第38話


「おいおいボウズ、ずいぶん可愛い子をつれているじゃねぇか」


 次の日の朝、咲耶を連れて国分寺さんの家に挨拶に行ったところ、以前と同じように応接間で案内される。

 そこで咲耶を見るなり国分寺さんは声をかけられた。


「か、柏葉美琴です……。 こ、この度はありがとうございます……!」


 国分寺さんの姿と声を聞いて咲耶は震えながら挨拶をしていた。


「綺麗な子が来たからってカッコよく見せようとしないの、いい加減年齢を考えてほしいものね」


 隣で国分寺夫人が呆れたと言わんばかりの口調で話をしていた。

 ……ってかこの前から思っているが、自分の夫にはすごい毒を吐くんだな。


「ごめんなさいね、この人、昔から綺麗な女の子をみるとすぐにいいところを見せようとするのよ、ロックバンドの人間なんてロクなのがいないわね」


 夫人の言葉に国分寺さんは「いやいや、俺は洋子さん一筋だからな!」と答えるもぞんざいに扱われていた。


「……ろ、ロックバンドをやられていたんですか?」


 咲耶の言葉に国分寺さんは「そうよ!」と勢いよくもっていた杖をこちらに向ける。


「『ザ・バラーズ』といってその当時は一世を風靡していたんだがな、ボウスはわからないんじゃ、お嬢ちゃんには——」


「知ってます!」


 咲耶のその言葉に他3人は一斉に咲耶の方を向いていた。


「別にこの人の顔伺いしなくてもいいのよ? 時と共に消えつつあるバンドなんだから」


 夫人が珍しく慌てた表情で咲耶を見ていた。

 ……にしてもそんな時でも毒付くんだな。


「えっと……お父さんが好きなバンドだって言っていたんです、どこかにでかけるとずっと聞いていました」


 小声でどっちの父親だと聞くと、柏葉の方と答えていた。

 ……そうだよな、自分の父親が聞くのはヴィジュアル系バンドかアニソンだし。


「ロックな父親だねえ、どの曲が好きとか言ってたのか?」


 国分寺さんの顔が活き活きとし始めたような気がした。


「そ、それは聞いたことないですけど……デビューシングルはずっとリピート再生していたような……」


 その言葉を聞いた途端、国分寺さんは天を仰ぐかのように顔を上に向ける。


「いやあロックな親父さんだねぇ! デビューシングルの時はそりゃ色々あってな、若さゆえに勢いのみで突っ走っててな」


 国分寺さんはそのまま何かを思い出したかのように語り出していた。


「あー……こうなったらこの人自分語りが長くなるから、今のうちにスタジオに言っておいたほうがいいわよ」


 夫人に促されるように俺と咲耶は地下のスタジオに向かって行った。


「あ、蒼介おにいちゃん、いらっしゃーい!」


 スタジオの中に入ると、パイプ椅子に座っていた双葉ちゃんが俺の姿に気づいて近づいてきた。


「あれ、この子って……」

「前にモールの食品売り場で迷子になってた子だよ」


 俺が説明すると咲耶は思い出したのか、大声をあげていた。


「咲耶お姉ちゃん、久しぶりだね!」


 双葉ちゃんは俺から離れ、咲耶に近づくと小さな手で咲耶の手を握る。


「久しぶりだね……」


 咲耶は気まずそうな顔をしていた。

 俺もだが、どうやら双葉ちゃんも気づいたようで不思議そうな顔をしていた。


「咲耶お姉ちゃん、どうしたの?」

「で、できれば美琴って呼んでほしいなあ……って」


 そういえばあの時は、俺がずっと咲耶と呼んでいたから、双葉ちゃんでは咲耶と認識してしまったのだろう。

 

「どうして?」

「えっと……ね、これには深いわけがあってね」


 苦し紛れに答えようとするが、双葉ちゃんが納得できるはずもなくずっと首を傾げていた。


「『さくや』ってこの子の歌い手の名前でね、本名は柏葉美琴っていうんだ」


 横から俺がフォローを入れる。

 すると咲耶はすぐに「柏葉美琴です」と言って双葉ちゃんの前で自己紹介をしていた。


「そうなんだ! でも蒼介おにいちゃんが呼んで、私はそう呼んじゃダメなの?」


 ……鋭いツッコミが入ってしまった。

 たしかに、俺が呼んでよくてこの子が呼んではいけない理由はまったくなかった。


「……まあ、いいけど。 できれば外では呼ばないでもらえると助かるかも」

「うん、大丈夫だよ! おじいちゃんにも外ではバンド名とおじいちゃんの名前は出すなと言われてちゃんと守ってるから!」


 双葉ちゃんは屈託のない笑顔で答えていた。

 にしても……国分寺さん何でそんなことを孫に言っているんだ。


 

「あ、蒼介くんと柏葉さんいた〜」


 スタジオで持ってきた機材や父親から借りたノートPCのセットアップをしていると後ろからのんびりとした声が聞こえてきた。


「ま……千智さん!?」


 咲耶の声に反応して振り向くと、スタジオの入り口に千智が立っていた。

 手には風呂敷包みが……。


「どうしたんだ?」

「お父さんが、蒼介くんのために持って行けって〜」


 そう言って千智は奥のテーブルに持ってきた包みを起き、風呂敷を明けていく。

 中には昨日見たばかりの重箱が置かれていた。


「ずいぶんと大量に作ったんだな……」

「うん〜、柏葉さんがいるからね〜」

「……あー、もう知ってたのか」


 俺がため息混じりに話すと千智はふふっと微笑んでいた。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「あれ……千智さん1人?」


 飲み物を買いに近くのコンビニに行って、スタジオに戻ってくると中には千智さんしかいなかった。


「蒼介くんは忘れ物があるから一度家に帰ったよ〜」

「双葉ちゃんは?」

「お昼寝の時間ですって〜」

 

 現在の時刻はお昼を過ぎたあたり、午後を一生懸命遊ぶには体力を蓄えておかないといけないか……。


「なので、今のうちにお昼食べちゃおうか、咲耶ちゃん」

「……そうだね」


 私の呼び方が変わったってことはママとして接してくるってことだろう。


「そういえば……」


 重箱の中の筑前煮を取りながら、昨日のパパのことを思い出していた。


「どうしたの〜?」

「……昨日、パパが筑前煮食べたら泣き出しちゃったんだけど」

「耕史さん〜?」

「うん、食べた瞬間、黙ったと思ったら紫さんの味にそっくりだと言って、泣き崩れてた」


 結局あの後、蒼にぃが重箱をパパの部屋に持っていった。

 朝になってみたら、中身が綺麗になくなっていたと話していた。


「耕史さん、私がつくる筑前煮が大好きだったから〜」


 ママは自分の頬に手をあてて微笑んでいた。


「……私も蒼にぃにそう言ってもらえるようになりたいなあ」

「それなら、咲耶ちゃんも料理を覚えないとね〜 いつも蒼くんが作っているんでしょ〜?」

「うぅ……しょうがないじゃん! 蒼にぃの作る料理が美味しいのがいけないんだよ!」


 私が悔しそうな顔をしているとママは私の頭を「よしよし〜」と言いながら撫でていた。


=================================


【あとがき】

▶当作はカクヨムコンに参加中です!!

 

お読みいただき誠にありがとうございます。

次回もお楽しみに!


3連休開始だあああああ!

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