第40話


「そうだ、動画の配信日なんだけど」


 スタジオ内の片付けをしていると後ろから咲耶が声をかけてきた。


「そういや、決めてなかったな……この日がいいとかあるのか?」

「この日がいい!」

 

 咲耶はスマホの画面を俺に見せてきた。

 画面にはカレンダーアプリが表示されており、8/17に大きな印がついていた。


「8/17って来週か……俺はいいけど、咲耶は大丈夫なのか?」

「うん! 今日、歌ってみた感じ、問題はなさそう」

「双葉ちゃんは?」


 俺は視線を咲耶の隣にいる双葉ちゃんの方へ向ける。


「わたしも大丈夫! 明日でも平気だよ!」


 ずっと練習していたにも関わらず、双葉ちゃんは元気に返事をしていた。

 子供は元気の塊だと聞いたことあるが、まさその通りだと感じる。


「さすがに明日は俺が無理だな……」


 基本的には毎日バイトいれてるし。


「むぅ……ざんねん」

 

 片付けが終わってから、玄関へ向かう途中で応接間で国分寺夫人に声をかけられた。

 咲耶曰く、昼間はどこかに出かけていたようだが、帰ってきているようだ。

 

 国分寺さんにも声をかけようとしたが、バンド仲間と飲みにいったと夫人が不機嫌な様子で話していた。

 

「咲耶お姉ちゃん、また明日ね!」

「うん、ばいばい!」

 

 咲耶がバイクの後ろに乗ったのを確認すると、ローギアに入れてバイクを発進させた。

 サイドミラーで後ろをみると、国分寺夫人に手を繋がれながら、双葉ちゃんがこっちに向けて手を振っていた。


「相当気に入られたみたいだな」


 赤信号で停止してから後ろにいる咲耶に声をかけた。


「もしかして羨ましい?」

「……何でそういう考えに至るんだ?」


 俺が答えると咲耶はニヤニヤとした顔で笑っていた。



「よし、これで送信!」


 家に帰るとすぐに妖怪腹減らしが騒ぎ出したので、夕飯に取り掛かる。

 ……で、騒ぎ出した本人は自分の席に座って、何かを呟きながらスマホの画面を縦横無尽にスライドさせていた。


「鶴嶺からLIMEでも来てたのか?」


 適当なサイズに切った野菜とベーコンをフライパンで炒めながら声をかける。


「ううん、久々にさえづりったーの398アカウントで呟いてたんだよ」

「……そういえば活動中はよくつぶやいていたな」


 呟くと言っても、日常生活のことはほとんどなく、配信日がいつになるとか業務報告に近いものだった。


「それで、何をつぶやいたんだ?」

「さっき決めた、配信日のことだよ」


 そういえば398のアカウントのフォロワー数、結構の人数いたことを思い出した。

 久々のつぶやきに多くのフォロワーが反応してくれればいいけど……


「わっ……いいねとリツィートがものすごい数になってる!?」

 

 どうやら、その心配は杞憂なようだ。

 食事を終えてから自分のスマホで398のアカウントを確認すると8/17の18時スタートと

 掲載されたつぶやきの反応がみたこともないくらいの数になっていた。

 

 『マジ!? 398ちゃん復活するのか!』

 『嘘だろ!? しかもこの日俺、バイトじゃん、サボっちまおうかな』

 『彼ぴとファンをやっている私の勝利ね』

 

 このほかにも驚きや歓喜の声のつぶやきが次々と書き込まれている。

 それをみて、今から当日が楽しみであり、少し怖くも感じていた……。


 

 それから毎日、咲耶はスタジオに行き、双葉ちゃんと何度もリハーサルを行っていた。

 俺も昼間はバイト、終わったらすぐにスタジオに向かい、本番を想定した配信の準備を行う。


 そして、配信日当日はあっという間に来てしまっていた。



「蒼にぃ、緊張してきたから優しく抱きしめて!」

「……それだけくだらないことが言えるなら大丈夫だ」

「たまには素直に聞いてくれてもいいのに!」 


 配信1時間前、俺と咲耶、双葉ちゃんは配信開始の時を待っていた。

 

 俺は何度も深呼吸をして気分を落ち着かせようとしているが、全く効果はなく

 咲耶からリラックスできると話す、腹式呼吸を教わって試すも依然として効果がでなかった。


「蒼介お兄ちゃんと咲耶お姉ちゃん大丈夫?」


 この状況下で全くと言っていいほど緊張している素振りをみせていないのは双葉ちゃんのみ。

 さすがは一世を風靡したと自負しているロックバンドのヴォーカリストの孫と言ったところか。


「ってか咲耶はこれまで何回も配信してきたんじゃないのか?」

「毎度始まるまではこんな感じだったよ!」


 どうやら数をこなせば慣れるってものではないらしい。


 そして、配信時間10分前。

 動画サイトにアクセスすると、今回用意したスペースには集まったリスナーがしきりにコメントを送信していた。

 新しいコメントが書き込まれるたびに身が引き締まるような感じがしてきていた。

 

「……いつもコメントを送る側だったけど、送られる側ってこんな気持ちなんだな」


 開始まで5分を切った。


「ふ、2人ともマイクテストやるぞ」


 俺が震えながらも声をかけると、咲耶と双葉ちゃんはヘッドフォンをかけると、マイクに向けて声を出す。

 配信用のPCでマイクの反応があることを確認して、両手で大きく丸を作る。


「配信開始までそのままで……!」

「はーい!」


 双葉ちゃんの元気な返事がスタジオ内に響き渡っていた。

 咲耶は黙ったままコクリと頷く。

 

 ついに、運命の配信時間がやってきた。

 俺はPCで配信開始させると手で咲耶に合図を送った。


 すぐに最初の曲が流れ出すと、咲耶が歌い始めた。


 『うおおおおおおおおおっ!』

 『888888888888』

 『398ちゃん待ってたよー!』

 『やばっ、私もう泣きそうなんだけど』

 

 動画サイトではリスナーたちのコメントが次々と流れ始め、止まることがなかった。

 

 最初の曲が終わると、咲耶は一呼吸置く。


「みなさん、お久しぶりです398です……!」


 咲耶が緊張気味の声で言葉をかけると、またコメントが嵐のように流れてきた。

 ……何だろ、声はないはずなのに大歓声が聞こえたような気がした。


「き、今日はお忙しいところ、来てくださってありがとうございます……!」


『声が震えているけど大丈夫か?』

『いやいや、398のトークはこうじゃないと』

『だよなー!』


 コメントでは『w』のコメントがしきりに流れ始めていた。

 398のフリートークは辿々しいのが良いとファンの間では言われていたがそれは今でも変わらないようだ。


「今日は短い間ではありますが、楽しんでいってくださいね! それでは次の曲を……」


 咲耶が俺の顔をみて指で合図を送っていた。

 俺は曲リストを確認して、曲を再生していく。


「ありがとうございました……いかがでしたでしょうか?」


 今ので5曲目が終わった。


 歌うたびにリスナーはコメントで反応していくが、少しコメントが少なくなっていた。

 ふと、コメント欄に目をやると……


『おいおい、コメント少ないよ! みんな何やってんの!』

『久々に聴いたから、聞き入っちゃったよ』


 コメントを見て、そういえば俺も聞き入って何もコメントしないときがあったことを思い出してクスッと笑ってしまう。


「それでは、次の曲にいきますね。次はみなさんちょっと驚くかもしれないですよ」


 咲耶はそう告げると同時にパイプ椅子に座っていた双葉ちゃんの方へ向き、手招きをする。

 気づいた双葉ちゃんは咲耶の方へいくと、隣に立つ。


 咲耶は双葉ちゃんがいることを確認すると、俺に合図を送る。


 6曲目からは咲耶と双葉ちゃんの2人で歌う。

 もちろんリスナーにはこのことを事前告知していないため、どう反応するかは楽しみではある。


 曲が始まり、最初は咲耶が歌い、次のフレーズから咲耶に合わせるように双葉ちゃんが声を出していく。


『あれ……なんか398ちゃん以外に誰かいる?』

『ホントだ、誰だろ』

『あ、でも息ぴったりで聞いてて気持ちいいな!』

『この後のフリートークが楽しみだぜ』

 

 すぐにリスナーが反応してコメントがひっきりなしに流れていった。


 曲が終わると、咲耶はニコニコとした表情でマイクに向けて話しかけていた。


「いかがでしたでしょうか? ビックリしましたよね!」


 咲耶は声から、してやったりと言わんばかりの表情を浮かべる。


「6曲目からは私と一緒に可愛い子が一緒に歌ってくれてます!」


 咲耶の声にリスナーたちは歓声のコメントを送り続けていた。


「それじゃ、挨拶してみようか」


 咲耶は隣に立つ双葉ちゃんに合図を送る。


「はじめましてっ! ふたばっていいます!」


 元気な声で挨拶をする双葉ちゃん。

 

『おおっ! 可愛らしい声の女の子!』

『これはいいロリボイス!』

『ふたば! ふったっば!』

『398ちゃんと同い年かな?』


「これからは私とふたばちゃんで歌っていきますので、お楽しみに!」

「おたのしみにー!」


 咲耶に合わせて双葉ちゃんも会話に参加していった。


 残すところあと4曲……。

 無事、終わせられるように俺も頑張らないと……!

 

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【あとがき】

▶当作はカクヨムコンに参加中です!!

 

お読みいただき誠にありがとうございます。

次回もお楽しみに!


明日へ続く(某国民的アニメのナレーション風)

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