第23話~深夜清掃パート編(2022年12月18日の話)三日目で根を上げる~

2022年12月28日更新


12月18日、深夜の清掃のパート勤務三日目。

他の先輩の真似をして生活スタイルを変えた。夕方寝て家を出る1時間前の22時に起きてご飯を食べる生活にした。起きてすぐにスパゲティと苦くて濃いコーヒーを飲んで眠気を覚まし出かけた。

会社に着いてすぐにお腹を壊してトイレに駆け込んだ。物凄い勢いの下痢をトイレの便器の中に投下した。その勢いが凄すぎて自分の出した下痢が便器の中で跳ね返り外にも飛び散った。それを自分で拭く。

始業時間が過ぎても下痢が止まらない。元々胃腸が弱い。昼間の勤務の時も朝起きてすぐに食べるとお腹を壊していたから朝食抜きで会社に行っていた。

今は深夜勤務だから、起きるのは夜だったので食べても大丈夫だと思ったが、やっぱり時間を問わず目覚めてからすぐの食事はお腹を壊す事が分かった。


お腹が絶不調の私にさらに追い打ちをかけるような事態が起きた。従業員2人が体調不良で欠勤をした。急遽私は7番ダイヤという担当にされた。これはトイレの日常清掃の事で、商業施設の4階お客様トイレ、7階お客様トイレ、7階従業員用トイレ、地下2階の従業員トイレの4か所全ての男女全ての便器を清掃することになる。

4階お客様トイレを先に清掃するように言われた。深夜2:30にトイレのエリアが消灯するからだそうだ。4階お客様トイレを清掃しようとした時、お腹がまた痛くなり大便所に駆け込んで下痢をした。

トイレを汚したが、どうせすぐにこの後私が掃除するのだ。問題はない。


まず床をクリーナーで除塵する。何か所もあるゴミ箱のゴミを手でまさぐり拾いゴミ袋に入れる。そのあとは、小便器と大便器を全て綺麗にするのだが、これも決まり事がある。

お客様が汚す箇所は赤色の作業道具を使う。赤色のゴム手袋をはめ、赤色のスポンジに洗剤をつけて大便器の便座を上げ、便座裏と便器の中、便器の外を全てスポンジでゴシゴシ洗う。そして便器の中にたまっている水でスポンジの洗剤を落とし、一度水を流し、また溜まった水にスポンジをつけて濡らしその水浸しのスポンジで先ほど洗剤がついた部分を拭いて洗剤を落とす。最後に赤色のクロスで吹き上げる。

小便器も同じ要領だが、この作業に加えて、小便器の排水溝のお皿も手に取ってスポンジでゴシゴシ磨く。次は排水溝の穴にブラシを入れてゴシゴシ洗う。小便器の内側上部の水が流れてくる所を歯ブラシみたいな道具でゴシゴシ洗う。


次は洗面台の掃除だ。便器以外の清掃は青色の道具を使う。

青色のゴム手袋をはめて、青色のスポンジに洗剤をつけて洗面台を磨く。排水溝はねじりブラシでゴシゴシ汚れを落とす。スポンジに付着した洗剤を水洗いして、青色のクロスで水気をふき取る。洗面台と鏡を水拭きした後にからぶきをする。

最後に床のモップ掛けだ。

モップ掛けをしている最中に突然、電気が落ちて真っ暗になった。2:30になってしまった。時間までに全て終わらずに、モップ掛けの作業を残してしまった事を先輩に携帯で伝えた。後でやってくれると言う。真っ暗闇を手探りで進む。真っ暗なトイレは迷宮にいるみたいだ。やっと明かりが見えてトイレの出口にたどり着いた。

次に地下の従業員トイレに向かった。便器の数に愕然とした。男女合計で25台はある。

7階のお客様トイレは男女で12台だった。この時点でかなり疲れていた。これから25台のトイレ掃除。戦意喪失した。本当にこの数を一人でやるのか?その時先輩が助けに来てくれた。助かった。また戦う気力が出てきたが、従業員トイレはお客様トイレと比べて古い。長年にわたって染みついたと思われる悪臭が漂っていた。おそらく真夏になるとさらにひどい悪臭になるだろうと思った。

便器のふたを上げて裏側を見るとどれも黄ばんでいる。

なんでこんな事をしているのだろうと私は凹んだ。自分のこれまでの人生を振り返った。そして会社を入っては辞めてを繰り返してきた自分を呪った。

私はこの便器の清掃を一生やっていくのか。自問自答した。このパートを1年くらい修行した後に正社員を探そうとしてもどんな職業に就けるのだろうか。

不安が大波のように押し寄せた。私は便器を掃除するために生まれてきたのかと思ってしまった。ただ、他にやりたい仕事もない。どんな仕事も続ける自信がない。

単調な仕事で、イレギュラーな事もなく、決まったやり方で黙々とやる仕事だと思ったからこの仕事を選んだのだ。ここに来た目的を再確認した。ただ黙々と目の前に転がっている自分が担当する便器を1台1台綺麗に掃除をする。それだけに集中した。


短い休憩を挟み、残りの階のトイレを綺麗にしていく。女子トイレの床には長い髪がたくさん落ちている事に気付いた。これを見過ごすと後で怒られると思ったので女子トイレの床の掃除機掛けは念入りに行った。

便器の蓋を上げて裏側を見て綺麗だった時は少しほっとする。

逆にオシッコの黄ばみや尿石がこびりついている箇所、糞の汚れがネットリついている時はメンタルがやられる。女子の大便器の蓋の裏側には血がべっとり付着している事もあった。男子の便器ではありえない事であった。


朝の7時25分になってやっと長目の休憩が与えられた。

死んだ目をしながら、死んだように机にもたれかかり、目を閉じて、しばらく動けなかった。便器数で言うと55台くらいを一人で担当する。こんなきつい仕事だとは思わなかった。

さらに冬という事で寒い。私は自分の部屋にいても寒い季節には、冷たい空気がズボンの裾から体に入って冷えただけでお腹を壊す。深夜の肉体労働。腰も痛くなり、眠りも浅くなる。この数のトイレを毎回行うのか。今日の夜も勤務が待ち受けている。行けるのか。

多分、私の顔がそう語っていたに違いない。心配そうな顔をして先輩が話しかけてくれた。「最初はトイレの数に圧倒されると思いますけど、慣れていきますから。一か月も経てば要領も良くなって感覚が変わってきますから」と言った。

私は「はぁ・・」と精一杯の返事をした。

副所長も私の気持ちを察してか、「今日はありがとう。今日の夜もよろしくね」と言った。私は今日でギブアップしたいですとは言いにくかったので言えなかった。


朝、母親からお疲れ様というメッセージが来たがスルーした。

私の心の中は泣いていた。他にできる仕事がない。この仕事をしたいわけではない。だが、この仕事を失うと無職になり余計に惨めになる。

しかし、この仕事をしても自分が惨めな気持ちになる。

もちろんこの仕事を好きで誇りにしている人はいるだろうが、私にとってはただただ辛い場所なのだ。

何をしてもうまくいかない。

私は行き場を失って、もがき苦しんでいるアリだ。

このアリにお疲れ様と言われても返す言葉が見つからないのだ。

家に帰り、ジョギングをしてお酒を飲んで眠ったが、3時間で起きてしまった。まだ午後4時くらい。

今日の夜にまた勤務があるが辟易していた。私はとうとう根を上げた。

自分が弱っている時は隣の芝生が青く見える。


先日たった6日間で辞めたばかりの海外営業職の会社の総務担当の方に以下のメールを送った。


「お世話になっております。

現在、社保の加入&喪失手続きをされている事かと存じます。

この度は、大変ご迷惑をおかけした事とお察しいたします。

改めまして申しわけありませんでした。


私は現在、商業施設の深夜の清掃のパートをしております。

時給1100円で週五日勤務です。

主に男女のトイレ掃除をしております。


トイレ清掃の過酷さ、深夜勤務が与える体への相当な負担、それに加え、寒さに凍えながらの仕事という事で人生の厳しさを思い知らされております。

同時に御社の仕事を挑戦する前に辞めてしまった事を大変後悔しております。


恥を忍んでお願いがございます。

一度は逃げてしまいましたが、私にチャンスを頂けないでしょうか。

もう一度御社で働かせて頂けないでしょうか。


いかに御社で働く事が恵まれていた事か、外の世界を知り分かりました。

今度は覚悟をもって人生をやり直したい気持ちでいます。


本当に勝手な事を申しているのは重々承知しております。

しかし私は、懇願する他ありません。


今、私は本当に人生の地獄のどん底に居ます。

この地獄から抜け出させてください。

心からやり直したい気持ちでいます。

宜しくお願い申し上げます。


佐々木 信一」


このメールに対する返事が来る前に、私はネットで「人生 相談」というキーワードで検索をした。そうすると無料で人生の悩みを聞いてくれる機関がある事を知り、早速電話してみた。

女性が出た。「どのようなお悩みですか」。


私はこれまでの経緯を説明した。転職ばかりしてすぐに会社を辞めて長続きしないこと。

精神科に長い事通院している事。就労支援センターや、認知行動療法の機関にもお世話になっている事。自分がこの先、どんな仕事をすればよいか分からない事。

特に、今、何をしていけばよいか分からない事。家族を養わないといけないプレッシャー。それに耐えられる状態ではないこと。そして今、一番聞きたいことは、清掃の仕事を続けるべきなのかどうかを聞いた。


女性は「それを続ける事に意味があるのだと感じられれば続けた方がいいと思います。今は色々な事を全て背負わないで一つだけでもいいからそれを乗り越えていく。それをだんだん一つずつ増やしていって自信をつけていくのがいいのではないでしょうか」と言った。


私は清掃の仕事を選んだ理由を改めて思い返した。とにかく今は正社員とかパートとか雇用形態を気にせず、仕事を続ける癖をつける事だ。そのためにこの仕事を選んだのだと思い返した。ならば今辛いから辞めては意味がなくなる。


私は女性に「清掃の仕事をもう少し続けてみます」と言って電話を切った。


だんだんと夜も遅い時間になり、出勤する時間が近づいてくる。外はめっきり寒くなってきた。またお腹が痛くなりだしそうな嫌な雰囲気を感じた。部屋の暖房を入れて暖かい布団にくるまった。頭の中で葛藤した。行きたくない。しかし行かないといけないのだ。出勤する時間を過ぎた。やっぱり行く覚悟を持てなかった。あのトイレの数に怯えた。寒さに怯えた。そして会社に電話をした。留守番電話の設定になっていた。伝言を残した。

「佐々木です。申し訳ありません。仕事がキツイので辞めさせてください。申し訳ありません」。


私の頭の中はごちゃごちゃしていて収拾がつかない事になっている。何を信じていいか、どんな判断を、決断をすればよいか分からない。

健康保険もめちゃくちゃな事になっていた。12月1日~7日まで在籍していた海外営業職の会社は、退職した事により、一度、保険の加入の手続きをしている途中だ。それが終わった後に今度は脱退の手続き(資格喪失)を行うという。全て完了するまでに数週間と言われた。

一方12月14日から勤務を始めた清掃の会社も12月14日から社会保険に加入する手続きを取ると言っていた。同時に、私は自身で国民健康保険料を払っている。

今の私の健康を担保してくれるのはどの団体なのだろうか。社会保険関係もぐちゃぐちゃになっていた。


深夜の商業施設のトイレ清掃のパートは3日間の勤務で終わった。そして私はまた無職になった。

なぜ子供がいて妻もパートをして頑張ってくれているのに私はいつも辛いことがあると簡単に逃げてしまうのだろうと思ってしまう。

本当に情けないと思う。

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