歪んだ独占欲と拗らせた愛情をぶつけ合う幼馴染同士の話
犬甘あんず(ぽめぞーん)
第1話
人を好きになるって、どういうことだろう。
何度か抱いてきた疑問を心の内に浮かばせると、すぐに答えが出る。
好きになるというのは、相手に自分のあるがままを曝け出せるという状態だ。嘘や偽り、愛されるために被った仮面、全てを投げ捨てて自分を見せること。
それが人を好きになるということで、それが許される相手が本当にいい相手なのだと思う。
好かれようとするのは悪いことじゃない。
だけど、少なくともそれは自然じゃない。
だから——
「ゆまぁ!」
扉が開いて、幼馴染が教室に入ってくる。
その瞳は潤んでいて、今にも色んなものがこぼれ落ちてしまいそうだった。
その反応だけで、全部わかる。
私は小さく息を吐いた。
「
「振られたぁ! 好きだったのにぃ!」
「そ。かわいそうだね。じゃ、帰ろっか」
「何それ! 冷たい! ゆまが冷たい! 振られたんだから優しくしてよぉ!」
「……はぁ。花凪。これで今年に入って振られるの十回目でしょ。気が多すぎんの」
「令和の小野小町って言われてるから」
「なら歌でも詠んでみたら?」
「振られたよ。振られた振られたあー振られた」
「0点。追試は受け付けないから」
意外と余裕じゃないか、こいつ。
私は少し呆れて、バッグを肩にかけた。
これで今月の告白は終わりか。
花凪は高校生になってから一ヶ月に一回のペースで男を好きになって、告白しては振られている。
月一で別の男を好きになって、告白したってうまくいくわけないのに。月刊の雑誌じゃあるまいし。
「……慰めてよ、ゆま」
花凪は教室から出ようとする私の袖口をきゅっと掴んだ。
こういうの、あざといって言うんだろうな。男をきゅんとさせるテクニックなのかもしれないけれど、私はこんなことされたって何も思わない。
慣れてるし。
そう、慣れているのだ。
とろけるような瞳で見られることにも、鼓膜が焼け落ちそうなくらい甘い声でおねだりされるのにも。
だって、振られる度にこうなんだから。
私は彼女の手をぺしっと叩いた。
「うち今日親いるよ」
「私の家はいない」
「……そ。じゃあ、今日は花凪ん家ね」
「うん。早く帰ろ」
彼女は甘く粘着質な声で言った。
少し顔を上げると、彼女の顔が見える。その顔には好きな男に振られた悲しみよりも、期待と焦燥のようなものが色濃く滲んでいた。
どうしようもない、と思う。
だけど私は、そんな彼女に手を差し出した。
一秒も経たないうちに、手を握られる。
どろりとしたものが溢れる音がした。
「花凪。ほら、口あーってして」
「……あー」
彼女の家に着いてすぐ、靴も脱がずに口を開けさせる。
何かを食べさせてあげようとしているかのような、なんでもない調子の会話。きっとただの幼馴染だったら、実際飴でも食べさせていたんだろう。
でも。
私たちはただの幼馴染じゃない。
もっと歪んで捻じ曲がった、どうしようもない幼馴染だ。
わかっているからって、どうしようもないんだけど。
「は……ぷっ」
「ん……」
私は彼女に顔を近づけて、そのまま唇を貪った。
最初は食むように唇全体を自分の唇で覆い、徐々に舌を絡ませていく。彼女の口内は不自然なまでに甘く、本来の彼女からは遠く離れていた。
だから遠くにいる自然な彼女を探すように舌を絡ませて、甘さの染み付いていない場所を探してみる。
「何か食べたでしょ、甘いもの」
「ミルクの飴食べた」
「いつ」
「告白する前」
「何それ。もしかして、期待してた?」
「そんなわけないでしょ」
告白する前はあんなに緊張していたのに、飴なんて舐めていたのか。
それは緊張を緩和するためなのか、それとも。
振られるってわかっていたから?
答えを彼女の舌に求めてみるけれど、得られるものは焼け付くような甘さだけだった。
「ゆまこそ、期待してたでしょ。私が振られたら、こうやってキスできるもんね」
「馬鹿じゃないの。私がんなこと期待するとか。ありえないから」
「鍵閉めた途端、したがったくせに」
「それは花凪が見てくるからでしょ。……ほら、続きは花凪の部屋で」
「はーい。……運んでくれる?」
「いいけどさ。ほんと好きね、お姫様抱っこ」
「まあね」
私は靴を脱いで、同じく靴を脱いで待機していた花凪を横抱きにした。
私より少し身長が高い割に、花凪はそれなりに軽い。別に太っていないくせにいつもダイエットがどうのと言っているだけある。
私は花凪を抱いたまま階段を上がって、二階にある彼女の部屋に入った。
「相変わらず、メルヘンチックな部屋」
「いつ好きな人あげるかわからないからね」
「男って、こんなのが好きなの?」
私は飽き飽きするほどのパステルピンクの部屋の端にあるベッドに彼女を下ろした。
花凪は潤んだ瞳で私を見上げている。
絶対期待してる。
ベッドに広がったブレザーと彼女の髪が、背徳的だった。
「で、今日はどうするの」
「ゆまの好きなようにしていいよ。……めちゃくちゃにして?」
「それ、あざとすぎ。そんなんで喜ぶ男なんている?」
私は彼女のピアスを外して、机の上に置く。
さらさらした髪に触れて、黒の中に混ざったピンクを弾いてから彼女のタイに手を伸ばす。
「……はぁ。とりあえず、するから。ちゃんと相川のこと、忘れなよ?」
「忘れさせてよ、ゆまの手で」
「うるさい口」
そっと口づけをすると、彼女はくすくす笑い出した。
「それ、少女漫画でしかやらないやつだよ」
「好きなくせに」
「否定はしないけどね」
今年に入ってから、十回目。
慰めと称した交わりが始まる。
時に私の部屋で、時に花凪の部屋で。こういう行為を繰り返す度に、私は思うのだ。
花凪はきっと、私なしでは生きていけないのだと。
誰かを好きになって、自分を偽って、振られて。そうして最終的に戻ってくる場所が私の隣であるならば、私がいないと彼女は成り立たない。
それが心地良いと思ってしまう私は、多分おかしいのだろう。
私たちは普通の幼馴染ではなくて、どうしようもなく捻じ曲がっている。
もはや昔の形を思い出せないくらいに。
触れている熱さが、その吐息が私を狂わせる。彼女が自分のものであることに暗い喜びを抱いてしまう。
私たちは、どうかしている。
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