SIDE STORY 千智編

第1話『咲耶の花嫁修行開始!?』


 「ねぇ、聞いてよママぁ!」


 夏休みももうすぐ終わりを迎えようとしている平日の午後。

 私はいつもと変わらず、カフェのカウンターの奥で食器を洗っていると、目の前の席でカフェオレのストローに口をつけながら不貞腐れた表情を見せていた。


「どうしたの、咲耶ちゃん〜?」

 

 腰ぐらいまでしかない短めのジーンズ系のジャケットに黒いスカート姿でカウンターに座っているのは柏葉美琴さん。

 いつもは後頭部の部分で結んだポニーテールだけれども、今日は珍しく結いていないロングヘアーそのものだった。


 ちなみに、私が彼女のことを『咲耶ちゃん』と呼ぶのは色々と訳があるが、説明が長くなので割愛しておく。


「昨日、蒼にぃがひどいんだよー!」


 咲耶ちゃんは今にも泣きそうな声を出しながら私の顔を見ていた。


「蒼くんが何かしたの〜?」


 私が彼女の言葉に対して返すと、そのまま話を続けていた。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

『はい、お兄ちゃんごはん作ったから食べてー』


 昨日は蒼にぃが珍しくバイトが休みだったので夕方頃に夕飯を食べ始めていた。

 いつものようにテレビをつけると、夕方のアニメ番組が始まっていた。

 チャンネルを変えようと思ったが、蒼にぃが毎週雑誌で見ている作品だったのでそのままにすることに。


 テレビの画面では主人公の妹らしき人物が、主人公のために夕飯をつくるという微笑ましいシーンが映っていた。


『おまえの作る料理はホント、うまいな!』


 画面の中の主人公は美味しそうに食べていく。


 『えへへ、お兄ちゃんにそう言ってもらえるとすごく嬉しい』


 言われた妹の方も喜びの顔を見せていた。

 まあ、普通に誰が見ても微笑ましい場面だろうとは思う。

 現に私もそう思いながら見ていた。


 ——目の前でその一言がなければ……


「……俺も一度が味わってみたいもんだな」


 蒼にぃはテレビの方を見ながら小さな声で呟いていた。


「な、何を?」


 私が答えると、蒼にぃは私の顔を見る。


「妹の作った料理をだよ」


 彼の言葉を聞いた瞬間、全身に雷を受けたような衝撃が走り出した。


 こんなことを自分の口から発するのはとてつもなく嫌なことだが、はっきり言って私は料理ができない。

 柏葉の実家にいた時にも親が過保護に近い状態だったせいか、包丁すら握らせてもらえなかった。

 ——それでも一度やってみたのだが、包丁の持ち方を見た母親が危険を感じて取り上げてしまった。


 なので、天城家に来ても料理の担当は蒼にぃなのである。

 まあ、私は蒼にぃの美味しい料理を食べれるのだから不満はないのだけれども。


「ほ、ほら! 妹の料理は無理だとしてもさ……蒼にぃに食べさせることはできるよ?」

「例えば? 言っとくが冷凍物とかカップ麺とかは作ったうちに入らないからな」

 

 蒼にぃは呆れた表情で私の顔を見ていた。

 それに負けないように私は必死に声を大して答える。


「それはもちろん、わ・た・し!」


 彼の方に身を乗り出しながら最近ちょっと成長したかもと思える部分を見せていた。

 あと、追い討ちのごとくウインクを添えて。

 

 直後に無言のため息とその場が凍りついたのは言うまでもない。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「どうみてもひどいでしょ!」


 そう告げると咲耶ちゃんはカフェオレを一気に飲み干す。


「最後のはお母さんの立場からしてどうかなと思うけどね〜」

「そうだよね! どうみても蒼にぃが悪いよね!」

「悪いと言うよりも、咲耶ちゃんの言動がはしたないわよ〜」

「うぐっ……」


 咲耶ちゃんの言動はさておき、柏葉さんの家の都合もあるから、包丁を握らせないのは仕方ないことだとは思う。

 ……私だったら、早めに教えていたと思うけど。


「咲耶ちゃん〜?」

「……なに?」


 再び不貞腐れた顔をしながら私の顔を見る咲耶ちゃん。


「明日、お店の定休日なんだけど、よかったら料理教えてあげようか?」

「ほ、ほんと!」


 咲耶ちゃんは大声をあげながらこちらに身を乗り出す。


「うん〜、いずれ教えなきゃって思っていたし〜」


 私の返事に彼女は両手をあげて喜んでいた。

 

 その後、2人で話し、明日の午前中に天城家へ行くことになった。



「おはよう、咲耶ちゃん」

「……おはよー」


 予定通りに天城家に行くと玄関で咲耶ちゃんが出迎えてくれた。

 けど、彼女の表情は不機嫌に見えていた。


「あれ、蒼くんは?」

「……朝早くから静原くんと遊びに行っちゃった」

「あらあら〜」


 咲耶ちゃんに案内されるように台所に向かう。

 ドアの奥には食器棚やお皿などがあの頃と変わっていなかった。


「一応、蒼にぃに話したら、『千智がやるなら好き勝手にやらしても平気だろ』って言ってたよ」


 咲耶ちゃんは包丁や調味料がある場所などを説明してくれた。


 ……何もかもがここだけが時が止まったかのように10年前と変わっていなかった。

 それは嬉しくもあり、少しだけ寂しくも感じてしまっていた。


「……どうしたのママ?」


 不思議そうな表情で咲耶ちゃんが私の顔を覗くように見ていた。


「ここはあの時と変わってないなって思っただけよ〜」


 そう返しながら、私は記憶を頼りにキッチンの棚を開け、裏手にある包丁収納を見つけ一本の包丁とまな板を取り出す。


「それじゃ、まずは包丁の持ち方からやりましょうか〜」

「うん!」


 咲耶ちゃんは子供のように大きな声で返事をしていった。


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【あとがき】


お読みいただき誠にありがとうございます。 

数週間前に終わりと言いましたが、あれは嘘だ……


っていうベタな冗談はあとにしまして……


お久しぶりです。

ふと、おもいついた話があったので書いてみました。

おそらく短い話になるかと思いますが、楽しんでいただければと思います。

 

そして、この話を機にこの作品を知ってくれた方々。

1話から読んでいただけるとより一層楽しんでもらえるかと思います!

 

またカクヨムコンもまだまだ開催中ですので、是非とも応援のほど、宜しくお願いいたします!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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