2章ー7 信頼できる人物

この世界には魔物が多くいる。

それは知っていた。

父さんが冒険者をしていたのだ、知らないわけがない。


朝リリーに起こされる。

大きなベッドで一人で眠ることにも慣れたし、リリーが朝起きてから夜寝るまでずっと一緒にいることにも慣れた。

リリーは本当に優秀なメイドなのだろう。

ティーテクトの授業が始まるとその存在感を最小にすることができるようだった。

リリーがいることで気が散るという事もなく、私はティーテクトの話をしっかりと聞くことが出来た。


1日のうち、午前中に立ち居振る舞いの勉強をし、午後からティーテクトの授業が始まる。

ザックが王都に出向いて早2週間。

私は淑女らしい振る舞いが出来るようになってきた。

実は、リリーしか知らない私の日課がある。

部屋で毎朝剣を振っている。

私は剣士になると父さんと約束をしていた。

父さんは本当の父さんではなかったけれど、父さんが私に「剣の才能がある」と言った声が頭に響いてくるのだ。

剣は休めばすぐに腕が落ちてしまう。

父さんに教えてもらっていた内容を朝自室で繰り返す。

ザックに剣の指導をお願いしたいと思っているが、忙しい彼は帰ってこない。

リリーが私の素振りを見ながらため息をつく。

「素晴らしい剣筋ですね。力はそれほどお強くはないでしょうが、綺麗な剣筋でなんでも切れそうです」

私はフフフと笑った。

「私の父の剣技なの。父さんはそれこそなんでも切っていたわ。今私が行っているのは父に生前教えて頂いた型を繰り返しているだけなのよ」

私は数日過ごすうちにリリーに対する敬語がとれ、普通に話が出来るようになった。

リリーはこの邸で一番信用できる人間だと思う。


私は魔法も少しずつリリーに教わっている。

勿論、魔法の家庭教師もこの地に送られてくるとは思うけど、今のところ、家庭教師としてこの家に新たに加わったのはティーテクトだけだ。

立居振る舞いはリリーが教師だ。

リリーは本名をリリーパルファ・エアブリー・クラーク。

ザックの遠縁にあたり、彼女の父親は辺境伯であり、伯爵位を持っている。

つまり、リリーは伯爵令嬢である。

彼女は一通りの教育を受けており、この国唯一の学校にも通っていたそうだ。

そんな彼女は家のために結婚をしたり、貴族の中で腹の探り合いをして過ごす日々にうんざりしていたらしい。

アイザックが縁戚関係にあり、彼の噂を聞くたびに彼の元なら自分らしく生きられるのではないかと考えたらしい。家を飛び出し彼のこの屋敷のメイドに立候補したそうだ。

アイザックも自由な人だと思うけれど、リリーパルファも十分に自由な人だ。クラーク家の血筋は行動力があり、自分の気持ちを大切にする家系なのかもしれない。


昼食後、1階の書斎に移動する。

私の後ろにはリリーが付いてくる。

私はもう少しで7歳になる。

110cmの私の後ろに165cmのリリーが付き従っているのだ。

絵面を想像して変な気持ちになる。

私は書斎の前で歩を止める。

リリーが前に移動して扉を開けてくれる。

私が入室して、リリーが入り、いつも勉強する椅子の横に立つとリリーが椅子を弾いてくれる。

少し高い椅子のため、いつもリリーが抱き抱えて座らせてくれる。

この何でもやってもらうという日常にも慣れて来た。

慣れってすごいと思う。

私は席につきティーテクトが来るのを待つ。

勿論、机の上には数冊の本が置いてある。

その内の1冊を手に取った。

それは魔物の図鑑。

どこに心臓があるのか、生息場所はどこなのか、どうやって退治するのが良いのか、素材として使える部位や大体の買い取り価格などが示されていた。

この魔物図鑑は最新のもので、この世界全体の魔物について書かれていた。

ペラペラ捲った数ページに載っている魔物の生息場所も様々な国と地域が書かれていた。

初めて目にした国の名前もある。

私がそうして本に目を通しているとティーテクトがやってくる。

ティーテクトの学習方法はこの本をめくるところから開始されているようで、この数日読んでいる本を閉じるように言われたことはなく、開いた本を中心に勉強時間が始まる。

「ギプソフィラ様は魔物に興味がおありですか?」

「いえ、魔物に興味があるというか、両親を魔物の襲撃で亡くしたので、魔物を1体でも多く減らしたいと思っていて、そのためには魔物を知ることは大事だと思っています」

ティーテクトは一瞬悲しげな表情を浮かべた後、大きく頷いた。

「よく分かっておられますね。敵を知らなければ戦えません。どこに出現するのか。何を好みどこが弱点か、しっかり頭に入っていれば楽に倒すことが出来ます。知識は力です。剣術も魔法も大切ですが知識を持っていれば最小限の力で効率よく戦えます」

私もティーテクトに続いて大きく頷く。

「ギプソフィラ様は文字も覚えておられましたし、教えがいがありますね」

ティーテクトは机に置いている本の内容は全て把握しているようで、本を見ることなく私にその本の内容を分かりやすく教えてくれる。

読めばよいところと読んでも少し理解が難しいところがあり、その把握も出来ているようだった。

数日前に勉強の合間のティータイムの時にティーテクトに質問をしたことを思い出す。

「ティーテクト、貴族の家庭教師は本の内容も全部暗記しているものなのですか?」

ティーテクトは笑って否定した。

「私は『知識を頭に入れる』という一点において、人より秀でているのです。他の貴族の家庭教師はここまでの知識を求めません。無駄な事はしない効率を求める貴族ですから、すべての知識を頭に入れようとはしないでしょうね」

私は前世のインターネット環境を思い出す。

スマホを開けば多くの知識が簡単に得られた。

そういうものが有れば貴族は飛びつくのだろう。

ただ、あれは自分で知りたいことを探さなくてはならなかった。

ティーテクトは私が関心のありそうな知識や思考の苦手を見つけて手助けしてくれるように知識を入れてくれる。

今でもスマホは便利だと思っているがティーテクトには敵わない。

「それならば、ティーテクトは貴族に大人気ですね。だって、効率よく勉強できますから」

私は尊敬の念を持ってティーテクトの素晴らしさを説いたつもりだったけど、ティーテクトは悲しげな顔をした。

「いえ、知識を詰め込んだだけの人間だと思われており、王都の貴族の間では変人扱いで、中々教師の仕事はないのですよ」

驚きの言葉だった。

私はティーテクトにずっと教えて欲しいと思うのに、貴族達はそう感じないなんて。

私の驚きにリリーが珍しく声をかけた。

「ギプソフィラ様、普通の6歳児はティーテクト様についていけないのですよ。幾分ティーテクト様も年齢を加味して優しくお話しされますが、それでもこの様に楽しくお勉強なさる方が少ないのです。貴族の見栄も多少あり、ティーテクト様を教師にしたがらないというのもありますが、ティーテクト様が優秀すぎて教わる側がついて来れないのです」

私は少し納得した。

私には前世の16歳までの記憶がある。

その上、勉強は嫌いな方ではなかった。

ティーテクトの教える年齢を15歳くらいにすれば良いと思うのだが、その年齢の優秀な子供はこの国唯一の学校に入るらしく家庭教師を必要としないらしい。

私は多分学校には入らない。

その時、何の躊躇いもなく言葉が出た。

「ティーテクト、それならば、私専属の家庭教師になって欲しいです。あなたが沢山知識を蓄えて私にずっと教えて下さい。きっと私は学校には通いませんから、教師は後10年必要ですから」

珍しくリリーが嗜める。

「ギプソフィラ様、勝手にその様なことをお約束なさってはいけません。旦那様とお話をされてティーテクト様の雇用条件も確認してお話しする内容です」

私はなんとなくザックはそのつもりなのだと思っていた。

私のための専属の家庭教師としてティーテクトを10年雇い入れているのではないかと。

ティーテクトが私の言葉に少し目を見開き、そして、ニコリと笑った。リリーの言葉を制して私に礼の姿勢を取る。

「ギプソフィラ様嬉しきお言葉。わたくしティーテクトはあなたの専属家庭教師になりましょう。今から10年。それまでに、より多くのあなたに必要な知識をあなたのために蓄えます。これからもどうぞ宜しくお願いします」

ティーテクトのよく通る声で私の専属家庭教師を宣言する。

あの日から数日。

ティーテクトは私に必要な知識を私の興味を持つものから教えてくれている。

この邸で私の信頼できる人が一人増えた。

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