あこがれの女教師は娼婦(その22)

「刺した男を見たよね」

脇坂が見舞いに来たので、すぐにベッドを這い出て、廊下のベンチに並んで座った。

「ああ、見た。・・・しかし、だいぶ暗かった」

そう答えると、脇坂はうなずき、

「そう、暗かった。・・・だが、森本ではなかった」

ときっぱり言った。

「黒いトレンチコートに大きなレイバン風サングラスに黒マスクで長身・・・」

「そうだな。何て言ったらいいのか、・・・ガタイがいいとはいっても、高校生ってまだ大人のからだになってない。でも、吉原の男って精悍な二十代後半のような感じがした」

そう言われたところで、いくら思い返しても、それが当たっているかどうかどうにも分からない。

一瞬のうちに刺されたから、断定的なことなど何も言えない。

「森本はとっくにカリフォルニアだし、われわれの学校の生徒、いや高校生などではないということか。だいいち、高校生にあんな大きなワゴン車が運転できるとも思えない。しかも盗難車だ・・・」

独り言ののようにつぶやくと、

「若い女の死体は見たか?」

脇坂は、廊下を見回して、ひとの通りが途絶えたのを見計らって、あまり思い出したくない話題を持ち出した。

「下半身だけむき出しで、股間が血で濡れていた」

駐車場は暗かったのに、脇坂はしっかりそこは見ていたということか・・・。

「新宿の時と同じだよね」

これには、うなずくしかなかった。

「しかも、あの駐車場で殺したのではなく、どこかで殺してワゴン車で運んで来た。それまでの猟奇的連続殺人では、ホテルなりテントなりで、衝動的に女を殺していた。しかし、吉原では、殺して運んで来た。・・・いわば、猟奇事件をなぞっただけだろう。衝動的ではなく、計画的だったということかな。・・・あるいは仕組まれた殺人かもしれない」

「うわべだけ真似た?」

「そうだ。今までの流れからすれば、ソープランドの外ではなく、中の個室で殺人が起こったはずだ。・・・ところが、そうではなかった」

「模倣犯か?」

「模倣犯にしては、あまりに君のことを知りすぎている。われわれが見張っているのも計算に入れていた」

これは、以前にも脇坂が言っていたことだ。

「あるいは、プロの殺し屋か?」

「怖いね」

「ああ」

・・・からまった糸は、たぐっているうちに、こんがらがって来て収拾がつかなくなってしまった。

病院の中庭の花壇は日の光で溢れていた。

反射した光で明るい廊下だが、われわれが座るベンチだけが重苦しい空気に包まれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る