第43話 “イク”だの“クル”だの
「それにしてもよくわかりましたね。犯罪なのは間違いないって」
「だって、犯罪じゃなければわざわざ
「言われてみれば、そうだと気づくんだけどね」
でももし薬物反応が見られなかったらどうするべきか。
的外れな指摘をしたと、
するとすぐにカツカツと玲香さんが戻ってきた。
「薬物検査を取りつけました。結果は追って知らせてくれるそうです」
「そうですか。これがホームランだといいんですけどね」
もし薬物でなければ……。
たとえば性交渉なんてどうだろう。
「あの……、あくまでもひとつの仮定なんですけど……。“性交渉”の可能性はありませんか? あれも“イク”だの“クル”だの言うから“旅”と言えなくもありませんし……。でも
玲香さんがこの言葉にピンときたようだ。すくににんまりとした笑みを浮かべる。
「
このセリフを聞いてある言葉が浮かんできた。
「売春!」
金森さんと声が重なった。
「そうか、売春だ! 五代が死んでから“旅”のやりとりがなくなったってことは、五代が主催者で他の女性十三人が売春婦だったとすれば。筋はとおりますよ、玲香さん!」
「そうね、そしてもうひとつわかったことがあるの」
玲香さんは表示されている女性の名前のリストからある人物をマークした。
「これって! 偶然、じゃないんですよね?」
「偶然で表示される名前にしては意外すぎないかしら」
今まで見落としていたが、そこに表示されていたのは“
「つまり欣一さんは木根佑子さんと売春で知り合った可能性がある!」
「そうなれば、ご主人は五代氏を殺す動機がありますよね?」
あ、そうか。欣一さんが木根佑子を自由にするために五代さんを殺した可能性が残されるのだ。
「安心してくださいね、由真さん。ご主人が殺したわけでも、
「どうしてですか?」
玲香さんはあえて大きく深呼吸していた。私にも深呼吸を促してくる。
「まずご主人に殺せないことはすでにアリバイを確認していますからおわかりですわね。次にご主人が財前さんに連絡していないことは、財前さんの端末を調べればすぐにわかります。わたくしに探りを入れてこようともしませんでしたから、そんな企みなどなかったのだとわかります。金森さん、財前さんの端末から欣一さんの情報がとれるかチェックしてください」
すぐさま端末にケーブルをつないで確認してみたが、痕跡は見つからなかった。
「これでご主人のことを信じて差し上げられますよね」
「はい、ありがとうございます」
「おそらく財前さんを含むこの十三名が、五代さん殺しを働きかけた可能性が高いですわね」
「そして水谷とのやりとりを見ると、窓口になったのは財前で間違いないでしょう」
「つまり財前さんが殺害を思いついたか、他の十二名から財前さんに殺害を依頼する連絡があったか。このあたりが現実的なラインでしょう」
ということは、この正美さんのスマートフォンにすべてが詰まっている可能性があるのだ。
「金森さん、財前さんの端末からやりとりしていた全員のIPアドレスとその保有者をすぐに割り出してください。わたくしは
玲香さんは再び自室に向かって歩いていく。
金森さんは正美さんのスマートフォンから、やりとりを共有していた人物を片っ端からリストアップしていく。SNSのやりとりがあれば、その相手もさらに追跡している。さすがの捜査用AIを持つ量子世代のメインコンピュータも、これほどの巨大な処理には時間がかかるようだ。
先ほど抽出された十二人のIPアドレスが引っかからないか、確認が進んでいる。
「これは……」
「どうしましたか?」
私も金森さんのモニターを見入った。
「財前のスマートフォンは他の十二人のIPアドレスとはつながっていません。ということは財前が単独で五代を殺そうと考えた可能性が高いですね」
もしそうなら、正美さんは五代さんに弱みを握られて売春させられていて、それがいつまでも終わらないから、学生時代からの友人である水谷さんに五代さんを殺害させた。
この場合だと、水谷さんは正美さんから売春を打ち明けられている可能性が高い。その方面で水谷さんを陥落できれば、正美さんも自供するだろうか。
ピンヒールの聞き慣れた音に振り向くと、玲香さんが真面目な顔をしている。
「土岡さんに連絡して売春組織を当たってもらうことになりました。五代氏とつながっている十三名へ探りを入れさせます。金森さん、先ほどのリストと五代氏とのやりとりをすぐに印刷してください。それを元に捜査してもらいますので」
「わかりました。それと、財前と他の十二人につながりはありませんでした。これで財前がひとりで五代を殺そうとしていたと見てよいかもしれません」
「私のカンは『そんな単純な話ではない』と告げているわ」
胸の下で腕を組んだ玲香さんは、首を傾げてこめかみを人差し指で叩いている。
「確かに十二名にはつながっていないのかもしれない。でも、その関係者がなんらかの手段を用いて財前さんに接触した可能性が高いと思います。それが誰かは現時点では推測できません。今は情報の裏づけが最も優先されます。このまま解析は続けつつ、リストとやりとりの印刷を急いでください」
「かしこまりました」
これで売春組織を一網打尽にできれば、玲香さんの手柄となり、この事務所の存在意義はますます高まるだろう。
そのために初動は早いに限る。おそらく関係者は五代さんが亡くなったことで組織と手を切っているか、これから切ろうとしているはず。
もし五代さんの下で組織をまとめていた人物がいたのなら、その人物を押さえてしまえば売春組織は壊滅できる。
警察はできるだけ早く着手するに限る。それが五代さんを殺した犯人をあぶり出すことにつながる可能性もあるからだ。
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