第46話 自供を引き出すには
どうやら
肝心の
木根
正美さんが自供するとしたら、自分に五代朋行氏殺しを依頼してきた木根
「結局、木根誠さんが自供して正美さんに依頼したことが明らかにならなければ、正美さんが口を割ることはありませんよね?」
深紫色のタイトスーツを着た
「そうですわね。実際に殺害した水谷さんは殺害自体を自供していますが、誰から頼まれたのかは言わない。これは財前さんをかばってのこと。それがわかっているから、財前さんは口を閉ざすしかない。ですがもし財前さんに殺害を依頼した木根誠さんが供述を始めたら、財前さんも観念するしかないですわね。これまでは沈黙することが得でした。しかしこれからは能弁にならなければ損なのです」
プライドの高い正美さんのことだから、自らを売り渡すような供述にはためらいを覚えるのだろうか。
もしかしたら、水谷さんが本当に正美さんの言うとおり五代さんを殺害するとは思わなかったのかもしれない。
その衝撃で現実を直視できない精神状態にあるのではないか。
「本当に五代さんが殺されるとは思わなかったってことはありませんか?」
「殺人事件ではよくあることですわね。あんなやつ死んじゃえばいいんだ! と大声で言うのと、実際にその人が死ぬのとでは、望んでいたことは同じはずなのに、受け止め方が正反対になってしまいます。だから財前さんは本当に殺したいと思っておらず、水谷さんが
「計画者と実行犯で思い描いていた未来が違う、というのはよくあることなんですよ、風見さん。計画者は殺してやりたいと思っているかもしれない。でも実行するつもりはなかった。だけど実行犯は計画者が描いた殺人計画を遂行してしまうんです。それで計画者が喜ぶかどうかなんておかまいなしにね」
もしこのまま聴取が推移したら、正美さんは取り返しのつかない罰を受けるかもしれない。
なまじ見知った人だからこそ、五年も十年も刑務所に入ってほしくないと思う自分がいる。たとえ私に罪を着せようと
「なんとか正美さんを救えないものでしょうか」
「正直に話してしまうのが彼女を救う唯一の手段になりますわね。そこに気づかないかぎり、罪がどんどん重くなっていくだけでしょう」
「私、面会してきてはダメでしょうか?」
玲香さんは首を横に振る。
「
少し落ち込んでしまった。これでは彼女はあまりにも救いがなさすぎる。
「現時点で彼女を自供させられる人物は、殺害を持ちかけた木根誠さんですわね。彼が真実を話したとき、彼女は逃げ場を完全に失います」
「たとえば、ですけど、元々交際していた
胸の下で腕を組んだ玲香さんは首を傾けて人差し指でこめかみを叩いている。
「そうですわね……。もし火野さんが『いつまでも待っているから』とおっしゃってくだされば、洗いざらい供述するかもしれません。そもそも由真さんから火野さんを取り戻すのが彼女の目的でしたからね。犯罪が露見しても、その想いに偽りはないでしょう」
「では火野さんに説得を頼みましょう。もし彼が財前さんを本命だと思っていたのなら、いつまでも待ってくれるでしょうから」
「いえ、それはかえって悲劇を生むだけですわね」
意外な言葉が返ってきた。悲劇とはどういうことだろうか。
「火野さんは財前さんという存在がいながらも、由真さんにちょっかいを出してきたのです。ということは財前さんのご機嫌取りに飽きていた可能性があります。これ以上財前さんとかかわりあうのを良しとはしないかもしれません。そのことが財前さんに伝われば、彼女は生きる望みを失いかねないのです」
火野さんは浮気で私と付き合っていたのではなく、正美さんから逃れるために私を利用していた可能性があるのか。
であれば火野さんの気持ちはすでに正美さんにはないのかもしれない。その事実を正美さんに突きつけるのは、傷口に塩を塗るようなものだ。
「となればやはり木根誠さんが鍵を握っている、と……」
「それが彼女のためでしょうね」
「その木根誠さんは容疑者として逮捕されているのですか? どのような自供をしているのか、正美さんに伝えてみてはいかがでしょうか」
「それは正しい供述のとり方から反しますわね。『誰かがこんなことを言っていますよ』と吹き込むと、たとえ真実でなくても現状から抜け出したくて証言を誘導されてしまう傾向があるのです。だから事情聴取はそれぞれ単独でとったものでないかぎり証拠にはなりません」
「じゃあ木根誠さんが自供するのを待つしかないのですね。そうして木根誠さんが送検されたとき、正美さんは初めて自分の関与を認めざるをえなくなる……」
「罪を犯した者を肯定するつもりはありません。財前さんはとてもストレスの高い場所で孤独に闘わなければならないのです。どういう人物が逮捕されたか、くらいは伝えられるでしょうから、土岡さんがそれを財前さんに伝えてくれれば突破口にはなるでしょう」
金森さんが木根誠さんの取調室の様子をモニターに映し出した。
「木根誠がなぜ五代朋行氏に目をつけたのか。妻の佑子が売春組織の一員となっていることに気づいたから? ですがそれにしても、やりとりがスマートフォン同士だから割り出すのは困難ですよね」
「なにかをきっかけにして五代朋行氏の存在に気づいたんでしょうけど」
「もしかしたら自分が“不能”になったことで男としての自信を失ったから。被害妄想で偶然目をつけたのが五代朋行氏だった……にしては条件が揃いすぎているんですよね」
「自然な順番から考えると、まず木根誠さんが“不能”になってしまった。そして妻の佑子さんが五代さんと密会しているのを知った。もちろん売春の上がりを徴収していたのかもしれませんわね。欲求不満に陥っていた木根誠さんが、妻と密会している五代さんを見て『こいつが薬を盛ったに違いない』と根拠のない判断をして殺したいと思った。というあたりでしょうか」
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