ソクラテスの憂鬱

@AOBA125

第1話

 誰しも一度ぐらいは、自分が何歳まで生きられるのかを考えたことがあるだろう。今が二十歳であれば、あと五十年は生きられるかなとか、長生きな家系であれば、九十歳を超えるまで生きるだろうとかだ。

 その男も、自分の祖父母も両親も健康的で長寿の家系であったため、自分の人生も長く続くものだと思っていた。

 しかしながら、ドンという突き上げた衝撃を背中に受けた時、過去に経験したことがないその衝撃が自分の生命を脅かすものであると男は悟った。

 「何故だろう」男は考えた。自分はまだまだ生きられるはずなのだ。


 「呪いらしいよ。」

 あれは、カズやんが言ったんだっけ。男は小学生の頃の、ある下校時のことを思い出した。カズやんはお調子者のムードメーカーで、嘘くさい話が大好きだった。

 「何だよ、呪いって。」

 冷めた顔して言ったのは片平だ。片平は、毎年学級委員に選ばれるような頭脳明晰な優等生なうえに運動神経も良く、さらにイケメンで、クラスの女子から絶大な人気があった。

 「だからさぁ、自分が呪われて死ぬ時、死ぬ瞬間に誰が自分を呪ったのかわかるんだってさ。」

 カズやんが興奮して話している。

「怖くね?」

 カズやんがチラリとタケシを見た。

 「ええっ、止めろよ、そう言う話。」

 怯えた声の持ち主はタケシだ。男らしい子に育つようにと『武士』と名付けたのに、本人はビビりで幽霊の話とかが大の苦手なのだ。カズやんはニヤニヤしながら、タケシの反応を見ている。タケシがビビるのが楽しいのだ。お前がタケシの呪いで死んでも、文句は言えないぞ。

 「呪われたやつは死ぬんだろ?」

 片平が冷静に言う。

「そうだよ。」

 カズやんがニヤニヤしながら答える。悪い顔してんな。

 「じゃあさ、自分は呪われて死にました、って誰に言ったの?呪ってるヤツのことは、死ぬ瞬間にわかるんだろ?誰かに話す前に、もう死んでるじゃん。」

 カズやんが、ポカンとした顔で片平を見た。

 「確かに。」

 カズやんが納得する。おいおい、あっさりと論破されるなよ。

 「なんだよ、またカズやんのウソかよ!」

 タケシがホッとしたように、カズやんを軽く小突いた。

 「ウソじゃねーし!大体、タケシがビビりなのがダメなんだよ。このぐらいでビビるなって言うの。」

 カズやんがタケシを小突き返した。

 「カズやんが悪い。」

 「タケシが悪い。」

 カズやんとタケシが、いつものように楽しそうにわちゃわちゃ歩く後ろから、片平と肩を並べてついて行ったっけ。その時、片平が俺の顔をチラリと見て、やれやれという顔で笑いかけてきた。俺も片平を真似して、やれやれという顔で応えた。俺は胸の高まりを感じた。すぐ下を向いたから、片平は気付かなかったけど、その時の気持ちを共有できたことが、まるで秘密を共有した共犯者みたいでとても嬉しかったんだ。


 背中に温かい液体が止めどなく流れるのを感じると、男は現実に引き戻された。自分の命を揺るがすこの衝撃は、誰かの呪いかもしれない。そうであるならば、今、ここで後ろを振り返ったら、一体誰の顔を見るのだろうか…。

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