第2話
『妾の忠告は聞けぬと……そういうわけじゃな』
「そういうわけじゃないけど」
『まぁ、そなたが決めたことに、妾が口出しするのもおかしな話だ。じゃが、これだけは言っておく。この薬を飲んだら、恋心をなくすために恋に直結する記憶もなくなる、もしくは薄れたりあやふやになったりする。つまりじゃ、恐らく今のこの記憶もなくなるじゃろう。けれどそなたはきっと恋に墜ち、また薬に頼る。それは無意味とは思わんかの」
確かに同じ場所をぐるぐるしているのと同じだ。けれど、他にどうしろと言うのだ。このつらい恋心を抱えて、これからもシンと幼馴染みとして過ごして行けと。シンが好きな人と幸せになるのを、笑顔で見ていろというのか。そんなの心が破れてしまいそうだ。
片恋に苦しむ人々は皆こんな想いを抱えている。どうにもならずにもがいている。それは理解してる。だから、きっとライラの薬に頼るという行為はずるいのだと思う。
卑怯なことをした罪は、ちゃんと償うから。
他人の役に立てることなら、どんなことだってやる。
自分がどれだけ大変だろうと構わない。
それが罪滅ぼしなのだから。
「月の魔人、忠告ありがとう。それでも、やっぱり薬は欲しい」
『さようか。ならば仕方ないの』
月の魔人が、ため息をついた気配がする。
『では、始める』
しばらく経つと、水差しの青白い光が増しライラを包んだ。体が暖かくなり、それが一点に集まっていく。そして、気が付くと水差しには青い液体が淡く光っていた。
『薬は出来たぞ。どのような結果になっても、妾は知らぬからな』
月の魔人が呆れたような声で言ってくる。ライラはそれに答えようと口を開こうとするが、くらりと目眩に襲われてしまった。
『……もう、妾をしばらく起こすでないぞ』
「うん……ありがとう」
机に手をついて体を支えながら、ライラは声をひねり出した。
『ではそなたに、ジンの恵みがあらんことを』
その言葉を境に、水差しの淡い光も消えた。
ライラは立っているのもつらく、よろけるように椅子に座る。どうしてこんなに疲労感に包まれているのだろうか。気を張っていないと意識を失ってしまいそうだ。でも、まだ倒れるわけにはいかない。ライラは何とか立ち上がり机に向かう。そして、水差しからコップに薬を移し、よたよたとベッドへ移動した。
「記憶はないけれど……三回目なのね。どうか、ちゃんと効きますように」
祈るようにコップを握りしめる。
「何度も、消してしまってごめんね」
恋をするという気持ちは、本当なら素敵なはずなのに。どうして素敵なだけで終われないのだろう。素敵なままでいられるのなら消したくなどない。捨てたくなどない。
「でも、この恋心があっても誰も幸せにはなれないから」
自分が弱いせいだ。恋心を持っていても、平気でいられるくらい強ければ良かった。でも、ライラは弱いから恋の苦しみから逃げたい。
それにシンにも迷惑がかかる。他に好きな人がいるシンに、ライラの想いなど不要だ。この恋心がなくなれば、シンの幸せを純粋に願える。それは、とても良いことではないか。
「だから、こうすることを許して」
ライラは、一気に薬を飲み干した。
* * *
翌朝、ライラはすっきりした気分で目覚めた。しかし、起き上がろうとすると、体が物凄くだるい。無理矢理ベッドから下りるが、手足に重りでも付けられているようだった。
「あれ、どうして水差しが棚から出てるんだろう?」
机の上には水差しだけでなく、ツルレイシの粉末やハチミツまで置いてある。秘薬を作る為に必要なものがすべてそろっている。こんなものそろえた記憶はない。
「もしかして……ベル様の為に作るかもって、事前に用意したのかしら?」
ライラは重いため息をついた。仮にそうなら、それを忘れるだなんて相当疲れがたまっているのかもしれない。現に体調は最悪だし、そう考えるのが妥当だ。
それにしても、この体調不良はなんだろうか。熱は出ていないし、咳もくしゃみも頭痛もないから風邪ではなさそうだ。となると、ここ最近の疲労や寝不足がたたっているのかもしれない。でも、今日はやらなければいけないことがあるのだ。休んでなどいられない。
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