第2話 舞

「お先に失礼します」

「ひかりちゃんお疲れ〜」


 設定温度は19度。肌寒いほどエアコンが効いたバイト先。居酒屋の裏口から一歩外に出ればうだるような昼の名残りがまだそこここに感じられる。


 サンダルの裏、ゴム底が溶けてしまいそうなアスファルトの熱さから逃げるようにコンビニに入る。吹き出た汗がまた冷えていく。

 今夏お気に入りの塩ライチ氷菓。それだけを買って気温差の激しい外へ戻ると、すぐにアイスの袋を開けた。


 長方形の白いかたまりの下にのぞく肌色の棒を持って直ぐさま口の中へ。


 と、その時。ドン、という大きな音が聞こえ道を歩く人たちが一様に上を向く。


 花火だ、という声を聞きながら私も夜空を見上げた。


 鮮やかな花が咲いては散り、また別の花が咲く。


 この地域では3年前から有志によるサプライズ花火が上がっていた。今日のこの花火もそのサプライズなのだろう。


 美しく花が舞う様子に見とれながら止めていた歩を進める。


「危ない、前見て」


 花火の音に消された微かな声は存外近くから発されていたようで、ぐいっと腕を引かれる。

 上ばかり見ていた私は咄嗟のことに驚きお気に入りのアイスを落とす。それと同時に先程までいた場所を自転車が颯爽と抜けていった。


「大丈夫ですか? いきなり引っ張ってしまいすみません。アイス弁償します」


 サンダルの横に溶け始めた氷菓がぐしゃりと割れ落ち、棒が飛び出していた。


 下を向く私の頭上ではまだ大きな音が響いていて声がよく聞こえない。

 顔を上げると長袖の白いシャツが見え、そしてひどく顔色の悪い男性がひたすらに謝っている。


「私こそぼけっとしてて、……助けてくださってありがとうございます。弁償なんてそんな」

「ですが」

「私こそお礼させてください。助けていただいたお礼を」

「お礼なんていただけません」


 花火の音に負けないようにと大きな声を出していたが次第に疲れてくる。それは目の前の彼も同じようで、私がふっと笑うと、彼もふっと笑った。


 大人びた雰囲気があったが笑うと幼くも見える。同じ年頃かもしれない。


 私は視界の端に見えた赤い自動販売機を指差す。すると男性もそちらを向いた。


「お礼と弁償はお互いに飲み物を買う、というのはどうですか?」


 私の提案に男性は優しく微笑んでくれる。

 微笑みの後ろに大輪の花が咲いていた。


 

 

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