第27話


「……もう集まってるのか」


 咲耶が家を出た後に軽く片付けをしてから家をでたので10分ほど遅れて教室に入る。

 俺の席の隣には咲耶もとい、柏葉美琴が座っていた。


 ——その周りにはいつもの女子連中がいるんだが。


 カバンだけ机に置き、離れた場所で机に突っ伏している翔太の姿を発見し、一時的にそこへ退避していた。


「おっす、なんか久々だな」


 翔太に声をかけると、ゆっくりと体を起こして俺を見ていた。

 この数週間でこの世の全ての絶望を見届けてきた……そんなことを言いそうな表情をしていた。


「誰かと思ったらテスト休みを満喫しまくった天城さんじゃないですか……」


 第一声が皮肉だった。

 どうやらこの数週間、よほど嫌なことがあったに違いない。


「いつまでもグジグジと過去のことを根に持つやつは嫌われるぞ」

「俺はいつでも過去を見つめてる男なんだよ」

「それ威張っていえることじゃないだろ……」


 過去の栄光に捕らわれて前を見ようとしないだけじゃないか?

 そもそも翔太に輝かしい過去の栄光などあるのだろうか……。

 自分の知っている限りでは全くでてこないんだが。


「で、この数週間、何か面白いことあったか?」


 翔太の質問に俺は腕を組んで考えていた。

 あると言ったら咲耶のことだが、口が裂けても誰にも言えることではなかった。


「……バイトに明け暮れていたな」

 

 何もないと言ってもどうせ信じてくれないので、有り体に答えた。


「蒼介のバイト先って1組の神崎さんの店だろ? ってことはママと一線超えたとかあったのか?」

「……そんなわけあるか。 千智とは中学からの付き合いだが、そういうのは一切ないよ」


 ちなみに翔太がいった『ママ』というのは千智の俗称のことだ。

 千智はあののんびりした口調のためか、学校の男女問わずそう呼ばれている。

 本人の耳にも入っているらしく、嫌がるそぶりどころか受け入れているようだ。


 しかも、人を褒めるときにすぐ頭を撫でる癖もあってか俗称の広まりに拍車をかけている。


「ママに撫でられると誰もがバブみを感じて一時的に幼児退行するみたいだしな」


 俺の周りでもそうなったという話は聞く。

 バイト先でよく千智に頭を撫でられることはあるが、俺はそうなることはなかった。

 個人差でもあるのか?


「まあいい、明日からは全員平等に夏休みが来る!」


 さっきまでの絶望の淵まで落ちた表情はどこにいったのやら、今では希望にみちた顔をしていた。

 

 

『生徒みなさん、これから全校集会がありますので、速やかに体育館まで移動してください』


 チャイムが鳴り終わると放送が入った。

 それを聞いていたクラスメイトは「メンドイ」「帰りてぇ」など文句を口にしながら教室を出て行った。


「俺たちも行くか……」

「おう! 暇つぶしの用意はバッチシだぜ!」


 翔太の後ろへついていく様に教室を出ていく。

 

「……そういえば」

 

 教室を出てから自分の席の方をみると、美琴の姿はなかった。

 

「あいつらと一緒に行ったのか」


 テスト休みの間、俺の腕にしがみついていたため、咲耶の感触がないことに違和感を感じていた。



「いやっほーい! 夏休み突入だぜい!」


 全校集会が終わり、教室へ帰り途中、翔太が雄叫びをあげていた。

 

「どうせ、おまえは朝から晩までネットゲーやってるだけだろ?」

「当たり前だろ、そのために夏休みがあるんだろが!」

「……ギリギリになって宿題写させろとか言ってくるなよ?」

「せっかくの夏休み祝杯ムードで嫌な単語出すなよ!」


 翔太は両耳を押さえながら首を左右に振っていた。

 

 教室に戻り、自分の席に行くと既に美琴が隣の席に着いていた。

 だが、朝の翔太の様に机に突っ伏していた。


「……腹でも痛いのか?」


 椅子に座り、声をかけると美琴は錆びだらけのロボットの様にゆっくりと俺の方を向く。

 

「……みんなでご飯行くことになっちゃった」


 表情は北半球が滅亡したかのような重苦しい顔をしていた。


「たまにはいいんじゃないか、女子同士の交流も必要だろ」

「うぅ……帰ったらゴロゴロニャンニャンできると思ったのに」


 だからそのニャンニャンってなんだ。

 ツッコミたい衝動を必死に抑えているうちに担任が教室にきて、ホームルームが始まった。


 ホームルームの内容は至ってシンプル。

 ・夏休みにハメを外しすぎるな。

 ・熱中症に注意しろ

 ・俺は家族サービスに勤しみたいから邪魔はするな

 ・学生の本分を忘れるな

 

 などを伝えると担任は教室から出て行った。

 クラスメイトたちは喜びの声を上げながら担任に続いて教室を出て行った。


「柏葉さんいくよー!」


 気がつけば美琴の席の周りには女子連中が集まり出していた。


「う、うん……!」


 美琴は猫を被ったかの様なおとなしめの声で返事をしていた。

 家にいる時とは180度態度が違う彼女を見て俺は思わず笑ってしまっていた。


「……何よ天城?」


 俺の笑い声を聞いていた女子連中の1人が俺を見ていた。

 茶色のボブカットの女、たしか鶴嶺とか言ったか。

 

「いや、単なる思い出し笑いから気にしないでくれ、そんじゃ夏休み明けにな!」


 カバンを取ると俺はその場を後にして、教室から出て行った。

 教室をでると廊下で翔太がスマホを見ていた。

 

「何か柏葉さんの取り巻きに絡まれてたけど、どうかしたのか?」


 俺が来たことに気づくと、スマホをズボンのポケットに押し込む。


「別に何もないけどな、それよりも真っ先に帰ったと思ったのにどうしたんだ?」

「そう思ったんだけどさ、緊急メンテが入ってプレイできないから、久々に飯でも食いに行こうぜと思って待ってたんだよ」


 そう言えば、美琴が家に来てから、あまり翔太と帰りに飯を食いに行くことがなかったな。

 あっちも女子連中で食べに行くみたいだし、こっちもそうさせてもらうか。


「いいぞ、どこに行くんだ?」

「あそこのラーメン屋はどうだ? 今から行けばランチ間に合うんじゃね?」


 翔太の提案に俺は「いいねぇ」と答える。


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【あとがき】

▶当作はカクヨムコンに参加中です!!

 

お読みいただき誠にありがとうございます。

次回もお楽しみに!


今日はいい天気の日曜日ですね(現実逃避)

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