第36話 ある日の幼馴染2

「ねぇ! キョウくん、キョウくん、たいへん、たいへんだよ!」


 金曜日の夕方。部活が終わった綾香は恭一の部屋に駆けこんでいた。

 

 バンッと勢いよく扉を閉め、恭一の前で急停止する。机で勉強していた恭一は、何事かと一瞬驚いたが、すぐにあの事だと察した。


「大変って、どうせ、あれだろ、あいつらが――」

「そうなんだよ! キョウくんのともだちの子に彼女がいるって――」

「は?」


 恭一が祐介から聞かされたのは、彩香の友人に彼氏がいるということだった。


 祐介から一度も彼女がいるとは聞いたことがない。

 彼女いるなんて羨ましいとすら言われたほどだ。

 そんなやつに彼女がいるとは思えない。


「いや、そんなことないはずだぞ」

「えーっ! だって唯葉ちゃんが言ってたんだよ? 彼女さんが間接キスしてたーって」

「間接キスって、そんなの兄妹か何かじゃねぇの?」


 そう思って発した恭一だったが、祐介から仲の悪い妹がいるとしか聞いたことがなかった。


 仲良くなったなんてありえるのか?

 恭一が祐介から兄妹のことについて、聞いたのはつい最近。ラノベで義妹ものが増えてきたからだ。


「おんなじこと思ったよ? けど間接キスだよ!」

「ただの間接キスだろ?」

「……ふーん、そんなこというんだ。だったら今からここに置いてある飲みかけの飲んじゃおっかな~」


「どうしよっかなぁ」と言いながら、彩香がふたの空いた缶コーヒーを手に持って、口につけようとする。


「おい、嘘だろ?」

「じゃあ、いただきます」


 そう言って、彩香は飲み始めた。

 しかし、飲み始めて数秒、「やっぱ、これ苦くていやだ」といって、机に置いた。


「やめろって言っとけばよかったか?」

「ううん、大丈夫! これで、間接キスだから!」


 久しぶりの間接キスに喜びながら、彩香は部活で飲み過ぎて少なくなった水筒のお茶を飲み干す。


「やっぱりお茶だよ!」

「だったら飲まなきゃよかっただろ?」


 綾香が飲んだ缶コーヒーを揺らしながら、恭一は飲みかけのものを置いて、机の上に置いていた新しい缶コーヒーを手に取った。


「えーっ、だって久しぶりの間接キスだよ? キョウくん、人が飲んだものあまり飲みたがらないし、いつも全部飲んじゃって、間接キスなんて、させてくれないじゃん!」

「させてくれないって、べつにする意味――」


「したいときがあるの!」


「――そうかよ」


 新しく開けた缶コーヒーは、甘い香りがした。


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