であれば、被害を最小限にとどめられるかもしれない。
問題は、その火山にどうやってエネルギーを集約させて、放出させるかだ。
腕を組んで考え込み、その場で回っていたら、また、あの声が聞こえた。
「拙僧が力を貸そう」
「……あなたは」
力強く優しい気が夕都を包み込む。
光の筋が照らし出した彼の方は、まさに仏のごとく微笑み、慈愛に満ちた眼差しを向けていた。
――身体が大きく揺らぐ。
「う、ん……」
「童子! ご無事か!?」
僧侶が木の破片をどかして、夕都をかかえて声を荒らげている。
その声が頭に響いて、頬がひきつれた。自分の身体を確認すると、破片はうまい具合にあたりに散らばり、傷を負わずにすんでいた。
先程見た、大師の姿はすでに思い出せないが、声だけははっきりと覚えている。
僧侶に抱き起こしてもらって、その場で深々と頭を垂れる。
地下の大師へと、深い感謝の意を示したのだ。
意図を察したらしい僧侶が、手を合わせて何事かをささやく。
頭をあげた夕都は、穴が開いた天井を見つめる。
月が煌々と光を放ち、肌をさす夜風を受け止めて瞳を閉じた。
まだまだ、年が明けるまでに苦労しそうだ。
ほどなくして、空が白み始め、鶏の鳴き声や、鳥の囀りが朝の目覚めを告げる。
冷気をやわらかい冬の朝日があたため始めた。
お堂のまわりの木は折れて、地面はえぐれている。使っていた刀が無造作に刃をさらしていた。
夕都は顔をしかめて、月夜に連絡を入れようとスマホを探すが、リュックの中だと思いだして、どこに放ったのかとお堂の中を探し回った。
スマホを片手に杉の木のまわりをうろつきながら、月夜に連絡するが、コール音だけで一向にでる気配はない。
仕方なく別途SNSにてメッセージと、報告用のメールアドレスにメッセージを送る。
首をかしげてスマホを振って考え込んだ。
――月夜の事だから、大丈夫だとは思うけど、千桜もいるし。何より凜花をあずけてるから、危ない真似はしないよな。
自分に言いきかせるように心中で呟くが、どうにも胸がざわついた。
ふと気配を察知して振り返ると、そこには白い着物を着た、眉目秀麗な剣士が佇んでいる。
普段とは違って眼鏡をかけていないせいか、柔和な雰囲気を漂わせていた。
「朝火、具合はどうだ」
率直に尋ねると、朝火は頷いて薄く笑む。
「大丈夫だ。助かった」
「いや。あれは俺のせいだ。龍脈を中途半端に使ったから、お前も悠月も力にあてられて……」
「父さん! 父さん!」
「え?」
突然の大声に夕都は目を見開いた。
朝火の後ろから悠月が走ってきて、夕都に飛びつく。悠月は着替えておらず、その着物には血がこびりついている。
「うわ、な、なんだよ!」
「生きてたんだね! 良かった! 良かった!!」
「おい、悠月」
「何? 父さん?」
泣いていたかと思えば、すぐに破顔する。
明らかに正常ではない。朝火に視線をやるが、頭を振るだけだ。
夕都は小さな息を吐いて、悠月の肩に手を置いた。
「父さんは無事だ。心配するな」
「そうだよね! 車が燃えてたから、もう駄目だって思って怖くて。母さんも無事だよね?」
「母さんは……」
言い淀んでいたら、朝火が歩み寄り、悠月の肩を軽く叩いてはっきりと口にする。
「彼はお前の父ではない、お前の両親はもういない」
「朝火!」
「……っ」
つい朝火を咎めるが、朝火はいつもの感情が読めない冷静な表情を浮かべて、悠月への冷徹な言葉を続けた。
「冨田という男が、お前の両親の命を奪った」
悠月は夕都から手を離し、しゃがみこむ。目を見開いて両手で頭を抱える様は、いくら敵意を向けてくる相手とはいえ、胸が痛い。
朝火は尚も平然と言ってのける。
「お前は復讐の為に、冨田を殺そうとしただけでなく、妹かわいさに、彼女の許嫁も亡き者にしようと目論んだ。お前は本当に下劣な人間だ」
「あ、朝火……」
「違う!!」
いい加減朝火をとめなくてはと、声をあげた夕都だが、悠月の激高する様を見て口を噤む。
悠月は勢いよく立ち上がり、朝火の胸ぐらを掴んで凄んだ。
「全てが復讐のためでも、嫉妬のためでもない! 私は、これを機に、一族の因果を終わらせたいと願っただけだ!」
朝火は無言で悠月を睨みつけて、眉ねをひそめる。
夕都は二人の間に割り込み、仲裁をするつもりではあるが、悠月の意図を確かめたいと思った。
掲げた両手をおろして、成り行きに任せる。
悠月は朝火の胸ぐらから手を離すと、項垂れた。
「我が美作一族は、もとはならず者が集まった高貴でもなんでもない、集団だ。古から、龍脈をまもるために、親族から巫女や生贄を選び、聖木に捧げてきた。だが、その因習は百年程とだえていた。月夜が不在だったからな」
朝火が頷いて淡々と呟く。
「確かに。その間は、お前たち美作と佐伯が神無殻を牛耳っていたといっても過言ではないな」
悠月は朝火を見据えたが、視線をすぐに地に落とす。
「しかし、月夜が神無殻にまいもどり、位の高い者を呼び戻して、再び因習は始まった。いつ妹の命が脅かされるのかと、幼い頃から思い悩んでいた」
沈黙が訪れる。
あたりには相変わらず鳥のさえずりが響き、木々が風にゆさぶられる音がこだましていた。
命の喜びを唄うような、降り注ぐ陽の光に身をゆだねながら、陰鬱な思いに沈み込む。いま、ここには真冬の夜が訪れている。
夕都は深いためいきをついて、悠月に厳しい言葉をかけた。
「龍脈を壊せば、因習をなくせると思ったのか? 火山が噴火したらどれだけの人が巻き込まれるのか、少しも考えなかったのかよ? 短絡的すぎるだろ」
咎めると、悠月は唇を噛みしめて頭を振る。
「神無殻が保管していた文献を読んで想像はしていたが、まさか、各地の火山だなんて思わなかった」
悠月はそういうと項垂れた。
醜い感情に支配された人間は、やはり見境なくなるらしい。
もう一度ためいきをつくと、朝火に向き直り、話しかける。
「朝火、俺に考えがあるんだ。ひとまず朝食にしよう」
「ああ」
「悠月、お前はまだ休んでろ。逃げても無駄だからな?」
「……」
悠月の背中を軽く押して、朝火の腕を掴み、歩き出した。
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