第23話 クソ野郎(前半エランシス視点)
「ちっ…ああ!もう!」
クソ野郎(カーターとかいう馬みたいな顔の奴)が鎧についた血や汚れを嫌って、こちらを見もせず一生懸命にハンカチで拭いている。
私は、つかつかとその馬鹿面の元へと歩んだ。
「おい、お前」
「あ?…うわっ!!」
私の顔を見て大層驚き、四つ足をかきながら逃げていく。
負け犬とはこのことだろう。滑稽だ。
「待て待て、ローマンが死んだぞ」
言って首根っこを掴むと、「ひっ」と小さい声が聞こえた。
「ろ、ローマン?…ああ、あのオカマ王子…」
ひいひい言いながら、じたじたともがいている。
「……周りを見ろ。もう皆死んでしまった。屍の山だ」
きょろきょろと今更ながらに周りを見回して、自分が一人だけ生きていることに気づいたらしい。
目を溢れんばかりに見開いた。
「おい!起きろ!役立たずども!!死んでないで起きてなんとかしろ!!」
指を指してわあわあと叫んだ。
それがあんまり喧しいので、首を掴んだままクソ野郎の鼻先まで顔を近づける。
甘味の甘い匂いがした。争いの前に甘味など、随分とお気楽なものだ。
「お前、弱いな」
「なんだと!?僕はなあ、剣術で国一の負け知らず…」
「お膳立てしてもらったんだろ、オージサマ」
手を離す。
どさりと尻餅をついたクソ野郎は酷く息切れをしている。
「おい!マリア…ローマン!!」
しゃがんで目線を同じにすると、その男は蛇に睨まれたカエルのよう。
口をぱくぱくさせるばかりだ。
「なんだ、失禁しているぞ。ダメじゃないか。お仕置きが必要だな…」
ぶるぶると震えるそいつは、もはや王子様とは言い難い風貌だ。
「そうだ、お前が一番嫌なことをしてやろう」
「え…?」
どこからかたくさんのネズミや、蛇や、虫が集って王子を包み込んだ。
「うわ、うわあああああ!!!」
ばりばりと音を立てている。次第に悲鳴も聞こえなくなり
やがてネズミや虫は棲家へ帰る。
後には、傷一つない綺麗な武具が落ちていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「マリアンナ・チェリーウェル侯爵令嬢、君がこんなに積極的だとは…」
ベッドの脇で目を伏せるマリアンナは恐ろしく妖艶だ。
艶やかな唇は果実のよう。
「私の誠意です」
そう言って、その重たそうなドレスを脱ぎ捨てる。
だが、それはカーターの期待を一変させた。
「…え?」
マリアンナは上半身が裸のまま、その場に傅く。
「私の本当の名は、ローマン・ウィンストンと申します」
「う、ウィンストン…まさか…」
美しい淑女の彼は頷く。顕になる頸は女性そのものだ。
そして、信じられないことを告げる。
「私は死んだことになっておりました」
その事実はカーターの期待を裏切られたことを意味し、ただその事実だけに愕然とする。
ローマンは続けた。
「…父は、国王は愚王として処断、その命を我が手で終わらせました」
「な、なんと…!」
ローマンの本気に漸く気づいて、カーターは政治脳を巡らせようとした。
「我が国を乗っ取るおつもりですか?だが、今一度考え直して頂きたい。その為の、精一杯の誠意です」
カーターはふむ、とわざとらしくニヤついた。
「男を抱く趣味はありませんが…暇つぶしくらい付き合ってくれるんでしょう?」
「…慣れておりますとも」
ノーマンの頭の中で、姉の声が反響する。
頭の中で何度も繰り返して、擦り切れてしまった姉の声は掠れているけれど。
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