草刈相談所

 昼間のとあるビルの一室にて、玄関の扉をガンガンと叩く女性がいた。

「おい煙介ぇ!いるんだろ!?居留守なんてしょうもねぇ真似してねぇで出てこいっ!!」

 ブロンドの長い髪をなびかせながら怒声を上げているのは、このビルのオーナーである班目まだらめ 桐子きりこだ。白シャツに黒のサスペンダーパンツといった服装で端正な顔立ちとは裏腹にかなり強気な態度が目立つ。ちなみに歳は三十になる。

「お前どんだけ家賃待たせれば気が済むんだ!この前払うって言ったよなぁ!?」

 ビルの他の人間の中でこの昼間から大声を発しているオーナーに文句をいう人は誰もいない。無論オーナーが怖いからだ。勝気な態度に、見るものを威圧させる目力、凛とした佇まいに誰も文句は言えない。だが、この班目 桐子の評判は悪くない。人柄はいいし、いざというときには頼りになるので他の人達はとても懇意にしている。どちらかといえば今この彼女を烈火のごとく怒らせている煙介と呼ばれている者の方がやっかまれているのだ。


 少しして扉がゆっくりと開かれた。出てきたのは二十代後半ぐらいの男であった。よれたワイシャツに黒いズボンを履いており、口元の無精ひげが目立つ。名前は草刈くさかり 煙介えんすけという。このビルに「草刈相談所」というなんでも屋みたいなものを営んでいる。

「うるせーな、いま何時だと思ってんだ?」

「はぁ…、世間はもう働いている時間なんだよ。それより家賃!払ってないのあんただけだよ」

「……あれ?この前払っただろ?」

「あれは先々月分だ」

「あぁ…そう」煙介はバツが悪そうに顎を掻く。

「払えないんだったらあんたのこと追い出してもいいんだよ」

「い、いやぁ…たっ頼む!もうちょい待ってくれ!こんどデカイ仕事が入るんだ。そんときに払うから」

 平身低頭で頼み込む煙介に桐子は信用できないジト目で睨むもしばらくしてふぅと息をつき。

「あと十日だよ。それを過ぎたら出ていくんだよ!」

 そう言いながら桐子は乱暴に扉を閉めた。


 扉に耳を付け、桐子の足音が遠ざかるのを聞いてから煙介は大きなため息をついた。

「ちくしょお…おっかねぇ大家だ。しかし、デカイ仕事なんて言っちまったよ…どうすっかなぁ、ほんとにそんな仕事来ねぇかなぁ」

 ぶつぶつ言いながら煙介はヤカンに水を入れお湯を沸かす。しばらくしてお湯をインスタントコーヒーに注ぎソファにどかりと座りながらテレビをつけるとニュース番組がやっていた。


『先日、都内にある生物化学研究所で爆発があった事件で、警察は正式にこれは事故ではなく能力者によるものだと発表しました。警察はテロの可能性も視野に入れ、捜査を……』

 寝ぼけた頭にカフェインが覚醒を促す中ボーっとテレビを見ていると、呼び鈴が鳴った。

「依頼か!?」

 煙介はソファから飛び出し、急いで玄関に向かう。一応玄関前で立ち止まり服のシワを伸ばす、あまり意味はないのだがしないよりマシなのだろう。

 笑顔を作りながら扉を開けて目の前の人物を見ると煙介の顔は一気に曇った。そこには腕を組む桐子がそこにいた。

「…なんだ桐子か。今度はなんだよ?」

 体をずらした桐子の後ろには高校生ぐらいの少女が立っていた。セーラー服を着ており、ボーイッシュな短い髪形をしていた。

「あんたに依頼なんだと」

「えぇ…、生憎ガキのお守りをやっている暇はねぇんだけどな」

「どうせデカイ仕事もないんだろ?とりあえず中入れてやりな」

「は、はい」なにも言い返せない煙介であった。


 部屋に備えてある二つのソファに煙介と桐子が並んで座り、少女はテーブルを挟んで向かい合う形で座った。

「なんでおまえもいるんだよ」

「いいじゃない、何か問題でも?」

「あのよ、こりゃ仕事の話なんだよ。部外者が横にいられると迷惑なんだよ」

「この子に今後の家賃がかかってるかもしれないんだから大家として見届けてやるのよ」

「なんだそりゃ、てかなんでウチのコーヒー勝手に飲んでんだよ」

「あ、あのぅ…ここってなんでもやってくれる相談所なんですよね?」

 二人の様子にオドオドしながら少女が声を上げる。

「おう、犯罪以外なら大抵なんでもやるぞ金さえもらえればな。俺がここの所長で草刈 煙介。隣のやつは…気にすんな関係ないから」雑な紹介に桐子が煙介の頭をはたく。

「アタシ、このビルのオーナーの班目 桐子。こいつに部屋を貸してる」

「わ、私、聖《ひじり》っていいます」

 聖は膝に手を置き、背筋をピンと伸ばし緊張した様子だ。

「それで、依頼は?」

「……弟を、探してほしいんです」

 聖はスマホを取り出す。画面には8歳ぐらいの笑顔の少年が映っていた。

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