第4幕

第1話

 ライラはベッドの中で震えていた。もう少し時間がずれいたら、アリシアにシンが来ていたのを見られていたかもしれない。自分が処罰されるのも怖いが、それ以上にシンが処罰されたらどうしよう。せっかく貴族となり王子の側近にまでなったのに、その未来を潰してしまう。いや、潰すどころか下手をしたら不敬罪で処刑だ。自分に会いに来たせいで、シンが死ぬかもしれない。その可能性を考えるだけで、恐ろしくて体が震えてしまう。


 でも、シンは『また来る』と言って去って行った。つまりライラと会うために、再びハーレムに潜入するつもりだと言うことだ。


「そんな危険なこと、絶対させちゃダメだ」


 シンがハーレムへ来ないようにする為には、どうしたらいいのだろう。シンは、ライラがハーレムから出ないから会いに来たのだと言った。ということは、ライラが用事を作りハーレムから定期的に出れば良いということだ。解決方法はいたって簡単。単純明快。


 だけど、ライラはハーレムの外へ出るのが怖い。シンに会うのが怖い。心が乱されていくのが怖い。シンと会ってしまうと、もう『好き』が零れてしまうに違いない。でも、シンには好きな人がいる。ライラの想いは迷惑にしかならない。ライラはあくまで幼馴染みでいなければならないのだ。


 それに、あまり深く考えたことはなかったけれど、自分はハーレムの女官だ。つまり第七王子の『もの』ということになる。こうしてシンに心を向けているのは、裏切り行為と言われても仕方ない。けれどシンに会ってしまえば、きっと好きなあまり動揺してしまうだろうし、周りにも気付かれてしまうかもしれない。それによってライラが断罪されれば、男女の関係が何もないにしろ、相手であるシンの印象も悪くなるだろう。


 シンをハーレムから遠ざけるためには、ライラがシンに会いに出て行かなければならない。でも、会ってしまうと、もう恋心を押さえられない。シンに気付かれても、周りに気付かれても、どちらにしろシンの迷惑にしかならない。もう迷宮入りだ。


 迷宮……ダンジョン……遺物……月の魔人……恋の秘薬……やはり、もうこれしかない。


 ライラは起き上がると、ゆっくりと棚の戸を開けて遺物の水差しを取り出す。まさか、自分の為に秘薬を作る日が来るとは思わなかった。でも、これ以上の良案は見つからない。シンを困らせたくない。そして何より、これ以上この気持ちを抱えているのがつらい。


 これは逃げなのだろうか。でも、もう逃げでも何でもいい。ライラがシンにしてあげられることは、これしかないのだから。


 ハーレムの水は王都のオアシスから引き入れているので、水瓶から必要な分だけ注ぎ入れる。そしてツルレイシの粉を倉庫から、ハチミツを厨房から持ってきた。窓の外を見れば、月が穏やかな光を放っている。必要なものはすべてそろった。


 ライラは深呼吸をしたあと、そっと水差しに呼びかける。


「月の魔人、起きて」


 ぼんやりと水差しが光を放ち始めた。


『久方ぶりじゃの。元気にして……あまり元気ではなさそうじゃが、いかがした?』


 魔人の声に、案じる色が混じる。


「いろいろあったんだ」

『さようか。それで、妾を呼び出したと言うことは、薬を作りたいのか?』

「うん」

『今回は、どのような相手に使うのじゃ』


 魔人の問いかけに、ライラは口ごもった。


『妾に嘘はつくでないぞ。正直に言うが良い』

「……私が使うの」


 しぶしぶライラは白状した。


『ほう。誰への恋心を消したいのじゃ?』

「幼馴染みの、シンよ」


 魔人の反応が怖くて、思わず両手を握りしめてしまう。


『ふふっ、呆れてしまうのぉ。そなた、何度だって同じ行動を取るのじゃな』

「えっ?」


 何度も同じ行動をしている? どういうことだ。魔人の言い方からすると、ライラは既に自分のために薬を使っていることになる。でも、そんな記憶は一切ないのに。


『身に覚えがないといった様子じゃな」

「ないわ。あるわけない」


 ライラは思わず首を横に振った。


『じゃが、妾は知っておる。これで三回目じゃ。そして過去の二回も、シンへの恋心を消したいと言っておったぞ』

「信じられない。だってもし薬を飲んでたら、シンへの恋心は消え去ってるはずでしょ。でも、今、まさに私はシンに恋してるのよ」

『通常であれば、薬の効果で恋心はきれいさっぱりなくなっている。じゃがの、薬の効果が弱まる場合もあるし、そもそも、そなたは薬があまり効かないのじゃ」


 魔人が語った内容は驚くべきものだった。

 この秘薬は魔人の力で作ると思っていた。けれど正しくは、魔人がライラの生命力を糧として、薬を生成しているとのこと。


『じゃから、そなたの生命で作った薬だけに、体に馴染んでしまい効能が薄れるのじゃ。それでも一回目のときはそこそこ効き目があったように思ったがの。だが、シンと再会したことによって再び薬に手を出した……ふふっ、そなたは本当に不憫で愛らしいの』

「嘘でしょ、じゃあ……じゃあ、私は、何度もシンに恋をしてるってこと?」

『まぁ、簡潔に言えばそういうことじゃ』


 ライラは衝撃のあまり言葉が出てこない。


『悪いことは言わん。薬を飲んでも無駄じゃ。そなたは薬の効きが悪い上に、薬への耐性もついておる。二回目の薬があまり保たなかったのが何よりの証拠じゃ。今から三回目の薬を飲んでも、一時は恋心をなくせるかもしれぬが、すぐにまた恋に落ちると思うぞ」

「でも、やってみなければ分からないわ」


 そう簡単に引き下がれるわけがない。この薬以外、他に方法が見当たらないのだから。

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