第19話~深夜の清掃パート編(2022年12月14日勤務初日)~

2022年12月22日更新


深夜の清掃バイト初日。0;00~8;30までの勤務なので、集合時間は23:30。原チャリで15分なので23時に家を出れば余裕だ。しかし家を出る間際から急激な眠気が襲ってきた。この日は深夜勤務に合わせてお昼ごろまで寝ていたから大丈夫だと思っていたが、夕方ジョギングをして食事をしてノンアルコールビールを飲んで、お風呂で体を十分に温めた。外は寒いからストーブで暖めた部屋でゆっくりしていたら、22時を過ぎた頃に急激に眠くなってきた。このまま眠りたい。行きたくないと思ってしまった。また会社に行きたくない病が始まった。なんとか行かねば。

妻の部屋に入り、「今から行こうと思っているけど、眠くなってきた~」と言った。

私は妻から、こんな深夜から家族のために働いてくれてありがとう。頑張ってね。という言葉をかけてもらいたかった。

そしたら妻から返ってきた言葉は「私にそんな事を言わなくていいから。みんな何かしら抱えながら、それでも嫌々会社に向かっているんだよ。私だって今日は朝会社に行きたくなかったけど、それでも頑張って行ったし、残業も90分やったのよ。社会は残酷な所なんだよ。自分が不満を言ったところで会社は助けてくれないから。私はそういう厳しい社会で生き残っていくために、わざと子供たちに厳しく接しているんだから」。

私は頭にきた。「今から社会復帰しようとしている自分に対してそんな事聞きたくないんだよ。子供たちは小さいころから厳しく教育していればある種のマインドコントロールがされて社会に適応できるかもしれないが、それとおれの状況を一緒にしないでくれ。俺はこれまで会社で色々な目に遭って、自信を失って、何をやればいいのかも分からない中で、自分の病気や特性に合った仕事だと信じて清掃の仕事をやろうとしているんだ。決して楽しみで働きに行っているわけではないんだ。それでも家族のためにお金を稼がなければいけないから本当は静養していないといけないのに頑張って社会復帰しようと頑張ろうとしているんだ。いつも裕子に不満だと感じるのは、ありがとうって言葉がないんだよ。おれは家族のために働いているからありがとうって言葉が欲しいだけなんだよ」と言った。

妻は「私とは価値観が合わないね。私はパートの仕事は自分のために行っているの。家族のために働いている感覚はないからそんな事を信一さんが思っているとは知らなかった。ごめんね。これからは仕事に行くときは家族のために働いてくれてありがとうって言うね」とお互いの価値観のすり合わせを行った。そして私は寒い外に出かけた。

11時15分ごろ会社に着いた。始業時間よりも45分早く着いた。グループリーダーと思われる髪がモジャモジャの男性が声をかけてくれた。優しそうだ。

「これからよろしくお願いします。」彼は「みんな年も近いし、無口でおとなしいけどいいやつばかりだから仲良くやってよ」と言われた。やっぱり深夜で働く人は類は友を呼ぶのかなと思った。私みたいに無口でおとなしい者同士が人との交流を求めているだろうか。他者と関わる仕事に適合しなかった者が集まるのではと思った。

私は作業着に着替えて勤務時間まで一休みする。とりあえず、どうせアルバイトだし、一日で辞める人も多いと言っていたし、気楽にやろうと思った。勤務終わってから、とんかつ屋さんで味噌カツ丼を食べる事を楽しみに頑張ろう。それだけを励みに一日頑張ってみようという感じだった。


事前に女性も一人働いていると聞いていた。絵里奈さんという名前だ。彼女がどんな人か楽しみだった。まあ40代と言っていたし、そんなに期待はしていないが。

続々と清掃部の人達が出勤してきた。私は自己紹介して挨拶をして回った。女性が入ってきた。彼女の方から挨拶をしてくれた。「絵里奈です」。「えっ」と思ったが、私も挨拶をした。

私の中の絵里奈という女性のイメージが変わった。


今日は初日という事もあり、定期清掃という二人一組で行う清掃作業を先輩社員と二人で教えてもらいながら行った。先輩社員は44歳。私より2歳上の同世代。優しくて丁寧な言葉遣いで教えてくれる。髪型が河童みたいだ。河童先輩は5、6年この仕事をしているそうだ。今いる従業員のほとんどの人がそのくらい続いているという。

「一日で仕事を辞めてしまう人もいるんですか」と聞いた。

「この前いたよ。その人は潔癖症なんだって。やってみたら思っていた仕事と違うって言って辞めちゃったね」と言った。潔癖症の人が他人の使ったトイレを掃除しようと思う事が無謀だろうと思った。

「先輩は何時に寝るんですか」と聞いた。

「夕方4時頃に寝て夜10時頃に起きるかな」と言った。

「朝勤務が終わったら、夕方4時までは起きてるんですか」と聞くと、

「そうだね。お昼ごろから晩酌して夕方まで飲んでるかな」と言った。

お昼過ぎに飲む酒を晩酌と言うのだろうかと思った。


仕事内容はお客様が使う商業施設のトイレをひたすら綺麗にすることだ。天井の埃を取ったり、床をポリッシャーという機械で洗浄液で磨いて汚水を浮かせて、バキューム機でその汚水をバキュームさせ、残った汚れと水気をモップでふき取る。

ゴミの入れ替え、洗面台の窓ふき、そして何といっても大変なのがトイレ清掃である。公園や公衆トイレではないので商業施設だから比較的綺麗なトイレだが、大便器、小便器をゴム手袋をつけながらスポンジに洗剤をつけて、あらゆる部分を手でつっこみ磨き、水で濯ぎ、タオルでふき取って仕上げる。床に顔をつけて、這いつくばった姿勢で普段は手の届かない場所も綺麗に磨く。それを永遠に繰り返す。用具も沢山あって、覚えきれない。まず、持っていく掃除道具をそろえる事が一人では少し時間がかかるだろうと思った。0:00から作業が始まって、2時15分から30分休憩があった。まだこの時は河童先輩とタバコを吸いながら雑談をする元気があった。次の休憩は6時10分~1時間休憩があった。私は眠気と疲れで机に突っ伏して寝込んでしまった。

残りの勤務一時間は勤務初日という事で河童先輩が商業施設を全館案内してくれた。夜、誰もいない商業施設の売り場は異様な光景だった。ふと気配を感じたと思ったら真っ暗闇の中から白いマネキンがこちらを見てる。少しびっくりした。エスカレーターも止まっている。その止まっているエスカレーターを階段代わりに降りていけるのは私たち清掃員の特権だと思った。驚いたのはあるケーキ屋さんのケーキがそのまま陳列されたままの状態だった。まさか昨日の残ったケーキをそのまま次の日に売る事はしないだろう。おそらく朝、店員が処分するだろうとは思ったが、何気ない発見があった。時々食べに行くレストラン階は、どの店も閉まっている。いつもはあんなに人で賑わっている光景を思い出す。まるで違う光景だ。子供たちが小さい頃よく遊ばせていた子供用の室内遊び場も真っ暗で誰もいない。よくここに来て遊ばせていたな~と思い出しながら通り過ぎた。


朝の7時30分ごろ。商業施設のテナントの店員が出勤してきて開店準備をしている。こんな光景を見られるのも貴重な体験だ。普段はお店で販売している姿しか見られない。

従業員休憩室がこんな扉の中の奥にあったなんて知らなかった。これから勤務開始を待っている従業員の人がため息をついていた。みんな仕事をする事は大変だし、ストレスだよなと思った。一度仕事モードになればいいが、プライベートから仕事モードに切り替える前が本当に嫌だよなと思った。

初日の勤務が終わった。清掃マニュアルは渡されてあったが、それ以外の細かい部分については書かれていないので、河童先輩が写真を撮ってくれてそれを簡単なレポートにしてくれて渡してくれた。それを見れば業務を思い出すと気を使ってくれた。優しい先輩だ。

朝、面接をしてくれた所長、副所長が出勤してきた。あいさつをした。笑顔の良い好青年の副所長は「初日はどうだった?疲れたでしょ」と労ってくれた。

「先輩が親切に丁寧に教えて下さり助かりました」と伝えると、

「じゃあ、いい感じかな。次の勤務もよろしくね」と言って下さった。

一日で辞めることも考えていたが、河童先輩の優しさや採用してくれた所長、副所長の気持ちにこたえるためにも暫く頑張ろうと思った。


会社を出ると、これから出勤する人たちで駅は人でごった返していた。

私は、トンカツ屋さんで味噌カツ丼を朝からがっつり食べた。そして夕方まで寝る。

普通と呼ばれる生活スタイルの世の中の人とは全く別の異次元の世界に飛び込んだと思った。

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