3章ー7 疑惑と誓い

あの儀式から、私は少し寝込んでしまった。

身体的には大きな変化はなく、医師には「知恵熱だろう」と言われた。

生まれてきて、初めての事ばかりが起きた。

この世界の人は私が本当に7歳の精神だったらどうするつもりだったのだろうか?

私には生まれる前の加賀美かすみ時代の記憶も死後の世界の記憶もある。だからこそ耐えられたと言えるのでは無いかと思う。

それとも、私に前世の記憶がなくただの7歳児だったならば、純粋無垢にこの状況をやり過ごしたのだろうか?

考えてもわからない自問が浮かんでは消える。

熱で朦朧となった意識の中で、私は聞き覚えのある声を聞いた気がした。

「かすみ、お母さんはね、お父さんが大好きなの。今はお父さんにとって良くないことが起こって、お父さん落ち込んでてね、それでお母さんに少しきつくあたってるだけなの。本当はとっても優しくて強い人なんだよ。ただ、お父さんが正気を取り戻すまで待ってね。いつかきっと以前の優しいお父さんに戻ってくれるから」

加賀美かすみ時代の母の声が脳裏に響き渡る。

母にとってはかつて優しい夫だったのだろう。

それでも、私の思い出す限りにおいて、父が優しかった記憶はない。

母は、昔の優しかった父の幻影を見ながら、あの頃生きていたんだと思った。

そして、そんな優しい父と対峙したことのない私たちにその幻を強要していたのだとフと感じた時に激しい怒りが込み上げてきた。

弱々しげな母の顔を思い出す。

弱いことは実は罪なのではないだろうか、私達家族は母の弱さの上にあったのかもしれない。母が現実を見てくれていたら、もしかしたら、父から逃げることが出来たかもしれないのだ。

そして、いつだって暴力的で高圧的だった父。

父の顔は思い出せない。

まともに父の顔を見た記憶がないからだ。

父のことを思う時、魔物のように感じる。

何も出来ない自分と傷付けられる母と弟。

理不尽この上ない存在だった。

よく覚えていない父の顔に国王の顔が重なった。

暴力を振るう訳でもない、国民に慕われる国王。

一見すると、とてもいい国王だ。

そう、国民にとっては。

ただ、自分の孫を見るような目で見られなかった。

死んだ娘の子にあれほど冷たい他人行儀な目を向けられるだろうか。

国の繁栄だけを考えているのだろう。

そうだとしても、もっと子供たちにも愛情を持って接することは出来ないのだろうか。

加賀美かすみの父と根本は全然違うのだろうが、それでも、同じ匂いがしてならなかった。

私は、自分の大切な母であるフローラルがどんな思いで国王を見ていたのか思いを馳せる。

フローラルは国王である父に決して服従してはいなかった。その証拠が私だ。

そう思う一方で、強かな国王の目を思い出し、全て知っていたのではないだろうかと考えてしまう。

全て知った上で、国のためになるかもしれないと見て見ぬふりをしていたのではないか?

ザックが手助けをしていたのだから、、、ザックが一番大切にしているのは国と国王だと言っていた。

そのザックがフローラルティアの妊娠を国王に黙って手助けするだろうか?

絶対にあり得ない。

私は熱に魘されながら、身震いをする。

近親相姦をも見過ごし、私という勇者を誕生させた。王の色をした勇者を。

その勇者が必要だった?

でも、だって、そんな、じゃあ、お母さんは、泳がされていたってこと?

家族を捨てて、愛する人を捨てて、私を守るために身分も捨てた。

王族があんな辺境な村で自分達の力で生活をするということがどれほど酷なことか。

それを国王が仕組んだことなのだとすれば、、、

私にとって国王は一番警戒すべき相手になった。

そして、信じていたザックさえも、、、

ザックが国王を一番大切と答えた声が脳裏で響く。

ザックがなるべく私に真摯であろとしてる真剣な顔と頭を掻く仕草が目の裏に蘇った。

私は何故かしら涙が流れる。

ザックが私の味方ならいいのに、、、

私は、ザックのことをゲオのように慕っていたのだと改めて気づいたのだった。


3日後、熱が下がり起き上がれるほどに回復した。

しかし、私の頭は、まだモヤがかかったように重かった。

前世の記憶と国王の行いが重なり、私の表情は固いものとなっていた。

ザックを見ても笑顔になれない。

そんな私にリリーが心配そうに声をかける。

「大丈夫でございますか?まだ本調子に戻れないのですね」

リリーに全てをぶちまける気にはなれない私は小さな嘘をつく。

「えぇ、どうもまだ熱の時の身体の怠さが抜けないみたい」

リリーは「そうですか、無理なさらないで下さいね」と答えてくれる。

多分、色々察してくれているのだろう、深くは問いただしてこない。

そんなリリーには感謝しかない。

聞かれても自分でうまく喋れる気がしないのだ。

ノックの音と同時にザックが部屋に入ってくる。

リリーが直ぐにお茶の用意を始めたが、ザックがそれを止めて、私の前で足を止める。

「フィラ、身体は大丈夫か?」

私は頷いた。

「では。その顔の原因は国王とハリーか」

私はまた頷く。

本当はハリーじゃなくてザックなのだけど、、、

心の声が顔に現れたのだろうかザックが複雑な顔をする。

「それはどういう顔なんだ?」

ザックが腰を下ろし私の目線に合わせる。そして、大きな手で頭を撫でてくれる。

ザックの1番が国王であることは変わらないだろうけど、出会ってから私を大事にしてくれていることも事実だ。

ザックが心配そうに私を見つめる。

「ザックの1番大切なものは国王様なんだよね」

ボソリと漏れた言葉。

ザックはそれで全てを理解したらしい。

「フローラルティア様も色々察しておられたよ」

そう言って、ザックの視線が私を通り抜けた。もう一度、私に焦点が定められた視線は強い意志が込められているように感じた。

「フィラ、君は本当に察しがいい。国王は、国王になる前にご自身に宣言されたのだよ。何よりも国のために生きると。それは時として王子や姫を傷つけてきたことも知っている。でもな、国王も人の心を持っているんだ、無慈悲に家族を切り捨てる人ではないよ」

そして、ザックに抱きしめられる。

耳元から直接脳に響くようにザックの声が身体に響く。

「私は国王に命を捧げている。だから、君には心を捧げるよ」

一瞬意味が理解出来ない。

「フィア、君は素晴らしいよ。きっとレディとしても勇者としてもこの国一となると断言できるほどに素晴らしい。私はそんな君に心を捧げるよ。国王に命を捧げている身だから話せないことは多くあるけど、君に嘘をつくことはないし、腹の探り合いもしない。私のことをもう一度信じてもらえないか?」

抱きしめていた腕を解き、私の目を真摯に見つめる茶色の瞳。

私は自分がザックに対して疑心暗鬼になっていたことを思い出す。

もしかしたら、これも国王の命令なのかもしれない。

国王の掌の上なのかもしれない。

それでも、ザックの茶色の瞳に疚しさは露ほどにもなかった。

だから、もしこれが国王の掌の上であってもいいことにする。

身体中から力が抜けた。

ボロボロとまた涙がこぼれ落ちる。

なんだか最近よく泣いてるなぁ。

遠くでボンヤリ考えていると、ザックにまた抱きしめられた。

「本当にすまない。苦しい思いをさせて、、、」

私はザックの背中に手を回し、ポンポンと背中を叩いた。

「私こそごめんなさい。もう大丈夫だから」

わたしの涙は止まらないけど、無理に止めようとはせず、涙を流しながらザックに膝を折って見せた。

「ありがとうございます。アイザック様に心を捧げて頂き、心を捧げたことを悔やまれることのないように私も精進します。昔の私であれば、『そんな価値はない』と突っぱねていたかもしれませんが、私にとってもアイザック様はとても大切な存在で、貴方から裏切られると心を切られるように痛くなります。だから、私は私の心を守るためにこの誓いを受けます」

私は顔をあげ、アイザックの目を見返した。

「ギプソフィラ、立ち上がりなさい」

私はザックに言われるままに立ち上がる。

すると今度はザックが膝をおった。そして、私の手を取り手の甲に唇をつける。私はどうすればいいのか分からずされるがままだ。

「この心をギプソフィラに捧げる」

ブワッと魔力がアイザックの周囲を包み、その魔力は私をも取り囲んだ。その魔力の一部が私の中に入ってくる感覚を味わう。私の中に入った魔力が元々あった私の魔力と混ざりあっていくのが感覚的に感じられた。それはとても心地の良い感覚だった。

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