第7話 覆いかぶせられた己①


※交合を示す内容があります※



 ジハイト様に呼ばれた侍女長により、任務への準備は手際よく進められた。

 入浴、髪染め、身支度とそれなりの時間を要したが、彼女は1人、作業を完璧に終わらせていく。


 さすがは侍女長というべきだろうか。

 これから何が行われるか。

 それを理解しているであろう中、一切動じることなく、黙々とジハイト様からの命令を忠実にこなしている。

 その姿は、賞賛の意を示すべきもの。

 しかし。

 そんな彼女の態度は、今の私にとっては追い討ちをかけるものだった。

 

 “なかなか懐妊できない者への、相応しき処遇”

 

 静かに自分を塗り替えられていく様は、それを突きつけられているようかのようだ。



「出来上がりました」


 静まり返ったベッドルームに、侍女長の淡々とした声が響いた。

 そうして侍女長は、私の目の前に、移動式の姿鏡を運び込む。


「っ」


 国王が座るような、華美な1人掛けソファに座っていた私は、その体勢のまま息を飲んだ。

 

 プラチナブロンドの、柔らかなシルエットの長髪。

 透明感のある肌とピンク色に色づいた唇や頬。

 パウダーによって、色艶ある綺麗な肌となった身体。

 瞳の色が変わる点眼薬と特殊な化粧を施した事で成された、シーブルーの大きな丸い瞳。

 それらは、見れば見るほど美しい。

 

 加えて。

 普段私が着用しない様式、白の、ベルラインのナイトドレス。

 それは、清潔感や清楚さを醸し出すもので、この美しき容姿を引き立てる服装だった。


 鏡に映る人物は、自分ではない誰か。

 されど。

 立派な椅子に座る麗しの美女は、周囲からの印象が悪い私とは違う、未来の王妃に相応しき人物像にしか見えない。


 

「ジハイト様には準備が整った旨を伝えておきますので、王太子妃殿下はこのままお待ちください」


 そう言って一礼した侍女長は、真面目な表情を崩すことなく部屋を出ていった。


 

 誰も居なくなった部屋は、先程よりも更に、靉靆あいたいたる雰囲気に包まれる。

 

 メイド長に車椅子で運ばれ、入室したこの部屋は、直近の自分に起こる事を嫌でも感知できる場所だった。

 クイーンサイズのベッドと大きな天窓、隣室にシャワールームがあるだけの小規模な部屋。

 防音機能が施されているのか。

 移動の際に耳にした強い雨風音は、一切聞こえない。


 雨風という天候のせいか、部屋の構造のせいか。

 それとも、自由のきかない心身のせいか。

 この部屋に入室した時から、私は、薄暗さと重苦しさ、閉塞感しか感じられずにいた。

 

 しかし。

 

 そのような中に、つい先程から、光り輝くものが存在し始めた。

 まるで、闇の中に刺す希望の光。

 私は、その光の源となるものを、目の前の鏡を通し、再び注視する。


 部屋に灯されている淡い光の中でも、はっきりと見える存在。

 “ただ在るだけで魅了されると評判な美女”

 鏡に映る、女神のような美しい女性の姿は、写真で見たリリア様そのものだ。


「~っ」


 ゾクゾクと、何かが背筋を通る感覚がする。

 鏡に映る自分を認識する程、それが増していくのを感じた私は、ゆっくりと、姿鏡を支えにして立ち上がった。


 目の前に映るのは、私。……のはず。


 自分を覆う感覚を取り払うように、私は刮目する。

  


 理想だとみなされる胸の形、括れた腰、綺麗なラインを保った足。

 それらは、彼に私を見て欲しいがために磨き上げたものだ。

 何をしても彼には見向きもされなかった私が、“任務”において有利に働くはずだと思っていたもの。

 

 磨き上げた魅惑的な身体は、嫌々交わる相手でも、意識してしまうはず。

 いくらリリア様の装いになろうが、体は私のものだ。

 愛しのリリーを連想したところで、彼が相手にしているのは私であり、私を意識していると認めざるを得ない。

 

 そう、考えていた。


 けれども。


 本人を忠実に再現してみせたと言っても過言ではない、リリア様に酷似した今の姿。

 見れば見るほど、自分が自分でなくなっていくかのような、不思議な感覚を覚える中で、私は気づいてしまった。

 

 私の努力は、この容姿に似合う“もの”として使われてしまっている、と。


 

“体つきのよいリリアを抱いていると思うための要素”

“スタイル抜群のリリアを抱く気分になれる”

 

 先程ジハイト様に言われた言葉、それが思い浮かぶ。

 

 リリア様の体型は存じ上げないが、彼もジハイト様のように思っていたという事で間違えないだろう。

 普段の“任務”には、パウダーや目薬まで使用した形にしていなかったが、暗がりに目隠しを行えば、その辺りまでは関係ないはずだ。


「…………もの……」


 最高の美女に相応しいパーツ。

 自分が“もの”と化している事を認識した私の口から、ぽつりと言葉が漏れ出る。

 

 “任務”時、彼からは、私という意識すらされていなかったならば。

 私と認識されないならば、私は一体なんのために、身体を磨く努力をしてきたというのだろう。

 過去、懸命にしてきた労苦は、何のために?


 “体つきの良いリリア様”となるため?

 上手くことを成すための、もの?

 世継ぎを産むための、もの?


 …………ああ、そうか。

 求められているのは、“もの”だ。

 目的を成すために必要なもの。

 

 そこに“私”はいらない。

 だから。

 国王は、子を成すことだけを求め、非情な命令を下した。

 ジハイト様は、“スタイルのよいリリア”になることを求めた。

 彼は、私に情がない対応しかしなかった。


 もの、だから。

 何かをするにあたって、私の意思や尊厳を配慮した対応は成されていないのだ。


 

 そんな、ものである私は、体つきのよいリリア様と化し、今から義兄と“任務”を行う。

 彼以外の男性、しかも、軽蔑している相手ジハイト様と交わりを持たねばならない。

 其れのみか。

 体の自由を奪われ、尊厳を損なわれながらだ。

 


「〜っ」


 視界が滲んだと同時、全身の力が一気に抜けた。

 ガクンと、私はその場にへたり込んでしまう。

 だらしが無い。

 そう言われるであろう姿だ。

 

 誰がいつ見ているかわからない王宮では、いつ何時も王太子妃らしく、気丈に振舞わねばならない。

 それは、わかっている。

 わかっているのだが。


…………限界、だった。


 

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