第6話 新たなる任務①



※交合を示す内容があります※


 


「ふんふんふん~♬」


 陽気な鼻歌が、西陽が差し込む小規模な室内に響く。

 

 豪勢なシャンデリア、金糸の薔薇刺繍が施された深紅色のカーテン、柔らかな座り心地のミルク色をした上質なソファ。黄金色のローテーブルに、綺麗に花開いたアイスバーグが挿し入れられたシルバーの花瓶、等。

 

 宮殿の1室にしては広さがないものの、これぞ王族の部屋だと提示できる、華美な内装が施されたこの部屋は、華やかな貴族女性が好みそうだ。


 王太子妃が使用する部屋に相応しい。

 そう言って案内された空間は、私には大層居心地が悪かった。

 先程から早く退室したい旨を空気感で醸し出しているにもかかわず、それが全くもって伝わらない。

 私をこの部屋に招待した者は、それ空気を読み取る気がないのだろう。

 

 ……いや、招待者は空気を読まない性質の人間だった。

 向かい側に座る私の様子など全く気にすることなく、ご機嫌な様子でマイペースに給茶している。


 

「はい、どうぞ〜」


 ローテーブルの上に、鮮やかな赤色の液体が入ったティーカップが置かれた。


 ローズヒップティー。

 乾燥した楕円形の実らしきものが透明のティーポット内から見えた点と、液体の色合いから、そう予測したが。

 何せ、これを出してきた相手が相手なだけに、疑いの目で見てしまう。


「えぇ~、飲みたくないって~?普段お茶なんか入れないこの僕が、特別に入れてあげたのにぃ~?」


 私がティーカップを注視したままでいると、目の前に座っているジハイト様が非難の声を上げた。


「あまりに綺麗な赤色だったので、何かと思いまして」


「え~、ただのローズヒップティーだよぉ?変なもの出さないよ~。作るとこ、見てたでしょ~?目の前でぇ」

  

 ジハイド様は、せせら笑った。

 かと思うと今度は、自分の膝を台にして頬杖をつき、私の顔をじっと見つめ出す。


 先程から揶揄されているように感じるが、どう言った了見なのか。

 不愉快に思った私がジハイト様を睨みつけると、ジハイト様は、目を細めニッコリと笑った。

 

「ねぇ、なんで僕に呼ばれたか、わかるぅ~?」


「いいえ。全く見当がつきません」


「そうだよねぇ。君とは身内の会食の時に顔合わせるだけでぇ、普段、会話もろくにしない関係だもんねぇ〜。まあ、まずはゆっくり飲んでよ〜」


 そう言ったジハイド様は、自分用に入れたとみられるハーブティーに口をつけた。

 そうして、カップに口をつけたまま、私のほうを観始める。


 “飲んでネ”

 そう示唆しているのが表情から伝わり、私を捉えて離さない瞳は、私が飲むまで向け続けられるであろうことが感じ取れた。

 

 正直に言って飲みたくない。

 しかし、この場から解放されるため、一刻も早い退室を望むならば、出されたものを飲むジハイド様に従うしかなさそうだ。

 たがを外すことを忌み嫌う国王がいる王宮内で、流石に変なことはしないだろう。

 

 そう思った私は、疑心を抱きながらも、目の前のティーカップを静かに持ち上げ微量だけ口に含んだ。

 

 甘い。

 ハーブティーを口内で吟味すると、蜂蜜が入っているかのようなとろりとした甘みを感じた。

 美味な液体を味覚が感知しそれが喉を通ってしばらく、急に体の力が抜け落ちるような感覚になり、私の口から「ふぅ」と息が漏れ出る。

 飲み物を飲用して得る体感としては初めてのものだったが、脱力感が現れた点をみるに、リラックス効果があるものなのかもしれない。


 呼び出された理由は不明であり、その態度はいただけないものだが、ジハイド様なりの持て成しをしてくれている。

 そう思えなくもないジハイド様の対応に、私の気分は少し和らいだ。



 私が思慮しながら出されたローズヒップティーを飲んでいると、


「飲んだねぇ~」


 ジハイド様が飲用した事を確認してきた。


「……なんです?」

 

 見張られていた事やわざわざ確認を取ってきた点が気に障り、私は嫌悪感を顕にしながらティーカップを卓上に置く。

 すると、ジハイド様は私の方を見つめながら溜息を着き、目を逸らしながら口を開いた。


「時間を無駄にしたくないから担当直入にいうけど~、君をここに呼び出した理由って、任務だからなんだよねぇ」


「任務、ですか?」


「そう~、任務」


 そう言ったジハイト様は、真横にあった黒い厚みのある書類挟みを掴み取った。

 ジハイト様はそれを開きながら、軽快に発話をする。

 

「君がなんで妊娠しないのかぁ、その理由を探るのと〜、妊娠できるように指南しろだってぇ〜。検査の結果が異常なしなら、問題は、君の子種の受け入れ方や態度にあるんじゃないかってさ〜」


「っ?!!」


 衝撃的な話を受けた私は、思わず言葉を失った。

 

 特定の人間しか知り得ない、プライバシーに関わる妊娠適応検査の結果を、私との関わりが薄いジハイト様にまで知られていただなんて。

 なにより驚愕なのは、妊娠しない理由を探れという話だ。

 受け入れ方や指南という言葉から察するに、言われたことはつまり、ジハイト様と繋がりを持てということ。

 

「だ、誰がそんなことをっ」


「ん〜、上からぁ。君にもその“命令”が下ってるから、こうして話をしてるんだよ~。全てが承知の上で話が進んでいる、そう伝えたらわかるよねぇ〜?」


 意味が理解出来ず混乱する私に、ジハイト様は理由を述べつつ、手にしていた書類挟みを開いた形で、私の目の前に差し出してきた。


 私は動揺しながらも、中にある紙面に目を通す。

 そこには、ジハイト・ラントに王太子妃の交接における指南役を命じるという旨とその目的が、国王の直筆で確かに記載されていた。

 

 王命ということは、拒否権が行使できない事柄。

 全てが承知の上ということは、この話は夫である彼も既知しており、話に了承したと捉えられる。

 任務書を見やれば、案の定、彼のサインも記入されていた。


「ふっ」

 

 彼は、交合する相手の状態はどうでもよいらしい。

 実兄ジハイド様に指南を受けた私と、“任務”を行う形になっても構わないようだ。

 

 私との“任務”は義務であり、不本意ながら行っている事。

 そうとしか捉えていないため、妻が他の男性に抱かれることはもちろん、私の体裁や気持ちは気にも留めない。

 

 彼は、私にはどこまでも無関心。

 

 彼の直筆サインと、王命とは言え、この任務に対して何の反応も示してこなかった彼の様子から、私はそう受け取った。


「馬鹿らしいよねぇ」

 

 思わず笑いが込み上げてしまった私に、ジハイド様は賛同するかのような言葉を口にし、

 

「でもぉ」


 すぐ様、妖艶な笑みを浮かべながら否定的な意向を示した。

 

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