第9話

 村に戻ったライラは、一生懸命に普段通りに過ごそうとしていた。しかし、無理だった。


「ライラ、腹減った。何かない?」

「さっき朝ご飯食べたでしょ? お昼まで我慢してよ」

「じゃあ、ナターリのとこ遊びに行かね?」

「行かないから。一人で行ってきて」

「やだよ、一人で新婚のところに行きたくない」

「なら行かなきゃ良いじゃん」

「二人で行くことに意味があるの。だって、新婚のいちゃいちゃ見たら、ライラもいちゃいちゃしたくなるかもしれないじゃん、主に俺と」

「……ならないから」

「ナターリのとこに行かないなら、サジャの店行こうぜ」

「だから、どこにも行かないから。私はこれから店番しながら、依頼された薬の調合をするの。つまり仕事なの。邪魔しないで」

「えー、俺暇なんだけど。もっと俺にかまえよぉ」


 シンが現れてもう三日経った。この会話からも分かるように、シンは当たり前のようにライラの家に着いてきた。ライラに断られてさっさと帰るかと思いきや、図々しく居座っているのだ。ザルツはすぐに帰って行ったというのに。第七王子のハーレムを作るという仕事があるはずではないのか。


 うんざりしていたライラは、とにかく店から追い出すことにした。


「じゃあシン、ピクニックはどう? お弁当も作ってあげるわよ?」

「え、もちろん行きたい……けど、本当に?」


 シンは驚きと期待と懸念が混じったような、複雑な表情をしている。今まで頑なに断っていたライラが、急に出掛けようと言ったのが腑に落ちないのだろう。


「本当。じゃあお弁当用意するから、その間にエマとエメも呼んできて。あの子達、シンに遊んでもらいたがってたから」

「あ、二人きりじゃないってことか。でもいいや。大人数も楽しいし。すぐ呼んでくる」


 シンは納得したのか、嬉しそうに妹達を探しに行った。ライラはその姿を見送ると、台所へと移動する。すぐに棚から持ち手のある小さな籠を取り出した。その籠の大きさに合うように人数分のパンとチーズを切る。そしてチーズをパンで挟んで籠に入れた。そして、小ぶりなリンゴも三個入れ込む。お昼ならばこれくらいで大丈夫だろうと思うが、シンがすでにお腹をすかせているようなので、何か他に入れるものがないかと棚の中を覗く。すると、近所のおばさんにもらった焼き菓子が出てきたので、それも入れることにした。


「姉ね、ピクニック楽しみ!」


 元気よくエマが後ろから抱きついてきた。


「エメも楽しみ」


 一歩遅れてエメも抱きついてくる。


「うん。シンお兄ちゃんが連れてってくれるから、ちゃんと言うこと聞くのよ」


 ライラは屈んで妹達に視線を合わせた。すると、妹達はそろって首を傾げる。


「姉ねは行かないの?」

「うん、お薬を作らなくちゃいけないの。だから私の代わりに、シンが遊んでくれるわ」

「そっか、わかった!」


 妹達はそろって無邪気に頷いた。


「ライラ、用意できたか?」


 敷物や膝掛けを抱えたシンがやってきた。


「用意できたよ。じゃあシン、二人をお願いね」


 ライラはにっこりと笑う。

 その途端、シンの口元が引きつった。


「ちょっと待て! どういう意味だ」

「だから、エマとエメの相手をよろしくってこと」

「……ライラは来ないってことか? なんでだよ、行くって言ったじゃん」


 シンが詰め寄ってくる。


「私は、一言も『一緒』に行くとは言ってません」

「謀ったな……」


 シンは頭を抱えてうずくまった。すると、それを見ていたエマが近寄る。


「シンお兄ちゃん、ピクニック行くの嫌なの?」


 エメも後ろから除くように近寄った。


「エメたちのこと、嫌い?」


 自分が発した言葉に傷ついたのか、エメの瞳が涙ににじみ始める。


「え? 嫌いじゃない、嫌いなわけじゃない。そうじゃなくて――」


 シンが慌ててエメに言い聞かせているが、それを遮るように今度はエマが騒ぎ始めた。


「エマたちピクニック行きたい! シンお兄ちゃんと遊びたい! ね、行こうよぉ」


 エマがここぞとばかりに駄々をこねる。

 いいぞ、その調子だとライラは心の中で応援した。このまま押し切ってくれれば、シンはピクニックへ出掛けてくれる。少しの間だけでも、心を落ち着けることが出来るのだ。


「あー、分かったから。ピクニック行くから、泣くな叫ぶな」


 もうお手上げとばかりに、シンは天を仰いでいる。


「エマ、エメ、良かったね。シンお兄ちゃんピクニックに連れてってくれるって」


 ライラの言葉に妹達は喜びの舞を踊り始める。最近、近所のおばさんに習っているのだ。


「じゃあシン、これお弁当よ。楽しんできて」


 ライラはぎっしりと中身を詰めた籠を、シンに手渡すのだった。

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