第14話

 小部屋にはBAN姉さんの姿はなく、先ほどまでBAN姉さんが座っていたはずの木製の椅子の座面に宝箱があった。


 この階層はBAN姉さんから鍵を受け取ることでクリアとなり、その戦利品がこの宝箱だ。

 このボスの厄介なところは、人の悪意を敏感に感じ取りそれを跳ね返すだけでなく、悪意を向けられたと感じるとその対象者をダンジョンからも冒険者協会からもBANするというペナルティを与えることだ。


 BANバ ンとは強制的かつ一方的な登録抹消を意味する。

 このペナルティをくらうと当然ながらこれまでの登録カードが使えなくなり、冒険者登録手続きやパーティー加入手続きがやり直しとなる上、一旦登録を抹消すると三日間は再登録できないという規定まであるため非常に厄介なのだ。


 ロイパーティーが初めてこの地下40階に到達した時、何も情報がない状態でいきなりロイさんがボスに斬りかかり、その直後に姿を消したという。

 それに驚いたエルさんが魔法によって紡いだ強力な衝撃波を叩きこもうとしてまた姿を消し、慌てたトールさんが斧を振り下ろして姿を消した。


 ほかのメンバーも似たような状況で、最後に残った一人は扉の外から見ていただけだったにも関わらず、ボスの深紅の目を見ているだけで恐怖心が倍増していき、その場に倒れそうになったところでダンジョンからBANされて外に放り出されていたという。

 そしてそこには、先に姿を消したメンバーたち全員が倒れていたらしい。

 

 ロイさんの利き腕は肘から先が大剣を握ったままの状態で少し離れた場所に落ちており、エルさんはお腹に大きな穴が開いていて瀕死、トールさんも頭に斧が刺さっているという、何とも凄惨な状態だったようだ。


 ちなみにこの街には優秀な神官が常駐している治療院があり、ダンジョンで命を落とすことは滅多にない。

 処置が早ければほぼ死んでいる状態だって生き返る。

 ただし蘇生や大怪我の治療には相当な苦痛が伴う上に莫大なお金がかかるため、死なないに越したことはない。


 しかも、発見が遅れてミイラ化・白骨化していたり腐乱していた場合や、魔物に食べられて消化されてしまったとか、灼熱の炎で一瞬にして灰になってしまったとか、粉々に爆散した場合はさすがの腕利きの神官でも蘇生・再生は不可能だ。


 この地下40階のボスの噂はロイパーティーが全滅したという衝撃的なニュースとともにダンジョンマニアの間で拡散され、その噂を聞きつけてよそのダンジョンのベテラン有名パーティーまで駆けつける事態となった。


 最初に箝口令を敷いたところで無駄だったのかもしれないが、実はこれが大失敗だった。


 ボスに攻撃を仕掛けたらそっくりそのまま跳ね返される、おまけに登録抹消までされるということで、このボスは誰が命名したのか「BAN姉さん」と呼ばれるようになったのだが、それだけではなかった。

 

 このボスを攻略しなければ先には進めない。倒すべき憎らしいボス。

 そんなことを心の中で思っただけでBANされるということも判明したのだ。

 最初にロイパーティーが全滅した時、最後のひとりが何もしていないのにBANされたのはこのためだった。

 だから、姉さんがボスであるということを意識してはならないということだ。


 ロイさんは冒険者協会に「仕様がおかしい! こんなの無理ゲーだろ」と猛抗議したらしい。

 しかし、冒険者協会がダンジョンを作っているわけではなくダンジョンマスターから運営委託を受けているだけであるため、攻略に関する質問や苦情を寄せられても困ると一蹴されたんだとか。

 おまけに、再登録手続きが殺到するせいで通常業務が滞るという理由で、地下40階の攻略は原則週一回までとするという規定まで設けられてしまった。


 もしやBAN姉さんがダンジョンマスターなのかもしれない。

 マーシェスダンジョンは地下40階が最下層なのか。

 そんな憶測が流れ始めた頃、初めて攻略に成功したパーティーが出た。


 BAN姉さんの攻略に成功したのは、南方から噂を聞きつけてやって来たパーティーで、地下40階までをたったの一週間で駆け抜けて到達したらしい。

 成功者はパーティーのリーダー……が飼っているリスザルだった。

 

 扉が開くと同時にリーダーの肩から飛び降りて制止も聞かずに駆けだしたリスザルは、BAN姉さんの膝に飛び乗った。何かを語り掛けるようにキキッと鳴くと、BAN姉さんは姿を消して宝箱が現れリスザルの手にはその箱を開けるための鍵が握られていたという。



「その鍵で宝箱を開けてみて」

 ハットリはその指示にも素直に従って箱を開けた。

 中に入っていたのは、たくさんの金貨とパーティー全員を瞬時に回復できるレアな噴霧タイプのポーションのほかに、両手に乗るぐらいの大きさのほんのり赤みを帯びたタマゴだった。


「なんだこのタマゴ」

 ハットリが目の高さまで持ち上げてよく見ようとしたところでタマゴにひびが入る。

 中から出てきたのは赤いトカゲ——サラマンダーだろうか——で、ハットリを認めると嬉しそうにパカっと口を開いて小さな炎を吐いた。


「うわあぁぁぁっ!」

 熱烈な挨拶に驚いたハットリに放り投げられたサラマンダーは、クルリと回って見事な着地をきめると、素早い動きで椅子をよじ登り宝箱の中の金貨を吸い込み始めた。

 チャリン、チャリン、チャリーン!と小気味よい音を響かせながら金貨を飲み込んでいくサラマンダーを、わたしとエルさんは手を叩きながらにこやかに眺めていたのだけれど、事情を呑み込めていないハットリは大慌てだ。


「おいぃぃっ! 待ていっ! 俺の戦利品だっ!」

 その叫び声に反応してサラマンダーがぴたりと動きを止め、ハットリを見上げる。


「この子、従順でお利口だねえ。ハットリくんの根の性格がそうなんだろうね」

 エルさんは笑いながらこちらをチラリと見て、その意味が分かったわたしは少々むくれてしまったのだが、あまりここでモタモタしてはいられないためスルーすることにした。


 BAN姉さんがリポップするまでにここを立ち去らなければ、うっかり目が合ったらBANされるかもしれない。


「ハットリ! それあなた専用のペットだから大丈夫よ。後からちゃんと取り出せるからその子に全部吸ってもらって早くここから立ち去るわよっ」


 ハットリは戸惑いつつもサラマンダーに続けるようにと指示を出し、無事ダンジョン1階に戻って来たところでようやく全員の緊張が解けたのだった。

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