2章ー8 魔王と勇者

魔物図鑑には本当に多くの魔物が載っていた。

私が見たことがあるのはほんの少しだけだった。

「それでは120ページを開いてみて下さい」

ティーテクトに促され120ページを開こうとページをめくっていると、見覚えのある魔物が描かれていた。

私は120ページを開かず、その魔物のページを開く。

「どうされましたが?その魔物にご興味がおありですか?」

私はコクリと頷く。

「父の敵です」

ティーテクトだけでなく、リリーまで息を飲む音が聞こえてきた。

「ヤマタスネーク」

8つの頭が蛇のようにうねうねと別々に動くトカゲのような魔物だ。

心臓から頭を切り離せばその頭は機能を失う。

ただ、その体は堅く、普通の剣では倒せないと書いてある。

魔物のランクがその図鑑には書かれていた。

魔物のレベルは下級・中級・上級・魔級・超魔級に分かれていて、その中でも細かくレベル分けがしてあるようだった。

ヤマタスネークのレベルは魔級2であり、並の剣士でも魔法使いでも倒せるレベルではなかった。

父さんはやっぱりすごい剣士だったんだ。

私は、その魔物のレベルを見て再確認させられた。

ティーテクトが遠慮がちにその魔物の危険度を説き始める。

「ヤマタスネークは、魔級の魔物の中でもレベル2です。普通の人間は出会った時点で天に召されるでしょう。この魔物は首を一つ撥ねたくらいでは倒せません。しっかりと心の臓を傷つけなければなりません。しかし、この魔物の皮は非常に硬く剣を通しにくい、剣士にとっては天敵でしょうね。魔法なら、もう少し勝機があるかもしれませんが、頭が8つあるので8つの頭を同時に倒せるような魔法の精度が必要になります。勿論、威力を上げて広範囲魔力を出力して一気に倒すという方法もありますが、この魔物の魔力も多く、なかなか倒せる相手ではありません。もし、かたき討ちをお考えでしたら、どうかそれだけの力をつけてからにして下さい」

最後は遠慮なく力強く言い切ったティーテクトは厳しい顔をしている。

「私は多くの方が魔物に挑んで天に召されているのを存じています。魔物には意志はなく、本能で襲ってきます。頭を使う魔物もいますが、基本的に人間の魔石を狙ってくるのです。魔物に対して躊躇いはないようですが、恐怖で体が動かなくなる方が多いとお聞きします。私は貴女の訃報を聞きたくはありません。仇討ちをやめて欲しいとは言いませんが、せめて、それだけの力はつけてからに、、、何度も同じことを言いますが、敵討ちを考えられる方は負けると思いながら挑む方が多すぎて、、、」

ティーテクトの声はだんだんと小さくなっていく。

ティーテクトも魔物に大切な人の命を奪われたのかもしれない。

私の心配をしてくれているのが痛いほどに分かった。

「ありがとうございます。ティーテクト、そんなに心配して頂いて嬉しいです。でも、大丈夫です!私は必ず強くなります。父さんはヤマタスネークを倒しています。そんな父さんが私には剣の才能があると言ってくれました。私はもっと小さなころから鍛錬をしてきましたし、この邸に来てからも鍛錬を続けています。ザックには剣の先生も魔法の先生もつけてもらえるようにお願いしてみようと思います。だから、大丈夫です!」

私は笑顔で力強くティーテクトに大丈夫を繰り返した。

「それよりも、私は魔物についてもっと詳しく知りたいです。魔物と人類の戦いはいつからなのですか?」

ティーテクトがスッと背筋を伸ばし、深呼吸をして、私を見る。

「ギプソフィラ様、魔物は人類の歴史より古いとされています。人類が誕生してからずっと魔物と戦っています。いわば人類の歴史はどのように魔物を倒すのか、どのように魔物から逃げるのか、魔物との攻防の歴史です」

そこで一旦区切りをつけて、ティーテクトは言葉を区切った。

「これは歴史的証明のされていない確証のない話ですが、魔物にも魔物を統べる王が存在していると言われています」

私はその存在をなんとなく感じていた。

そもそも、魔物は色々な動植物をかたどっている。

人の形をした魔物が存在してもおかしくないし、それが魔物を統べる魔王だとしてもおかしくない。

「驚かないのですね」

ティーテクトは私が驚いていないことに驚いている。

私は何も言えなかった。

笑ってごまかしてみる。

「笑顔が怖いですよ。冒険者のお父上でしたか?その方にお聞きしたのですか?」

私は一瞬考える。

即座に返事が出来ず固まっているとティーテクトは私が魔王の存在を父さんに聞いて知っていたという事で納得していた。

私は魔王についてティーテクトに聞いてみる。

魔物図鑑には載っていない情報だ。

「魔王の存在は確認はされていません。勇者がどの時代にもいましたが、どの勇者も超魔級の魔物を倒したとの事実は書物に記されていますが、魔王については、、、ないのです。唯一残っている魔王の記述が500年前のホー帝国に現れた勇者が魔王と対峙し何もできずに帰ってきたという内容の一文です。ホー帝国の歴史書『勇者列伝』にある唯一の記録です。ただし、その時の勇者の実力も記載があり、その勇者が何もできずに帰還したことがとても不思議でして、、、戦いもせず、殺されもせず帰ってきたのです。帰ってきてからは尚一層剣と魔法の技術を磨いていたとの記載もあり、魔王が何をしたいのか全く意図がよめないのです。魔王も魔物と考えてよいのか、それとも魔王は知的生命と考えるべきなのか、、、ただ、今の世の中の風潮としては『打倒魔王』なのです、、、魔王が魔物に人間を襲わせていると考える人間が多く、、、本当にそうなのかは、不明なのです」

私はティーテクトの話に聞き入っていた。

「ティーテクトは魔王の存在を信じますか?」

私がティーテクトに尋ねるとティーテクトは何も言わなかった。

いや、何も言えなかったというのが正解かもしれない。

この問いに「いない」と言えば世間に背を向けることになるし、いると言えば、確証がない話を鵜呑みにしてしまうことになる。

貴族である彼は口を噤む選択をしたようだ。

私はため息をついた。

「じゃあ、勇者は?勇者の存在は認めますか?」

ティーテクトは顔を上げて頷いた。

「勇者は実際にいますから、勇者の存在は認めますよ。認めない人などいないでしょう」

そうなんだ、勇者の存在を認めない人はいないと言い切れるほどに、勇者の存在は人々に浸透していて、実際に目にすることが出来る存在なのか。

「では、勇者の定義を教えて下さい」

私はまだ勇者に出会ったことがない。

勇者という存在は魔物を倒すことが存在意義だと思う、

そういう意味では父さんは勇者だった。

勇者として人々に認めてもらうためには魔物を倒すだけではダメなのだろうか?

魔物を倒した数が大事なのだろうか?

「勇者は自分から勇者になることを宣言し、その後、王城にて勇者石に血を垂らし勇者石が光輝いた者が勇者を名乗ることを許される。また、勇者は、魔王をはじめとした魔物に立ち向かい人類の盾であり剣である。それが『勇者列伝』に書かれた勇者の定義です」

私は不思議に思った。『勇者列伝』はホー帝国の歴史書であるとティーテクトは言わなかっただろうか?

「『勇者列伝』はホー帝国のものではないのですか?」

「『勇者列伝』はホー帝国のものですが、その歴史的価値から人類の宝とされています。勇者の定義は各国同じです。勇者石もホー帝国だけでなく、各国に同じものが存在しています。だから、勇者は存在します」

ティーテクトの力強い声に私は自然と頷いていた。

ただ、それでいけばやはり魔王はいることになるのではないだろうか?定義に「魔王をはじめとした魔物に立ち向かう』とあるのだから、、、


私はそっと魔王の存在を心に刻んだ。

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