第45話 売春組織

さん、資料ありがとうございます。これで売春組織を根こそぎ取り押さえられます。それとざいぜんまさの薬物反応は出ませんでした」


 つちおか警部が駆けつけていた。

 私は用意してあった冷たい麦茶の入った湯呑を差し出した。それを一気に飲み干したので、すぐに空の湯呑に二杯目を注いでいく。


「ありがとうございます。これで女性を薬物で縛りつけていたわけではないことが証明されましたわ。各人どのような理由で売春を行なわされていたのか。リストの十三名の女性から確実に聴取してください。それによって組織の全容解明と被害者救済に役立つはずですわ」

「そうですな。男性刑事では難しいでしょうから、全員女性に聴取させましょう。これで今回のだいともゆき氏殺害のすべてが解明されましたな。さすが地井さんだ」


「いえ、まだ終わりではありません。この人物の身柄をただちに押さえて事情聴取してください。おそらくこの人物が財前さんに五代朋行氏殺しを働きかけたはずですので」

 れいさんから差し出されたプリント紙を手にとって見ている。


まこと、ですか。はて、木根とはどこかで聞いたことのある名前ですな」

「私の夫が不倫していた相手が木根ゆうさんでした。そのご主人です」

 空になった湯呑に三杯目を注いだ。


「ああ、そうでした。きんいちさんの裏をとるときに一緒にアリバイを確認しましたな。それで、どうして木根の夫が財前とつながるんでしょうか?」

「うちのメインコンピュータで財前さんのスマートフォンを総ざらいしたところ、木根誠さんとのやりとりが見つかりました。おそらくふたりは秘密裏につながっていたはずです」


「木根と財前が不倫をしていた、と」

「いえ不倫ではありませんわ。おそらく復讐の手伝いをお願いしただけでしょう。財前さんはさんを陥れれば殺すのは誰でもよかったはずです。そんなとき木根誠さんが財前さんに、“共通の敵”として五代朋行氏を殺させようとした。その提案は財前さんにとっても魅力的だったはずです。五代氏が消えれば、売春から足を洗えるのですからね」


「それでは木根佑子を押さえるときに、そのまま木根誠にも警察に同行願って取り調べてみましょう。そして財前に木根誠が捕まったと知らせれば、すべてを語ってくれるかもしれませんな」

「おそらくそれで、この事件は本当の解決を見るはずですわ」

「さすが地井さんだ」

 警部は渡された木根誠の資料に目を通している。


「今回ここまで推理してくれたのは、さんですわ。“旅”というキーワードから薬物や売春を連想してくださったのですから」

「ほう、かざさん意外とやり手ですな。これは地井さんを紹介しなくてもご自分で潔白を証明できたかもしれませんな」

 急に話を振られてろうばいしてしまう。


「私なんて、ただ可能性を口にしただけで、とくに意味はなかったんです。素人の思いつきでも、玲香さんのお役に立てたらと思いまして……」

「いやいや、“旅”から薬物や売春を連想するなんてね。常人には思いもつきませんよ。私には単なる旅日記が綴ってあるようにしか読めませんからな」

 歴戦の勇者からの褒め言葉に恐縮する他ない。

「やはり地井さんが風見さんに助手をお願いしたのも当然でしたな」


「とても着眼点がよいですわね。わたくしや金森さんではそれぞれ専門分野の知識にこだわる傾向にありますけど、さすが主婦だけあって発想がとても柔軟です。なかなかの逸材を発見できましたわ」

「地井探偵事務所もますます発展されることでしょうな」


 玲香さんが左手内側につけたスマートウォッチをチェックする。それに釣られて土岡警部も時計を見る。


「おっと、早く手配を始めないといけませんな。今日はこのへんで。それでは失礼致します」


 資料一式を携えた警部のために、出入り口のセキュリティーを解除した。

 外で待っていた部下に資料一式を渡すと、真剣な目つきに変わった。あれが本来の警部の姿なのだろう。

 私には人のいいおじさんの面しか見せてこなかったので、警察の厳しさを垣間見た思いだ。


 事務所内に戻ってセキュリティーを入れた。

「土岡警部って本当はとっても怖い方なんですね。去り際の表情からは“鬼警部”の一面を見た気がします」

「あの人は相手に合わせて表情を使い分けますからね。容疑者だと決めた人物にはとにかく近寄れないほどの恐ろしい表情になりますわ」

「私は今までそんな表情の警部は見たことがなかったので驚きました」

「それだけ、土岡さんはあなたが犯人ではないと確信していたのだと思いますわ。だからわたくしを紹介したのでしょう」


 そうか。玲香さんの頭脳と金森さんの腕前とこの設備があれば、疑いを晴らすには絶好の環境だと言える。もし犯人だと思っていたのなら、わざわざ玲香さんを紹介するはずがないのだ。


「わたくしが父の死で警視庁の刑事を辞めなければならなくなったとき、独立を支援してくれたのも土岡さんですわ。警視庁に近い物件に事務所を構えてくれれば、捜査協力をお願いできるからって」

 玲香さんは遠い目をしている。

「父のネットワークで金森さんをスカウトして、ふたりでこの事務所を始めたのです。まあ金森さんの要求がなかなか高かったんですけどね」


「でも、それだけの設備を揃えた甲斐はあったと思いますよ。今まで土岡さんから持ち込まれた案件はすべてメインコンピュータでハッキングして、情報を得られたのですからね。今の“探偵”は推理する頭脳だけでは成り立ちません。高度な頭脳に入れる情報を揃えるのがとてもたいせつなんです」


 これ以上ないコンビなのだろう。そんなふたりの日常生活面をサポートするのが私の役目だ。

 金森さんはハッカー特有なのか整理整頓には疎くて、メインコンピュータの端末前はいつも雑然としていた。私が収納や分別をして、必要なものがすぐに取り出せるように整えている。

 玲香さんは頭脳だけでなくスタイルも抜群で所作もしっかりしている。しかし玲香さんも金森さんも外食が多いらしく、昼食と夕食は私が作って振る舞うことにした。

 栄養バランスを考えた食事は健康にも寄与し、それぞれの持ち味を最大限に発揮できる素地が作られる。

 “最高のコンビ”に“最高の環境”を提供するのが自分に与えられた任務だろうと感じている。そしてふたりの信頼を獲得していっている手応えも感じていた。



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