第8話
「単刀直入に言うわ。お金は欲しいだけあげるから、毒を用意して欲しいの」
ベルは無表情だ。常に無表情なので、冗談なのか本気なのか分からない。それにしても、ハーレムの住人は腹下しだの毒だのと、言い出すことが同じで呆れてしまう。イリシアはバドラへの悪戯だったけれど、ベルは一体誰相手に使うつもりだろうか。
「申し訳ございませんが、それは出来ません」
「どうしても? 一生遊んで暮らしていけるだけのお金を渡すわ」
相変わらず、ベルは無表情だ。
「承知しかねます。毒をお渡しすることは、薬師として絶対に出来ませんから」
「あなたは、皆の頼み事を何でも請け負っているくせに、私の頼み事だけ拒否するのね」
何故か恨み言みたいなことを言われているが、毒なんか渡せるわけがない。
「他のことでしたら、どんなことでも承りますから。毒の件は、諦めてください」
「そう……じゃあ、他のことなら何でもやってくれるのね」
ベルが無表情のまま見つめてくる。何を考えているのかが分からず怖い。もしかして返答を間違えてしまっただろうか。毒以上に無理なことを言われたらどうしようと、ライラに不安が広がる。
「ならばライラ、私のお父様を殺してきてちょうだい」
「……」
絶句だ。絶対に出来ないこと言われた。
ライラは冷や汗がこれでもかと溢れてくる。しかもベルの父親ってことは、ムンニ大臣ってことだ。もし本気なら本職の暗殺者でも雇ってくれと言いたい気分だ。
「嫌なら私でも良いわ。殺してよ」
ベルの衝撃的な言葉にライラは混乱してしまう。
「待ってください。もしかしてベル様は自殺したいんですか?」
自殺願望保持者はマーリだけで十分だ。
「出来れば生きていたいけど、お父様の人形から逃げ出せないのなら死んだ方がマシ。今さら第七王子の妃になれだなんて、心底馬鹿げてるわ」
ベルの表情が少し崩れた。悔しそうに唇が歪む。
「ベル様はこのハーレムに入りたくなかったのですね」
「そうに決まっているでしょ。私は第三王子の妃になるために育てられてきた。だから、ここは針のむしろのようだわ。バドラ様がどうして私のハーレム入りを許可したのか、未だに謎だもの。まぁ恐らくお父様が手を回したんでしょうけど。お父様は第三王子を推していたから王宮内での発言権が落ちているの。それを挽回するために、何が何でも私に第七王子の妃になれって言ってきてる」
ベルの無表情さの中に、少しずつ感情が見え隠れする。
「ベル様。私にはムンニ大臣を殺めることは出来ません。かといって、毒を渡してベル様を殺めることも出来ません。ただ……お気持ちを殺すことは可能です」
ベルは自分の気持ちをハッキリ言うことはなかった。けれど父親を殺したい、それが無理なら自分が死にたいと言うほど、第七王子のハーレムにいることが嫌なのだ。その理由が、ライラには一つしか思いつかない。
「私の気持ち……お父様への殺意? それとも第三王子への想いのこと?」
ベルは真意を見定めるかのように、こちらを見つめている。
「やはり、第三王子様のことを好いておられるのですね」
だから、他の男のハーレムにいることが嫌でたまらないのだ。
「分からない。十歳も年上で、私が十五歳の時に亡くなってしまった相手よ。しかも、ちゃんとお会いしたのは一度きり。でも記憶にある王子は、とても紳士的で素敵だったの。舞踏会で幼い私にちゃんと婚約者として付き添ってくれた。それが堪らなく嬉しかった」
ベルは無表情のまま、ぽろりと涙をこぼした。
恋をしているのだと思った。でも、もう相手はいない。決して届くことのない想いだ。
「私は、恋心をなくす薬を作ることが出来ます」
ベルに打ち明ける。恋の秘薬のことを口外する危険性は理解しているが、命を絶つくらいだったら気持ちを消してでも生きて欲しいと思う。それは傲慢だろうか。
「この想いを消すことが出来るの?」
「はい、出来ます。ただし手放したら、もう二度と返ってきませんが」
「あなた魔法使いか何か? 普通の薬師では無理でしょう?」
疑うような目でライラを見てくる。
「似たようなものかもしれません。実は遺物を使うことが出来るのです」
「そう……あなたは魔人に選ばれた人間なのね」
ベルは無表情に呟いた。そこにどんな感情が込められているのかは読み取れない。
「ベル様、恋する気持ちはあなただけのものです。大切なものです。けれど、私は命こそ一番大切にしてもらいたいと思っています。生きてさえいれば、状況は変わる可能性を秘めています。幸せな未来だってくるかもしれません。だから、良く考えてみてください」
ライラの進言に、ベルはゆっくりと頷いた。
「少し、考えてみるわ」
ベルがどのような答えを出すのかは分からない。けれど、心の内を話したということは、助けを求めているということだ。もちろん、ベルはそんなつもりで話したわけではないかもしれない。でも、話してくれた以上は出来ることをしてあげたいではないか。
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