第60話 変態、頭ぐちゃぐちゃにされて逃亡オワタ

「……………え?」


 今、頭の中で、そう。走馬灯のように駆け抜けていった記憶はなんだ?


「俺は……冬輝? 夏輝じゃなくて?」

「夏輝、ねえ、夏輝でしょ!? ねえ!」


 姉さんが俺を掴んで揺さぶっている。姉さんは……姉さんだ。

 俺でも、僕でも、夏輝でも、冬輝でも。


「ちょっと! 春菜! 落ち着いて、お願いだから! お願い!」


 錯乱したように叫ぶ姉さんに抱きつく三条翼さん。

 彼女にとってはどっちでもいいだろう。


「違う! 冬輝なのよ! 夏輝のふりした!」


 理々にとっては……。


「更科君、記憶が戻ったのか……?」


 神辺先輩はじっと俺を見ている。

 分かりますか?

 

 俺が、

 僕が、

 ぼくが、

 おれが、

 オレが、

 ボクが、

 夏輝か、

 冬輝か、

 どっちか、

 どっちだ?


 でも、

 理々が、言った。


「俺は……僕は……夏輝じゃなくて、冬輝?」


 しかも、夏輝に嫉妬して、夏輝になりたかった冬輝?


「落ち着け、君達! 邪魔だ!」


 神辺先輩がいままでのふふん顔とはちがって大声でさけんでいる。

 あはは、うっけるー。

 そんな力強く掴まないでくださいよ。いてえよ。いてえ。


「……更科君、落ち着いて聞いてくれ。正確に答えなくてもいい。分からないことは分からないと言ってくれ。とにかく、吐き出すんだ。……君は、思い出したのか?」

「思い、出しました……けど……まだ、頭の中が」


 まだ頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 ダイジェストを見せられている気分だ。こんなスッキリしないダイジェストがあるもんか。

 本編見せてくれ。最初から最後まで納得できるノーカットの記憶を!

 俺は誰なんだよ!?

 狂気の仮面道化クレイジークラウンは? 冬輝? 夏輝?

 今の俺は? 冬輝? 夏輝?

 今までの記憶は? 都合よく自分のものにした冬輝の記憶?

 それとも、冬輝の記憶は間違いで俺はやっぱり夏輝?


 冬輝?


 夏輝?


 冬輝?


 夏輝?


 冬輝?

 夏輝?


 冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝冬輝夏輝!?


 ああああああああ! もう!




 きもりわりい


 俺は蹲って吐き出す。

 『どっち』が食ったもんか分からない。でも、気持ち悪い。

 双子の兄弟だ。でも、もうぐちゃぐちゃだ。気持ち悪い。

 いやだ、なんだ、なんなんだよ! クソ神様! 楽しいか! こんなのが!

 このど変態クソ神が!




 どうしよう。




 どうしよう。



「夏輝、じゃないの?」


 みんなに知られた、ら。


 今、目の前に何故かいる、妹やアホや眼鏡や愛やジュリちゃんや東江さんや鈩君や星名さんや育成組のみんなに、そして、ここにはいない氷室さんに、知られたら、みんなはどう思うだろう。

 どう思うんだ。ねえ、みんな?


「……! おい! 夏輝!」


 俺は駆け出した。矛盾してる分かってる! 

 でも、時間が欲しい。

 向き合う時間が。

 それにいいじゃないか。

 今、アホが呼んだのは『夏輝』だ。

 俺は夏輝じゃないかもしれないんだろ。

 じゃあ、いいだろう。

 だから、見逃してくれ。

 今は、今は。


 俺は狂気の仮面道化クレイジークラウンに【変態】し、遠くへ。出来るだけ遠くへ向かった。

 行先? 知らねえよ。

 俺が行っていい場所があるんなら、誰か教えてくれ。



 頼むよ。マジで。



 結局、俺が辿り着いたのは山の中の洞窟だった。

 笑えることにダンジョン化したばかりの洞窟。

 入り口はものすごく小さな穴だった。

 ゆっくりしたくて入ったら、転移の揺れを感じ、気付けば広い洞窟に居た。

 魔物に囲まれてた。

 囲まれてたよ。

 全部ぶっ殺したけど。

 ボスも雑魚も何もかも踏みつぶした。


 俺は今、ダンジョン核を背もたれにしてぼーっとしてる。


 そういや、あの時もぼーっとしてたな。

 二人して。二人並んで。二人一緒に。






『俺が言いたいことはただ一つ! 俺達の戦いはこれからだ! まだ、まだまだまだまだまだまだ俺は戦い続けます! この世界の為に! ご清聴ありがとうございました! そして、【鋼の勇者】、チーム【モノノフ】の応援をこれからもよろしくお願いします!』


 万雷の拍手とはまさにこのことだろう。

 雷のような空気を震わせる、バチバチとした音が空間を埋め尽くす。

 【鋼の勇者】の講演会が終わって俺達は手が痛くなるほど拍手をして、夢うつつのまま会場を出てベンチに座り込んだ。

 後から来た秋菜とあのショートカットの女の子がなんか揉めてたけど聞こえなかった。


 沢山の戦いの話は俺達を燃え上がらせ、そして、夢中にさせた。


「すごかったな」

「うん、すごかった」

「夏輝は、やっぱり冒険者やんねえの?」

「どうかな……すっげえかっこ悪いけど悩んでる、俺も冒険者になろうかな」

「マジか」

「でも、俺は弱いから。多分、鋼の勇者みたいにはなれない気がする」

「かもな」

「だよな」

「でもさあ……」

「でもなに?」

「いや……それより、お前いつもの」

「は?」

「【鋼の勇者】の影響で、俺って言ってる」

「うっそ! え? マジで?」

「ぶははは! ダサ!」

「いや、お前だって今俺って言ってるの【鋼の勇者】の影響だろ」

「分かった?」

「分かってた」

「「ぶはははははは!」」

「あれ? 理々は?」

「え? いないの? なんで?」

「いや、お前の隣にいたんだろ? 俺知らねえよ」

「待って。俺、電話する」

「うん」

「……出た。おい、今どこ? は? トイレ行って迷子?」

「「何してんだよ」」

「ぶはっ! ああ、ごめん今被ったから。ああ、うん。行くから動くな」

「どこって?」

「わかんない。とりあえず行こうぜ」

「いや、待って。秋菜が調子悪そうだから俺見てるわ」

「わかった。じゃあ、俺、行くわ。あ、先行っててもいいからな」

「うん。お前もな。俺の事は気にすんな」

「……おう」

「じゃあな」

「じゃあな」


 別れの言葉。あの時はこうなるとは思っていなかった。

 そして、俺はモンスターに襲われる理々を見つけ、必死の思いで助ける。


『理々! 大丈夫か!?』

『う、うん……ありがと、あれ?』

『アイツは今、秋菜についてる。っていうか、どういうことだよ!』


 周りを見れば色んな所でどんどんと黒い人形が現れている。

 ここまでになれば分かる。明らかだ。


『くっそ! 大発生スタンピードかよ!』


 攻略サイトには載ってないモンスター。

 ダンジョン攻略の基本は、情報収集し、ダンジョンの特性、モンスターの種類を知り、出来るだけ適応した装備でダンジョンに向かい、モンスターの弱点をつく、それが人間の知恵と工夫、力で圧倒的に勝る化け物どもを相手取る基本だ。

 狂気の仮面道化クレイジークラウンだって、そうしてきた。

 黒い人形は、強い。魔力が溢れている。化け物だ。それが大量に。

 でも。

 俺の傍に怯えるリリがいる。

 守る。彼女を守る。


『理々! お前は向こうに向かってまっすぐ走れ! あいつらがいる!』

『一緒に行くんじゃないの!?』

『魔物は基本魔力に惹きつけられる。俺が囮になるから、さっさと行け!』

『待っ……! こんなっ……!』


 理々の言葉を待たず俺は飛び出す。

 そこからは無我夢中だった。

 とにかく理々から離れる。その為に走り続ける。

 そして、どんどんと付いてくる人形は増えてくる。

 とにかく今は逃げる戦うのはそれからだ。

 俺は【変態】を使い、とにかく逃げ特化、そして、分析特化。

 相手をよく見て、相手を知る。そして、解決策を探る。

 夏輝なら、そうしたはずだ。


「来いよ! おらああああああああ!」



********




「おうじさま……!」


 どうしてこうなった。

 俺は今、ショートカット美少女に迫られていた。

 いや、まあ理由は分かる。

 彼女が、身を挺してモンスターから女の子達を守っていた。

 それを俺が助けた。それだけだ。

 それにしても凄かった。スキルもないだろうに、身軽な動きで相手を引き付けて鞄から物取り出しては投げつける。そして、自分の方に完全に意識が向いたところで全力ダッシュで連れて行ったのだ。震えながら。

 なんにもないのにモンスターに立ち向かったのだ。

 俺の脚は自然と動いていた。

 狂気の仮面道化クレイジークラウンは足を膨らませ跳ねると、人形達を吹き飛ばし彼女を抱え立ち上がった。


「大丈夫?」

「は、はい……おうじさま……!」


 こうなったわけだ。

 で、そのあとどうなる?


「誰かを守ろうという愛ある姫、もう大丈夫ですよ」


 こうなったわけだ。

 いや、なんでかわかんないよ!

 なんかテンションあがったから言っちゃった!


「愛ある姫……本当にそう思います?」

「え?」

「あたし、その、愛とか恋とか分かんなくて……あ、二次元はアリなんですけど、三次元は怖いっていうか……だって、家族だって愛情がなかったり憎んだりするじゃないですか……なのに、恋人になるって、夫婦になるって、家族を増やすって……そんな簡単に人を信じることが出来るのかなって……あの、人を好きになるってなんですか?」


 難しい質問だー。

 っていうか、今ここでいうー?

 でも、俺にも刺さったんだから仕方ないじゃないか。


「俺は自分勝手だから……自分の為に、人を好きになる。人を好きになると好きになってもらいたくなる。だから、がんばる。好きな、誇れる自分にならないと、変わらないと、もっと好きになってもらえないと思うから。俺はそんな自分の為に自分を変えられる人になりたい。そして、好きな人を振り向かせたい。だから、俺の好きな人は俺が変わりたいと思う、尊敬する俺の憧れる人なんだと思う。信じるんじゃない信じさせるっていう……その、自分を信じる的な……」

「変わりたい、自分……信じる、自分」


 難しい質問だったー。

 っていうか、俺もいえてるー?

 でも、何か言いたかったんだから仕方ないじゃないか。


 答えになってたかも分からない。でも、彼女は何故か涙を零して叫んだ。


「あたしっ……! あなたを、好きになってもいいですか!? あたしも、変わりたいんですっ……分かんないふりして逃げてる自分を、家族に怯えてる自分を変えたいんですっ……! お願いです! あたしに変われるパワーをください!」


 少女の伸ばしたすらりとした手。なんだかぼんやりと輝いて見える。

 これが愛の力か、なんちゃって。

 ふざけた思考で誤魔化す。

 つもりだったのに。

 俺は思わず手をとっていた。






 今も。





「あたしは、あんたが誰であっても、好きだよ! 名前なんて知らない! あたしを助けてくれたのはあんただって信じてるから! 勝手に! あたしが勝手に! あんたがあたしを嫌いでも、自分を嫌いでも! あたしはあんたが好きだよ!」


 あの時とは逆で、小さなダンジョンで今度は俺の方が泣いていた。

 そんな俺に彼女は手を伸ばしてくれた。


 その綺麗な手は俺の血だらけの手をぎゅっと握りしめた。

 潰れるんじゃないかって位ぎゅっと逃がさないようにぎゅっと。

 ショートカットの変態美少女が。

 自称幼馴染の武藤愛が汗びっしょりの泥だらけでこっちを見つめてて。

 彼女が怖いほど熟読してる『はナツキ合わせる二人のマナびや!』のマナみたいに颯爽と助けに来て。

 ビックリするほど心臓が高鳴って。

 俺は思わず笑ってしまった。


 愛の力はすげーな、おい。

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