第7話
シンのことを好きでいるだけ、ただこの気持ちを抱えているだけならいい。けれど、シンはライラを容赦なく揺さぶってくる。思わせぶりなことを言ってきたり、やたらと距離感が近かったり。ライラの行動にいちいち拗ねたり、構えと甘えてきたり。こんなの普通であれば勘違いしても仕方がないだろう。
でも、シンは昔からこうなのだ。つまり、ライラのことが恋愛として好きだからの行動ではない。幼馴染みとしての行動が、そのまま今でも続いているだけに過ぎない。
ライラの脳裏に恋の秘薬のことがよぎっていた。あれを飲んでしまえば、シンへの恋心を消すことが出来る。ずっとこんな気持ちを抱えたまま生きていくのは辛いから。でも、あの薬はそんな簡単に飲んで良い物ではない。
過去に薬を渡してきた人達と比べたら、ライラの状況はただの片想い。客観的に判断すれば薬を飲むほどの状況ではない。薬を作れるからといって、自分だけ簡単に薬に逃げるのはずるい気がした。
「でも……やっぱり恋って、つらいよ」
ライラの口から、ぽつりと言葉が零れるのだった。
それからのライラは、ハーレムの外には出なかった。ハーレムを出入り出来る女官はライラの他にも数名いる。彼女らに用事を頼めば、ハーレムから出なくてもなんとかなった。
シンに会わなければ心を揺さぶられることはない。これ以上、好きになることもない。現状維持だ。今の気持ちだけならまだ愛しいものとして抱えていける。
そして、ライラは仕事に打ち込むことにした。薬師としての仕事は待っているだけではあまりない。そもそも、王子の妃候補を集めている場所だけに、若くて健康な女性ばかりなのだ。だから、まずは妃候補の人達と、薬師として話してみようと思った。
その甲斐あってか、ライラは大忙しとなった。肌荒れに悩んでいるとか、慣れない場所で不眠がちだとか、病気まではいかない不調の訴えがたくさん出てきたのだ。
単に薬を処方するだけでなく、肌荒れの改善を目指して、厨房担当の女官と一緒に食事の内容を考えたり、眠れない人には安眠効果のあるお茶を就寝前に差し入れたりした。
「ライラ、忙しそうね」
食堂の机を挟み、向かい側に座るマーリが苦笑いを浮かべている。
「探せば、やることってこんなに出てくるんですねぇ」
ライラは率直な感想をこぼしていた。
マーリに少しは休憩をしたらと、お茶に誘われたのだ。
「そうね。でも、ちょっと働き過ぎじゃない? いつもばたばたと走り回っているし。私のことなんて眼中担い感じで寂しい。いや、そうじゃないわね、ごめんなさい、私なんかが寂しいとか言ってごめんなさい。ライラはみんなに必要とされているんだから。私が不要なだけ。何の価値もないゴミなのは私。どこにいても無意味、生きている意味ってあるのかしら。いや、ないわ。もう生きてても仕方ないから、よし、死のう」
相変わらずのマーリの自虐を聞いて、逆にライラはほっとする。マーリの自虐は、もう挨拶みたいなものだから。今日も元気にマーリは自虐体質だなと微笑ましく思う。
「今日もマーリ様は、元気そうですね」
「そういうライラは目の下に隈があるわ。夜も遅いんでしょ?」
「そうですね。夜は安眠効果のあるお茶を配って、依頼があれば肩や足を揉みに行ったりもするので」
ライラはお茶を一口飲む。
「……ライラ、それ本当に薬師の仕事? お茶までは分かるけど、肩もみとかは違うんじゃない? それ、都合良く使われてるだけだと思うけど」
「まぁ、なんとなくそれは感じてますけど、いいんです。だって私を『使える』と認めてくださっているからこそ、頼んでくれるわけですから。普通、信用ならない人物に健康を左右する頼みごとなどしませんよ。それに……忙しくしていた方が気が紛れますから」
「気を紛らわせたいことがあるの?」
マーリの問いかけに、失言だったなとライラは思った。どう答えたものかと考えていると、妃候補の一人が通りかかる。
「ライラ、ちょっと相談があるの。あとで部屋に来てくれるかしら」
言い切ると、ライラが返事をする前に去って行く。
「マーリ様、あの方は確か……」
「ベル様ね。第三王子の後ろ盾だったムンニ大臣の娘……第三王子が政争で勝ち残れていたら、間違いなく正妃になったであろう人物ね。私、あの方が苦手なのよ。すごくお綺麗だけれど常に無表情だから、怒っているんじゃないかと不安になってしまうわ。でも、考えてみれば私なんかが視界に入ったら不愉快なのは当たり前よね。それなのに偉そうに不満なんか言ってしまったわ。いや、そもそも生きている事が邪魔なのね。よし、死のう」
「いや、生きてください。マーリ様は邪魔なんかじゃないですよ」
いつもの通りにマーリを励ましながら、ライラは考える。
マーリが言ったように、ベルは第三王子の妃になることが決まっていたような人物だ。政争のさなか、第三王子は第二王子を暗殺したとして捕らえられ、獄中で亡くなったそうだ。本当に第二王子を暗殺したのかは、実のところ定かではないが。疑惑の晴れぬまま、獄中での酷い扱いのせいで亡くなった悲劇の王子だ。そして、第七王子が王位を継ぐことが決定した今、第三王子の影響が見え隠れするベルは、ハーレムの中でも異彩を放っている。
ライラはマーリとのお茶を中断し、ベルの部屋へとやってきた。
「失礼いたします。どのようなご用件でしょうか」
ライラが部屋に入ると、ベルは籐で編まれた椅子にゆったりと腰掛けていた。
「単刀直入に言うわ。お金は欲しいだけあげるから、毒を用意して欲しいの」
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