第4話 起点となるディナー②



「無駄な雑談はやめろ」

 

「無駄ぁ?無駄なんて酷いな~。僕の妻のリリアは愛されてるなぁって話だよぉ?写真立てを見て死んだって誤解されたら困るしさ〜。あぁ、レオンの愛は義姉愛だってぇ、もちろん知ってるよぉ。そうでしょ~?」


「もちろんだ」


「レオンが愛してるのは、アンジュ王太子妃だもんね~?」


「…………ああ」

 


 アンジュを愛しているだなんて、嘘でも言いたくない。


 返答までに数秒を要し、固い声色で発せられた答えはそう感じ取れるもの。

 彼の本音を感じとった私の瞳が微かに揺れる。



 なぜ、今日に限って…………………。


 気に留めないといけない事柄が増えていくのは、なぜなのか。

 想定するはずもない。

 いつもふざけた態度のジハイト様が、今まで自ら話題に出したことのなかったリリア様の話をし始め、こちらに探りを入れてくるだなんて。

 

 “仲睦まじい夫婦”だと見せたい私達にとって今の状況は、不芳だ。

 ジハイト様に乗せられてしまっている。

 そう思った私が本人に気づかれないよう、静かにジハイト様を見やれば、案の定、意味あり気な笑みで彼を見ていた。

 

「ジハイト様、揶揄うのはやめてください。レオンは、人前で大々的に愛を語り合うことは好んでいないのです。夫婦間のことは介入されたくありませんし、王太子である彼に対して不躾な態度ではありませんこと?」


 私はこの場の空気を変えようと、口を挟んだ。

 悪感情を抱く相手に愛しのリリア様のことを話題に出され、綻びが出始めていた彼をフォローしつつ、ジハイト様には話を止めるよう牽制したが、

 

「夫婦感のこと、ねぇ~。あ、」


 ジハイト様のお喋りは止まらない。



「アンジュ王太子妃はさぁ、僕の妻に会ってみたい~?

 まさかぁ、実在しない存在とか思ってないよねぇ」


「国王様が認めたジハイト様の妻ですもの。実在しないと思うなど国王様への不敬になりますわ。リリア様とは、時が来た際にお会いできると思っています」


「そうだよねぇ。父上が認めた僕の妻だからね~。ていうか、架空の人物だったらウケるよねぇ。僕、めちゃくちゃイタイ人になるじゃん~。架空の人間が妻だなんてさぁ~」


 アハハと笑うジハイト様に、私は穏やかな笑みを向ける。

 肯定とも否定とも取れる作り笑顔。

 それを浮かべた私は、ジハイト様が言った言葉を思い返し始めた。

 

 リリア様は空想の人物。

 リリア様が彼の愛する女性だと知る以前の私は、そう思っていたことがあった。

 

 ジハイト様とリリア様は、国を越えた大恋愛の末に結ばれた夫婦と言われており、私も王太子妃教育の際にはそう教えられた。

 しかし、王族の一員となった際に知ったジハイト様の有り様や事情、リリア様と一度も会えていない事から、リリア様は国王によって作り上げられた人物ではないかと考えた。

 多くの女性を愛でずにはいられないジハイト様のため、というよりも、国民に対して一夫一嫁制を唱える王族の体裁を守るための嘘ではないかと。

 

 元々ジハイト様は、基本的に公の場には姿を現さない。

 普段も、数個ある離宮の中でも王宮から1番離れた、人の寄り付かない宮殿に住んでいるため、王族が関わるはずの貴族達との接触もない。

 それは、ジハイト様の失言や無礼を懸念した国王の配慮なのだが、それゆえに妻のリリア様が架空の人物であっても問題が生じにくいだろう。

 仮に疑いを持つ者がいたとしても、国王がジハイト様の妻だと認めている手前、誰も下手なことは言えないわけだが.........。


 それにしても。

 なぜ、今日に限ってジハイト様はリリア様の話題を出し、こちらに揺さぶりをかけてきたのか。

 いつもならば、私達のことなど興味も持たず、どんなに空気の重い場でも1人気ままに過ごしているというのに。 



 意図を読み取ろうとした私がジハイト様を注視すると、ジハイト様は何かを思い出したかのような表情をし、「あ!」と声を上げた。


「誤解されたら困るから、もう一回言っとくけどぉ、リリアは死んではいないからねぇ。殺されてもいないし、殺してもいないよ~?そんなことしたら、僕がリリアを愛してる人に殺されちゃうもん~。ねぇ、レオン~?「ジハイト!」


 彼が声を荒上げた。

 殺すという言葉、リリアを愛している人だと指摘されるような表現が我慢ならなかったのだろう。

 ビリビリと、私の右横にいる彼が、一触即発な空気を醸し出しているのが伝わる。


 明らかに彼を挑発して楽しんでいるジハイト様と冷静さを失い欠けている彼。

 これ以上彼の綻びが出ないよう場の空気を変えなくてはと思うが、2人にとっては部外者でしかない私に、それは安易にできることではなかった。

 

 先程私の牽制を無視したジハイト様はもちろん、リリア様のことで頭がいっぱいの彼に、眼中にもない私なんぞの声が届くはずもない。

 

 どうすべきか……。

 私が思案を始めたその時、


「何をやっている」



 国王が姿を現した。

 その場にいた皆が一斉に国王の方を向き、頭を下げる。

 殺伐とした空気や冷静さを欠いた彼の態度は、絶対君主の登場により一瞬で消え去った。

 しかし、ジハイト様だけは例外だったようで、その場の空気を読むことなくお喋りな口を開く。


「何って、リリアの話だょ~。今日は、写真を持ってきたんだ~。僕以外パートナーがいるっていうのに、僕だけ1人で寂しいからさ〜。そしたら、レオンが噛み付いてくるからぁ」


「噛み付いてなどいない。お前が馬鹿な戯言を言うから、話を正さねばならなかっただけだ」


「この場にいない者の話はそこまでにしろ。それよりも大事な話がある。早く席につけ」


 国王の発した鋭い言葉と威圧感が、口を開いていた2人を瞬時に黙らせた。

 国王はそのまま、頭を下げた私達の横をサッと通り越し上座に向かっていく。

 そのすぐ後を、こちらを気にする素振りのない王妃が追っていき、国王夫婦に同行してきた宰相が上座側の壁際に立つ。

 


 国王達が席につくのを見送った私達は顔を上げ、自分達の座席へと向かった。

 出席者全員が着席すると、国王が手をあげる。

 その様子を見た料理長と侍女長がすぐ様、テーブル上に置かれていた6つのシャンパングラスにお酒を注いでいった。

 

「では、始めよう」


 シャンパングラスを掲げた王の号令を受け、その場にいた皆が乾杯の意を示す。

 各々がグラスに注がれたスパークリングワインに口をつけている静かな場で、私は潤しているはずの喉が乾いていくのを感じた。


 国王の鋭い視線が、こちらに向けられている。



「まずは、レオン」


 青い冷たい瞳にまず捉えられたのは、左横に座る彼だった。

 

 

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