第3話 “任務”によって残ったもの②


※生殖(妊娠)機能についての表現があります※



「そう」


 テオの言葉に、溜息まじりの返答を返す。

中に入るよう手で促すと、テオはその場で一礼し即座に口を開いた。

 

「失礼ながら、王太子妃様。室内の明かりを灯してもよろしいでしょうか」


 話がしやすいよう、薄暗い部屋に明かりを灯したかったのだろう。



「……駄目よ」


 そんなことされては困る。

 腫れた唇や自然な動きが困難になっている両手。

 それを見られたくない。


 察しのいいテオなら、傷跡と傷ができた経緯を捉えてしてしまう可能性がある。

 そうして知られてしまえば、最後。

 彼にその報告がいき、彼の私に対する嫌悪感が増してしまうに違いない。

仲睦まじくあるはずの “任務”中に自傷行為をする、厄介な妻。

 そんな価値判断をされて。


「照明がなくても、話ならできるはずよ。それと、これ以上距離を詰めるのは不許可。5m程度の距離なら、問題ないでしょう?有能な次期宰相ならできると思うのだけど、わたくしの見解が粗悪なのかしら」


 室内に照明を当てない事はまだしも、5mの距離感は本来なら会話には不向きだ。

 しかし。

 私の現状を、視覚的に捉えられるわけにはいかない。



「いいえ。王太子妃様のおっしゃる通り、このままでもお話しすることは可能です。では、早速。失礼致します」


 テオの提案に対し、嫌味な振る舞いを返してみたが、テオは動じなかった。

 落ち着き払った様子のまま、着ていたスーツジャケットの内ポケットから、真四角の用紙を取り出す。

 次いで、息を大きく吸い込む音がした。



「殿下より。『今回の機会を使い、王太子妃の生殖機能に問題がないか検査をした。私側に問題ない事は立証済みだったが、王太子妃側に関しては今まで未確認。婚姻後、懐妊の兆候がなく1年が経過したため、検査を実行することとなった』」


「っ!?」


 胸中を悟られないよう、気を引き締めていたはずが、思わず眉を寄せてしまう。


 生殖機能の検査。

 そのような話など、3日前の彼との会話内には、一切なかった。


 私との関わりを最小限にしたい。

 そういった彼の腹積りは、よく理解している。

 結婚以降、彼には、必要最低限以外の接触は避けられており、会話は用事に関することであっても、数えるほど。

 彼の意向は、テオから伝達されることがほとんどだ。


 だが、しかし。

 生殖機能についてという、デリケートな内容の重大事について、話すことをせず。

 本人の許可無く、妊娠機能に問題がないかを勝手に調査していたとは、驚きを禁じ得ない。


 そもそもいつ、検査を執り行ったいうのか。

 彼が?

 どのようにして行ったと?



「検査の件は、王命です」


 私の内情を察したのか、テオが絶対的な理由を口にした。

 検査が王命ならば、物申すことはおろか、事前に話されたところで拒否権がない。

 ゴクン。

 喉奥に唾を押しやる。

 自分の内に湧く様々なものをぐっと飲み込めば、冷静な自分を取り戻せた。



「……そう。それで、検査の結果は?」


「殿下からの言付けを再開いたします。『検査の結果、問題ないとわかったが、それを受け国王より呼び出しがかかった。通常の予定とは異なるが、2日後に定例の食事会を行う。きちんとした準備をするように』……以上です」


「……ご苦労様。下がりなさい」


「はい。失礼致します」


 一礼したテオが、こちらを向いたまま、出入り口まで後退していく。

 そうして、室外から差し込んでいた灯りが徐々に消えていき、両開きの扉が静かに閉まった。



 パタン。


 薄暗さの際立つ部屋に残された私は、静かに息を吐き目を閉じた。


 テオから伝えられた伝達事項。

 それを脳内に反芻させ、その意味を思慮し始める。


 国王からの呼び出しに食事会。

 呼び出し先に指定された定例の食事会とは、王族のみが集まりディナーを共にする会のこと。

 別名、家族会議と言われるそれの内容は、一連の流れを察するに“世継ぎについて”。

 呼び出した目的は、世継ぎについてを問うためで、十中八九、間違えないだろう。



 “王族の血が、国の繁栄に緊密な繋がりを持つ”

 我がセーグ国では、そのような言い伝えがある。

 その特有な事情から、王族の世継ぎは是が非でも血縁者でなくてはならず、代々、世継ぎに関しては最重要事項とされてきたと聞く。


 王太子である彼は、王家の血を継ぐ子を必ず残せという重い役割を課されており、血縁にもこだわりを持つ為、王族の伴侶に対しても取り決めがなされている。

 厳しい基準。

 それをクリアした者でなければ、王族の伴侶となる事は不可能。

 私はと言えば、その基準をクリアし、さらには、王太子である彼本人から選ばれた身だった。


 基準をクリアし、婚姻を結ぶためか。

 セーグ国の王族は、ある理由を除いては、離縁や降格が不可能とされる。

 私の場合、それらが絶対にできない理由を、幾つか合わせ持っている。 


 いくら辛酸をなめようと、離縁や側室になる旨を願い出ることがでなかったのは、そういった事情が関係しており、今後もそれは変わらない。

 

 私を王太子妃に持つ彼も、また然り。

 王族間の事情により、離縁や側室への降格を私に迫ることはできず、十分な条件が揃わなければ側室を迎えることもできない状況にある。


 彼が嫌々であっても私を抱かねばならず、妊娠しやすい期間に交合することを提案したのには、そういった背景も加味されていたわけだが……。

 婚姻後1年たっても王太子妃(私)が懐妊せず、生殖機能の検査まで行われた今、何か動きが見られるかもしれない。


 


 一通り思案したところで、私は左側にある扉を見遣った。

 隣の部屋に居るであろう彼は、今回の事柄についてどのように思っているのだろう。


  …………いや、考えたところで仕方がない。

 彼にとって、今回の事は面倒臭い以外の何物でもないだろう。

 あれこれ思案し、わざわざ自分の内側を乱す必要も時間もない。


 先程、内に湧く様々なものをぐっと飲み込んだおかげか。

 思考や感情は至って冷静で、自分がどうしたらよいかがはっきり見えている。


 これからの私に必要なこと。

 それは、2日後の食事会に向け、きちんとした準備をすること。


 王太子妃に相応しい姿で彼の隣に立つ。

 食事会では、何があっても動じない。

 彼の立場が不利にならないよう立ち回る。

 それから。

 “任務”によって生じてしまった傷跡を消す。



 今後のやるべき事が明確になった私は、先程まで座っていた窓際のソファへと移動した。

 軟膏は手元に、薬箱と立ち鏡は元あった場所へ仕舞いこみ、この場に忘れ物がないかを入念に確認する。

 この部屋唯一の光であった、テーブルライト。

 その灯りを消した私は、1人静かに、雨音響く、薄暗い広範すぎる部屋をあとにした。

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