第23話
「ふぅ……さっぱりした」
あれから体の熱が下がり、動けるようになるとすぐに露天風呂からでた。
着替えを持ってきていたが、せっかくなので旅館のほうで用意してくれた浴衣を着て、部屋でのんびりしていると……
「あ、やっぱり蒼にぃも浴衣にしたんだ!」
咲耶は薄いピンクの浴衣姿で部屋に入ってきた。
ちなみに俺のは青が基調となっている浴衣だ。
考えることは兄妹だからか一緒なんだなと思わず笑ってしまう。
「どうしたの、急に笑い出して?」
咲耶は不思議そうな顔をした後、何か気づいたような表情に変わっていった。
「あ、もしかして帯をぐるぐるしたくなったとか?」
「そんなこと考えるか、そもそもそれをやるなら着物だろ……」
そもそもどう考えたらそんな発想がでてくるんだよ……
「ちなみに、女性の浴衣には男の人が手を入れるための入り口があって——」
「……んなこと話さなくて結構だ」
全く、学校ではおとなしいのに何で俺の前ではこんなことばかり言うのだろうか、この子は。
部屋でお互いのんびり過ごしていると仲居の九重さんが夕飯の準備と言って部屋にやってきた。
スマホを見ると、誰もが夕方だと言える時間になっていた。
九重さんは他に2名の従業員と一緒に料理を運んでいくとあっという間にテーブルの上には料理が並べられていった。
「こちらは金目鯛のお造りでございます」
テーブルの真ん中にはこの辺りで採れる金目鯛が置かれていた。
元々身があったであろう箇所には他の魚の切り身が置かれている。
「す、すごい……!」
見たことのない光景に俺と咲耶はスマホを取り出して色々な角度で写真に収めていた。
九重さんからしたら俺らの行動が微笑ましく思えたのか、何も言わずに見ていた。
「あ、すみません……」
「いえ、大丈夫ですよ、これを見たお客様のほとんどが同じことをされますので」
料理の説明が終わると九重さんたちは「お食事が終わりましたら、内線でお呼びください」と話し、他の従業員と一緒に部屋を後にした。
「それじゃいただきまぁぁぁす!」
対面に座る妖怪腹減らしの空腹に限界がきたようで、2人だけになるとお造りへと箸を伸ばしていた。
「う〜! おいふぃー ひゃにこれー」
「……すぐ伝えたい気持ちはわかるが、飲み込んでから言おうな」
そう言って俺も金目鯛の切り身を取ると醤油をつけてから口に運ぶ。
うっすらと乗った脂がかすかに甘さを感じさせてくれた。
咲耶がすぐに言いたい気持ちもわからなくもない。
「……旨すぎる!」
切り身を飲み込むと、大声をあげてしまう。
「蒼にぃ、私ホントにほっぺたが落ちちゃうかも〜」
「そうなったら食べるのをやめて、すぐに病院にいくしかないな」
テーブルの上にはお造りのほかにも煮付けなど金目鯛のありとあらゆる料理が並べられていた。
食べ盛りの男子高校生なら食べきれたとしても当分の間動くことはできなくなるだろう。
だが、我が家の妖怪腹減らしはどうかというと……。
「ごちそうさま! うーんもうちょっとあってもよかったかな」
テーブルの上のものを全て平らげた上でこのまだまだ物足りないといった感じだ。
ちなみに俺は刺身以外にも色々な料理に手をつけていった。
今はお腹が苦しくて壁にもたれかかっている状態だ。
「蒼にぃ、大丈夫?」
咲耶が心配そうに声をかけてくれるが、お腹をさすりながら「大丈夫だ」としか言うことができなかった。
内線で連絡するとすぐに九重さんをはじめ、先ほど来た従業員たちが来て片付けを始めていく。
部屋に入って、全て平らげた料理をみて従業員全員が絶句したことを言うまでもない。
ぐったりしてる俺を見て、目で「頑張ったね」と言われたような気がした。
「それではお布団敷かせて頂きます」
食事の片付けが終わると、押し入れから布団一式を取り出してセットしていく。
ものの数分でセットが完了していた。
「終わりましたので、こちらにて失礼いたします。 それでは明日の朝、ご連絡をさせて頂きます」
そう言って九重さんたち従業員はゆっくりと襖を閉めると部屋から出ていった。
「蒼にぃどっちがいい?」
咲耶は布団を指差していた。
「どっちでもいいけどな……」
ゆっくりと立ち上がった俺はカバンから歯磨きセットを取り出してゆっくりと洗面所に向かっていった。
「……咲耶、何をしているんだ?」
歯磨きを終えて、部屋に戻ってくると少し距離をおかれて敷いてあった布団一式をくっつけようとしていた。
「蒼にぃが私の布団に忍び込めるようにするためにだよ」
くっつけ終わって満足そうな顔で答える咲耶。
「……俺じゃなくて咲耶がだろ?」
ツッコむと咲耶はエヘヘと言いながら苦笑いをしていた。
俺はそのまま布団に体を落とす。
長距離の運転と露天風呂と限界ギリギリの満腹感で既に脳が睡眠を求めていた。
「蒼にぃもう寝るの? 夜はまだまだこれからだよ!?」
俺の体をユサユサと揺すって起こそうとするが、その動きが心地よく感じ、俺は抵抗することなくそのまま意識が遠のいていった。
「うそ、蒼にぃホントに寝ちゃったの!?」
咲耶が叫んでいたが、それが俺の耳の中に入ることはなかったようだ。
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【あとがき】
▶当作はカクヨムコンに参加中です!!
お読みいただき誠にありがとうございます。
次回もお楽しみに!
自分が旅館に行ったらフードファイトほぼ確定です(笑)
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