同じ電車に乗る少女に気づいてもらいたい！

第32話 そして誰も

「よう、祐介」

「……おはよう」

　教室の席についた俺に、真っ先に声をかけてきたのは恭一だった。スポーツマンな恭一の明るい声が、今日は耳によく響く。

　朝あんなことがあったので、今日は放っておいてほしかった。

「ん？　今日はどうした？」

　元気のない枯れた挨拶に、恭一が首をかしげる。

　やっぱり、気づかれるよな。

　赤点を取るほど、成績は良くないが、恭一は勘だけは鋭い。前回のテストもテスト前にここだけは出ると言っていた場所が、そのまま出題されていた。

「いや、何でもないよ。それより、前回おススメしてくれたラノベがあっただろ？」

「お？　やっと読んできてくれたか？」

　恭一の喜ぶ顔を横目に、鞄から一冊のラノベを取り出す。

　大賞という金色の文字と、水面に映る少女の姿が一際目立つその本を、俺は机に置いた。

「そうこれだよ！」

　恭一がおススメしてきた本は進撃文庫の大賞作品だった。

『セカンドだって、恋をする』

　少女の代わりとなるために生み出され、少女が「さよなら」を告げれば消える、分身体である主人公の少女が、オリジナルの少女の代わりに学校に行ったりしながら、少年と出会い、恋に落ちていく、爽やかで切ない恋物語だった。

　恭一に買わされて読んでみたけれど、ファンタジー作品以外は基本読まない俺でも引き込まれた王道的な作品で、最後の二人のイラストに思わず涙しそうになったほどだ。

　そして、ラブコメや恋愛作品が好きそうな、あの彼女と話すために持ってきた本でもあった。

「読んでみたけど、良かったよ」

「だろ？　俺がおススメっていうヤツはハズレねぇから」

「特に主人公の心情が――」

「やっぱ、分かるか。そこもいいよな。主人公をセカンドにしてるよさが出てるっつうかなんつうか。そしてこいつもいいだろ？」

　恭一が表紙を捲り、口絵のページで指を差していたのは主人公が恋をした男の子だ。

「冴えない感じがあるのに、『じゃあ、二人で行く？』って学校サボって二人で遊びに行こうとするあたり、やってるぜこいつ」

「やってるかはしらないけど、そのあとの騒ぎっぷりヤバくなかったか？　この子が初めてだらけだからこうなってるんだろうけど」

「それな！　ああもう、また読みたくなってきちまった」

「よかったら、貸すけど？」

「いいのか？　よじゃあ、明日読んで返すわ」

　そう言って恭一は、一番前の窓際の自分の席に戻り、机の上に置いていた鞄の中に本をしまって、また戻ってきた。

「この間、綾香と喧嘩して捨てれたから助かったわ」

「おまえ、それって俺の本も捨てられ――」

「ないない、そんなの。喧嘩つったって、お菓子の取り合いしたぐらいだしな」

「相変わらずだな」

　綾香という彼女にはまだ会ったことはないけれど、さすがに何度も言われ続けて、疑わなくはなくなってきていた。

　ほんと仲よさそうだな。

　あの子に彼氏がいなければこんなふうになっていたんだろうか。

　あの駅では見たことがない高身長の彼氏。

　あの人が本当に彼氏かは分からないけど、あんなところをみたんだ、彼氏としか思えない。

　それでも、恭一と語り合ったみたいに感想が話せてたら――

「やっぱり、何か隠してるだろ」

　彼女のことを考えて数秒、恭一が呆れた顔をしていた。