第72話 変態、恐怖に襲われてぼっちオワタ(カクヨム限定ストーリー)

「で、どうしよっかな?」


 何かが起きていた。


 俺の知らない所で。


「ナツを出せ。早くしなければ、お前を尻子玉だけの姿にすることになるぞ……!」

「兄さんを早く出さないと、貴方の尻を爆尻バクケツさせるわよ」

「だしてだしてだしてだして、なつきさんをだして」


 病みの間である。

 俺は、あの後、面倒だったのでいつの間にか元に戻っていた天井を細長い風穴に変えて、上のフロアに飛び出した。


 すると、氷室さん達はおらず、奥へと血の跡が続いていた。

 勿論、彼女達の血ではない。

 かっぱさん達だ。


 そして、かっぱさん達の血の跡を辿り、到着したのが、ボス部屋。

 ボス部屋では、氷室さん、秋菜、ジュリちゃんに囲まれたボスが、震えていた。

 あ、ボスも河童だった。大きめ河童。

 大きめ河童は攻撃も通じず、ただただ何かを言われながら近づいてくる真っ黒な瞳の女達に恐怖していた。


 いや、だから、魔物には言語通じないんだって。やめなー。

 かっぱがかわいそうに見えてきた。ただし、偽河童、アイツは別だ。


「くれくら、様……」


 振り返ると、東江さんがいた。涙で潤ませながらこちらを見ていた。

 よかった。東江さんは、あそこの病み堕ち変女たちとは違ったらしい。


「よかった……! 生きてて、もしも死んでしまっていたらと思って、河童を44体刈ってきて、この血と肉を神への供物、生贄サクリファイスとし、私の身体に高貴なる魂を降臨させようかと」


 うん、違った。

 違った意味で闇堕ちしてた。

 厨二進行中のJKがおった。


「なつきさん!?」


 東江さんの声に反応したジュリちゃんがこちらを振り向く。

 ジュリちゃんなら俺の匂いに反応するかと思ったんだが、どうやら、それも分からなくなるくらい精神的に追い詰められてたっぽいな。


 まあ、ストレスで味を感じなくなるっていうし、そういうこ……。


 そんな事を考えていると、氷室さんや秋菜が飛び込んでくる。勢いつきすぎてて痛い。


「よかった、本当によかった……見つからなかったらどうしようかと……ナツ……ナツ……」

「う、えっえっ……にいさん、にいさんにいさんにいさん……!」


 秋菜は痛いくらいにしがみついて泣いている。

 悪い事をしたな。

 秋菜は、寂しがり屋だ。特に、小さい頃は俺がずっとそばにいてあげたから分かる。

 それを分かっていたのに、こんな風にさせてしまって申し訳なさが募る。


 氷室さんも泣いていた。

 氷の女帝とも呼ばれるこの人がこんなでいいんだろうか。いや、いいんだ。この人は、もっともっと心を取り戻させてあげないと。まあ、こういう形にはならないようには気を付けないとな。


 おっと。


「ごめんな。一応、何かあっても困るし。退治させてもらうわ。【青変態ブル】」


 俺は左手を氷巨人アイスゴーレムの腕に変え、右手から放つ青い魔力で地面を氷に変え、ボス河童の足を凍らせ、さらに全身を凍らせ、砕いてしまう。


 あ、ちなみに、変態スキル行使時の名前が長かったから変えた。

 名前は意外と重要だ。長すぎるとイメージするまでに時間がかかる。

 ただ、大技は魔力を練る時間も加味すると、長い方が練り時間と発動に丁度良かったりするから面白い。


 ともかく。俺のこのスキル。

 【赤変態ロッソ】と【青変態ブル】と命名した。

 イタリア語だ。

 誰だってあるだろう! なんかこういうの調べる思春期が!


 というわけで、【青変態ブル】によってボス河童は退治される。


「ナツ、お前……右手を操れるようになったのか?」

「ああ、そうなんですよ。ちょっとコツが分かりました。ひとまず、俺が変態出来るものはコントロール出来そうです。ただ、詳しい話は、ちょっとさっきの場所に戻ってからにしましょう」


 ここ血塗れで怖すぎる。

 それに確認したいこともあるし。


「……」





 そして、先ほど俺が落とされたところに戻ってくる。

 アフタートーークということで、これでもかというほど俺はトークスキルを駆使して、俺に何があったかを説明したのだが、


「ここに急に穴が出来て、俺が落とされた、んですが……」


 穴が、作れなかった。

 正確には穴自体は作れるのだが、あったはずの地下みたいなところがなく、ただただ土や岩が続くだけだった。


「おかしいな……俺は確かに、地下の土俵で、河童とぬるぬる相撲を」

「兄さん」


 秋菜が優しく俺に微笑んでくれる。


「兄さん、疲れているのね。大丈夫よ。あたしは何があっても兄さんの味方だから」


 脳の心配をされたんだが?


 違うもん! 違うもん! ほんとにこの地下にかっぱいたんだもん!

 ナツ見たんだもん!


 お姉ちゃんなら信じてくれるはず! でも、呼ばないで! ウチのハルナは五月の子と違って無条件で信じてくれちゃうから! かっぱのりきしよ、出ておいで! 出ないと、尻子玉ひっこぬくぞ! このやろう!


「大丈夫大丈夫。家に帰ったらあたし編集のNATSUKI、THEファーストテイク集を見て一緒にお兄ちゃんを思い出しましょう?」


 いやなんだが。っていうか、何その悪夢の映像。


「兄さんの色んな『ハジメテ』をあたしが全部編集して映像化したの」


 怖すぎるんだが。

 もう既に、東江さんが財布を取り出そうとしてる。買うな買うな。


「それより、ひむ……」


 睨んでいる。


「レイ、俺の能力を知る誰かが俺を襲った可能性は?」

「ふむ……少なくとも政府関係者やモノノフではいないだろうな。基本的にこういった内容については【呪魔】が制限の呪いをかけていて、本人が明確な意思を持って情報を伝えようとしたら声が出なくなるからな。可能性があるとすれば、盗聴、ある位には何かしらのスキルで情報を盗んだ奴らだが……」


 氷室さんでも分からない、か……。

 であれば、考えていても仕方ない。相手の出方を待つしかないか。

 何故、俺を狙ったのか。そして、真の目的はなんなのか。

 目的が、『俺とぬるぬる相撲をする為』だったなんて絶対にいやだ。


 まあ、何はともあれ当初の目的である『俺の左腕のコントロール』については目途がついたし、氷室さん達もボス部屋まで全力で蹂躙し続けたらしいから疲れているので、撤退することにした。

 分からないことに悩んでいても仕方ない。

 そう、分からない事には。


「ジュリちゃん」


 俺は帰り道で、ジュリちゃんに話しかける。

 ジュリちゃんはびくりと肩を震わせ、そして、にこっと笑いながら俺の方を振り返る。


 三人は、秋菜作映像集の販売価格を相談し合っている。

 もう気にしない。ほんと気にしない。


「なんですか? なつきさん?」


 ジュリちゃんは相変わらずのかわいいアニメボイス付の笑顔で俺の方を見てくれる。

 だけど、


「気にしちゃ駄目だよ」

「え?」


 ジュリちゃんの狼のしっぽは垂れ下がったままだ。


「アレはマジで誰も反応出来なかった。だから、ジュリちゃんのせいじゃない」


 多分、俺を一人にしたのを気に病んでいるんだろう。この子はそういう子だ。

 あれだけ必死にボス河童に詰め寄っていたのに、俺を見つけると、何かを堪えるようにぐっと拳を握りしめてた。


「でも、でも、わたしは、なつきさんを、一人にしてしまいました。わたしが一番ちかくにいたのに……!」


 そう言って、ジュリちゃんは遠慮がちにそろりと近づき俺の服の裾を握る。


「わたし、お兄ちゃんとパーティー解散して、ソロ冒険者でやってて別に何も気にしてなかったんですけど……こうやってみなさんとパーティーを組んで思ったんです。楽しいなあって、そして、思い出したんです。誰かがいなくなることのこわさを」


 ジュリちゃんの手が震えている。


「こわかった。こわかったんです。なつきさんがいなくなったらって……なんでわたしがじゃないんだろうって……!」


 ……これだから、ぼっちは。


 手に入れちゃうと怖くなるよな。


 失った時の怖さが大きいから。苦い思い出がよみがえるから。

 ぼっちでいいやってなるんだろな。


 でも、

 さっきみたいに話しかけないようにするのが、本当に正解?


「じゃあ、ソロに戻りたい?」

「それは……!」


 ジュリちゃんの小さな顔のでっかい瞳が潤んでいる。

 その眼を見て俺は俺の勝手な都合いい解釈をする。それのなにが悪い。


「俺は、みんなと一緒に居たいよ。楽しいし、嬉しいし、幸せだから。勿論、失うのは怖い。なにより怖い。でも、俺は、俺がいないところでいなくなる方がこわい。自分に出来ることをせずに失うのが怖い。だから、もっと強くなりたい」

「あ……」


 仮に。

 俺があの時、【鋼の勇者】の講演会に行かず、あとで冬輝の死を知ったならどう思っただろうか。たられば、だ。でも、もし、過去に戻ってどちらか選ぶことになるのなら、俺はもう一度冬輝と一緒に戦う方を選ぶ。まあ、ルート回避できるならそっちの方を選ぶかもだけど。


「さっきのアレはどうしようもなかった。だけど、もう同じことにチームメンバーがならないように、腕を磨こう。一緒に」


 失いたくはない。けれど、それ以上に後悔はしたくない。

 だから、俺達は前を向くしかないんだ。


「……はい。わたしもっともっとつよくなります。そうですね、失いたくないきょうふも力に変わるとわかったので」

「え……?」


 そう言うとジュリちゃんは瞳を蛇のように変えて、駆け出していく。

 そして、河から勢いよく飛び出してきた河童を待ち受けていたかのように飛びつき一撃で切り裂く。

 ジュリちゃん、河を泳ぐ奴らは匂いが消えるから索敵できなかったはずなのに……。



「わたし、苦手だし、獣じゃないし、と思って変化出来ないと思っていたんです。でも、なつきさんを見つけたくて、必死に変化しようとしたら出来たんです。蛇の温度察知の能力」


 そう言った彼女に赤が降る。河童の血がオレンジに近い赤でよかったなあ。


「なつきさん、わたし、もっともっとつよくなりますね。あなたを失いたくないから」


 オレンジっぽい赤の血に染まるジュリちゃんが微笑むと、その口元からはチロチロと蛇のような舌が見えた。


 ほんぎゃあああああああ!

 オレンジでも怖いわ! ホラーじゃねえか!


 だけど、妖しくもかわいらしく笑うその姿に、俺は頼もしさを覚える。


 ぼっちでなにが悪い。

 ぼっちがぼっち同士で集まってなにが悪い。

 うしなうことが怖くてなにが悪い。


 俺達はぼっちだったからきっともっと強くなれる。

 自分の為に強くなった俺達はもう一段階誰かの為に強くなれるんだから。

 俺は、こちらに駆け寄ってくる元ぼっちの狼少女を見つめながら、そう思った。


「ああー、血がついたのできがえないとですねー(アニメ声棒読み)」


 おい、俺の前で脱ごうとするな。


 ぼっち・な・びっちめ!


 ろっくなぼっちじゃねえなあ! おい!


 俺は失って手に入れた青い魔力を感じながら、彼女と俺の為に止めにいった。

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