3章ー8 最初の出会い

青い空が広がる朝だった。

王城の勇者塔に私の荷物を運び込む。

とはいえ、私の荷物はそれほどない。はずだった。

ハリーが親心を出して、服やら家具やらを準備してくれた。お陰で荷物が増えた。

私は備え付けのベッドでいいと言ったのに、ハリーがあのベッドでは疲れが取れないといい新しいベッドを購入した。

そして、大衆浴場のようなところがあるが、それではゆっくり湯に浸かれないと私専用の浴室も作ってしまった。

あの勇者石の儀式で暗に自分の子供アピールをしてから行動が大胆になっているように感じる。

引越しの朝も王城の勇者塔にハリーがやってきていた。

「フィラ!やっと引越してくるんだな」

満面の笑みだ。

ザックが私の横に立ち、顔を覆ってため息をつく。

「ヘンリー殿下、場を弁えて下さい」

ザックの声を無視して私の目の前に立つ。

もう少しで私はまたハリー様に抱き抱えられるところだったけれど、ザックの手がそれを阻止する。

「ヘンリー殿下!」

強い口調の怖い顔をしたザックがハリーを咎める。

しかし、ハリーも負けてはいなかった。

「勇者塔は公式の場ではないだろう。それに父上にも色々と許可をとってある」

満面の笑みだ。

屈託なく、少年のように笑うハリーにザックも仕方ないと笑顔を見せる。

「ハリー様.色々とありがとうございます」

私が笑顔で膝を折る。

ハリーは少し悲しそうな顔をした。

「ここは公式の場ではないのだから、そんなに畏まらないで欲しいよ」

そう言って私に近づいて耳元で小さく囁いてウィンクする。

「父さんって呼んでもいいんだよ」

私はバッとハリー様を見て、キョロキョロと周りを見渡してしまう。

そこには秘密を知る者しかおらずホッと胸を撫で下ろす。

「ハリー様、ほんとおに、やめて下さい」

わざとらしく「ほんとおに」と声を大きくする。

「大丈夫だよ、私だってそんなに迂闊なことはしないよ」

お茶目に笑ってまたまたウィンクされる。

私は思わず笑ってしまった。

本当にかわいい人だなぁ。

実の父親に思うことではないけれど、母が愛したその人がこんなにかわいらしい人でなんだか笑ってしまうし、母が父であるこの人に相談せずに私を体に宿した状態で王家を後にしたのも頷けた。

その屈託のなさは父の長所だけれど、それをそのまま受け入れることのできない何かがウィルス王国の王族の中にはあった。

かと言って、ハリーが何も考えていない王太子だとは誰も思ってなどいない。王族としての自分もただの人間としての自分も大切にできる道を探しているようだった。それは、周囲の人間には好ましく見えるのだ。国王も決して冷血な国王ではない。ただ、ハリーはとても暖かい。

「フィラ、他の勇者を紹介しよう。」

ザックに背中を押され、ハリーに一礼しその場を離れる。

私はまだ自分の部屋に入っていないけれどザックに導かれ、勇者塔の中を進んだ。

ザックは騎士団長だ。

勇者に関連することは騎士団の管轄なのだとハリーが浴室を増設する時に知った。

ハリーが無理矢理ザックに承諾させたのだ、勇者塔の浴室の増設を。

「ザック、国民の期待を背負った勇者の疲れを癒す場所が必要だろう。私の個人資産から予算は出すから。騎士団の管轄だろう?ザックが承認すればいいだけじゃないか!今までも浴室を作った方がいいという意見はあっただろう?ザック、勇者のことは全てザックが一任されているだろう。お願だ」

あの時はすごい勢いでザックに詰め寄っていた。

いつも突然のお忍び訪問だけど、あの日も突然やってきて、「フィラ風呂は好きか」と聞かれ、頷くと途端にそんなことをザックに言い出したのだ。私が「お風呂は公衆浴場で大丈夫です」と伝えてももう手遅れだった。「好きか」と聞かれて頷いてしまっていたからだ。

あれで私は一つ学んだのだ。

「好きか」の問いに迂闊に頷いてはいけない。

ザックが2階の広間に近い部屋をノックする。

中から「はい」と声が聞こえ、ドアが開く。

ドアの中から緑色の髪をした青年が顔を出す。

「アイザック様、こんにちは」

「すまない、テオドール、少しの時間いいか?}

「かまいません」

テオドールと呼ばれた青年は綺麗な空色の瞳を私に向けていた。

ザックは自分の隣にいる私の背中を押した。私はされるがまま一歩前に歩を進めた。

「知っていると思うが、新しい勇者となったギプソフィラだ。一応、剣も魔法も使える。どちらもこれから鍛錬していく予定になる」

私はカーテーシをテオドールに行った。

「ギプソフィラと申します。これからよろしくお願いいします」

テオドールはニコリと笑った。

「僕は平民だよ、カーテーシってやつだよね?そんな礼は必要ないよ。ギプソフィラ様?は貴族なのかな?」

私は直ぐに言い直す。

「私も平民です。後継者が貴族だから、貴族式の挨拶をしてみただけですよ。様もいらないです」

そう一気にまくし立てて、勝手に様付けなしでいいって言ってしまったことに気付いた。

私の立場は結構微妙なはず。

本当に今の感じで大丈夫なのかな?

私は恐る恐るザックを見る。

ザックは笑っていた。

私は胸を撫で下ろす。

「ギプソフィラ様を呼び捨てて大丈夫なんですか?」

テオドールは迷いのない顔で真っ直ぐにザックを見て問いを投げた。

私ではなくザックに。

まぁ、私はまだ7歳だし、当然保護者であるザックに尋ねることになるのだろうけど、なんだか面白くない。

私は身を乗り出して、「大丈夫です」とザックとテオドールの間に入って返事をしてしまった。

ザックが吹き出して、テオドールが目を皿のように丸くする。

そして気づく。大人気なかったなぁと。

「珍しくちゃんと子供っぽいなぁ」

ザックの笑い声と共に聞こえた言葉にまた気づく。自分がいまは7歳児で大人気なくて当たり前の年齢だということを。

ザックに引き取られてからずっと貴族のように振る舞おうと努めてきて、この場で久しぶりの平民の感覚の人と出会いかなり気が緩んだようだった。

私はゲオとフローラルが亡くなってから久しぶりに声を上げて笑った。無意識に「貴族らしくしないと!」と思ってきたようだ。

私が声を上げて笑い出すとザックもテオドールも釣られて笑い出す。

3人で一頻り笑い終わるとテオドールが腰を屈めて私と目線を合わせてくれた。

「改めましてテオドールといいます。テオと呼んでくれたら嬉しいなぁ。僕は魔法使いで剣は使えないんだ。これから魔法は一緒に学んでいけると思うよ。宜しくね」

真っ青な空の色の瞳が真っ直ぐに私を見ていた。

私も真っ直ぐに見返す。

そして、手を出して「テオ、フィラと呼んで下さい。宜しくお願いします」と挨拶をする。

テオは私の手をとって、私たちは握手を交わした。

これが私が共に旅をする勇者パーティー仲間との初めての出会いだった。

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