第8話
「まさか……バドラ様?」
黒いベールを付けて目元しか見えないが、明らかにバドラだった。
「悪いね、今朝は期待させるようなこと言って。だが、やはり王子に庶民の汚れが付くことはどうしても許せないんだよ。だから、アブーシ様の手を借りることにしたのさ」
しわがれた声がバドラだと知らしめる。
「相変わらずバドラさんは、王家純血主義だね」
アブーシがからかうように言った。
「そりゃそうですよ。王家の血こそが至上の存在だ。第七王子は数少ない王家の純血の一人。あの方を守り抜くために、私がどれだけの策を弄したことか」
「その策のせいで、王子の心がハーレムに向かわないんだけどね」
「アブーシ様、私を怒らせたいんですかね?」
ぎろりとバドラがアブーシを睨み付けている。
ライラは二人の会話を呆然と聞いていた。混乱して理解が遅れてしまう。
「あ、あの……バドラ様。よろしいでしょうか」
ライラは震える声で呼びかけた。
「なんだい」
「バドラ様は私が王子様に呼ばれたことが気に入らない、ということですよね。ですが、おそらく王子様は私を、そ、そそそういう意味でお求めになることはないと思います」
可能性としては絶対にないとは言い切れないけれど。でも、きっと会ったらそんな気など起こらないだろう。何せただの田舎者にすぎないのだから。
「あんたがどう思ってようが知ったこっちゃない。とにかく、王子の目を覚まさせるために秘薬を作りな。まずはそこからだよ」
バドラが冷たい目で睨んでくる。その鋭さにライラは心臓が縮んだ気がした。
「そうですよね。まずはライラさんに秘薬を作って貰わなければ話になりませんから。てことで、秘薬を作るための道具と材料を持ってきます」
アブーシが当然のように持ってくると言ったことに驚く。
「ライラさん、どうして材料が分かるのかって顔してるね。でも、俺が倒れたライラさんを診たんだよ。その時に部屋にも入ってる。あのとき秘薬を作ってたんだろう? 遺物は使い手の力を吸い取る代物だ。強力な魔人だと吸い取られる力も多くなる。倒れたライラさんと、部屋の状況を見れば一目瞭然だったよ」
最初から、アブーシは倒れた理由を見抜いていたのだ。
というか、魔人が力を吸い取るってどういうことだ。ライラの生命力を糧に魔力を発動させると月の魔人は言っていた。つまり、それが吸い取るということなのだろうか。
今まで秘薬を作って倒れたことなどないけれど、今回は体調がかなり悪かった。そんな時に力を吸い取られれば、確かに倒れてしまうのも理解できる。もしかして魔人がことあるごとに『しばらく呼び出すでないぞ』と言うのは、ライラのことを思って言ってくれていたのか。
「じゃあバドラさん、しばらく見張りお願いしますね」
そう言って、アブーシがドアを開けようとしたときだった。
窓から何かが投げ込まれたと思った瞬間、すごい勢いで煙が出始めた。狭い部屋だけに、窓から出て行く煙を差し引いても、余裕で部屋の中に充満していく。
ライラはとっさに煙を吸わないように、手で口を押さえようとした。でも、後ろ手に縛られているため、緊急手段でベッドに顔を埋める。おしりを突き出すような格好になって結構恥ずかしいが、そんなことを言っている場合ではない。微かに漂ってくる香りに、催涙をさそう成分が含まれた煙玉だなと分かる。その証拠にじわりと目が痛んできた。
でもこれは逃げるチャンスだ。どこの誰がどんな目的でこんなことをしているのかは分からない。もしかしてシンだったらいいのになんて、少々夢見がちなことも考える。
「うわ、なんだいこりゃ」
慌てたような声はバドラの分しか聞こえない。やはり知識のあるアブーシは、目と口を閉じて煙に触れないようにしているのだろう。アブーシを何とか振り切らなければと考えていると、ドサっと倒れる音が二回聞こえた。そして足音がライラに近づいてくる。
顔を上げたい。助けなら良いが違ったら大変だから。けれど、うかつに顔を上げて見てしまえば煙に目がやられてしまう。ジレンマにかられていると、肩にそっと手を置かれた。柔らかい手の感触に女性だと分かる。
「ライラ、大丈夫? 迎えに来たよ」
その声に思わずライラは顔を上げてしまった。途端に煙に目をやられて、ぼろぼろと涙が零れてくる。
「マーリ様? 本当にマーリ様なの?」
どうしてハーレムにいるはずのマーリがいるのだ。驚きすぎて大きく息を吸ってしまい、ライラは激しく咳き込む。しかし本当にマーリなのだろうか。あの臆病なマーリが、自ら危ない場所に来るとは思えない。
「ライラ、喋らなくていい。せっかく煙を吸わずにいたのに、それじゃ意味がないわ」
そうはいうが疑問だらけなのだ。そもそもこの煙に囲まれているのに、マーリは普通にしゃべっている。何故、煙の影響を受けないのだ。
「ライラ、ここは危ないわ。早く出ましょう」
マーリに肩を抱かれるようにして、ライラは咳き込みながら部屋を出る。煙が薄くなるにつれて咳は治まり、涙も止まってきた。
「マーリ様、助けていただき、ありがとうございます」
視界が戻り、やっとこの目でマーリだと確認できた。だた、マーリはいつもは丈の長い優美な服を着ているのに、今は踊り子のようなぴったりとした服を着ている。口元は分厚い布で覆われており、どうやら煙避けの対策のようだ。
「いいのよ。この為に私はハーレムにいたんだもの」
マーリが口元の布を取り、不敵な笑みを浮かべた。こんな生き生きとした表情のマーリは初めてだった。いつも自信なさげに視線がうろつき、自虐ばかり言っていたのに。
「もしかして……今のお姿が、本当のマーリ様なのですか?」
「そうとも言えるし、違うとも言えるわ。どちらも私の一部分よ。でも確かにライラに見せてた姿は、自信のない自分を誇張してたけどね」
マーリは自虐を言うこともなく質問に答えた。その堂々とした様子に戸惑ってしまう。
「さぁライラ。詳しいことは落ち着いてからにしましょう」
マーリに促され、ライラは歩いて行く。手が縛られているから階段などはふらついてしまうが、何とかマーリに着いていくのだった。
*** お読みくださりありがとうございます ***
第4幕はここまで、次話は幕間となります。
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