3章ー10 黒い色の少年
ベッドの上で目を覚ました私は少し違和感を覚える。
ここどこだったかな?
天井がいつも見慣れた白色ではなかったからだ。
あ、昨日勇者塔に引っ越して来たんだった。
私は身を起こしベッドの端に座り足を垂らした。
そこから窓の外に赤い屋根が大きく見えた。
あぁ、王城に引っ越してきたんだ。
赤い屋根がとても近くにあるのを見て実感する。
私はリリーが来るのを待たず朝の支度を始める。
この部屋にはハリーが浴室を増設させていたし、洗面台もある。
私は浴室に繋がる扉を開け、洗面台に近づく。
7歳の私に合わせた洗面台のため普通よりも低い位置に設置されている。
ハリーが「成長に合わせて位置は変えさせるから」と張り切っていたのを思い出す。
改めてギプソフィラは愛されているなと他人事のように自分の周囲にいる人たちを思い出した。
洗面を済ませ、着替えもすませ、私は自分の剣を持って2階の広間に行く。
昨日広間の目的は訓練だと聞いていた。
それを聞いた時から朝の訓練はここでしようと決めていたのだ。
広間に行くともう人がいた。
黒い髪の少年が剣を振るっていた。
型通りの綺麗な剣捌きで、私は思わず見惚れてしまう。
ゲオが天に召されてから、剣の稽古は一人で行ってきた。
騎士団長のザックだけれど、剣の稽古にはあまりいい顔をしなかったから、最初に聞いて以来剣については何も言っていない。だから、一人でコソコソと練習してきた。
私が突っ立って見ていると、彼が動きを止めた。
「お前、何してる?」
黒髪の少年は私に声をかけてきた。
私は慌てて剣を掲げた。
「私も剣の練習をしようと思ってここに来ました」
「そうか、二人が使っても大丈夫なくらい広いはずだが?」
暗に何故立ったまま動かないのか聞かれているような気がした。
「貴方の剣捌きが綺麗で見ていました」
少年は一瞬動きを止め、小く「当たり前だ」と呟いた。
そして、広間の端に数歩移動し、顎で開いたスペースを示す。
私は、そこに進み、剣の稽古を始めた。
それはゲオに教えられた基本の動作だ。
初めはゆっくりと振り下ろす。そして徐々に早くしていき、100回素振りを繰り返す。
私は剣先をしっかりと確認しながら行う。
剣に集中するともう周りは見えなくなった。
最初の型が終わる頃、リリーが広間にやってくる。
黒髪の少年も一緒に剣の稽古を続けていたようだ。
リリーが困った顔をしている。
私は、リリーが待つ広間の端に移動した。
「リリー、どうしたの?何か困りごと?」
リリーは複雑な顔をする。
黒髪の少年を見ながら「彼は末の王太子殿下です。勇者でも在られるのですが、どう対応致しましょう?」と私に問うてくる。
彼は王太子なのか、だからか、私って複雑な存在なのに、何も奥ぜず、真っ直ぐに私と接してくれた。
「リリー、私普通に接したわ。別に彼も普通だったと思う。この勇者塔では身分は関係ないってザックが言っていたから、気にしなくてもいいと思う」
私がそう言い終わると同時に黒髪の少年が私たちに近づいてきた。
彼は私とリリーを見て、私の瞳に焦点を合わせた。
彼の瞳は黒だった。
吸い込まれそうな黒色。
「私はセドリック・オリバー・ジョージ・ウィルスだ。この国の第7王太子になる。ただ、私は昨年勇者石の儀式を受けて勇者となった。ここでは王太子セドリックではなく勇者セドリックとして接してほしい」
右手を差し出された。
私はその手を取りながら自己紹介をする。
「セドリック様、私はギプソフィラです。フィラとお呼び下さい」
「リックでいい。フィラよろしく」
私はつないだ手から温かいものを感じた。
握手をあまりしたことがないからなのか、かすかな違和感。
決して嫌な感じはしないけれど、小さな予感に胸の鼓動が少し撥ねた気がした。
それはとても小さな感覚で、私の中をスッと通り抜けていく。
私はセドリックが手を離すまで手を握り続けていた。
その日から勇者塔で、勇者として旅をするために必要な知識や技術を学び始めた。
特に学校のようになっている訳ではない。
剣の専門家、魔法の専門家、そして学問においてそれぞれの専門家が常駐していて、彼らにそれぞれが教えを請いに行くのだ。
今現在勇者塔にいる勇者は私とテオとリックの3人だ。
リックは王城の自室から通っているから、実質はテオと私ということになる。
他の勇者たちはすでに勇者塔から去り、世界を旅してまわっている。時々、この王都に帰って来て、新しい勇者を連れて近隣の魔物退治から挑戦させるそうだ。
ただ、いつ帰ってくるか分からない勇者パーティーを待つ気がしないと思うのは私だけだろうか?
早く実践が積みたい。
実践の中で強くなっていきたい。
私一人がそう思ってもパーティーを組んで旅をする必要があるならば、パーティーメンバーみんなからの同意が必要になってくる。
私がパーティーを組むのはテオとリック。
あの二人ともコミュニケーションをとりたい。
パーティーとして動くのにこんなにバラバラでいいのかと思うほど、意図しなければテオにもリックには出会わなかった。
初日の朝にリックと出会えたのはほんの偶然だったようだ。
念願の剣の稽古もつけてもらい、魔法も少しずつ練習して上達している。
知らない知識を得るのも楽しくて仕方ない。
それでも、同じ勇者仲間とすれ違いもしない生活にこのままではダメだという焦りが私の中に生まれ初めていた。
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