第13話 父と息子

「アイリス王女殿下を奪還し損ねたと聞きました」

すっかり淑女然としている中世的な顔立ちの令嬢は言った。


「私にはもう、お前しかいないのだ。マリアンナ、いやローマン…」

国王は、縋るような目でローマンを見るけれど、"彼"は意に返さず紅茶を口にした。


「息子も娘も貴方が捨てたのに、今更ゴミ箱を漁っているのに気が付きませんか」

「ローマン!」

「私がドレスを着ていることをどう思いますか?"父上"」

「お前が生きる道はそれしかなかったのだから…良かっただろ…」

おどおどと目線を泳がせている父を見て、ローマンはぷっと笑う。

「これは失礼。私を王室に連れ戻しますか?どうやって?チェリーウェル侯爵令嬢は実は男でしたと公言するのですか?」

そして、大袈裟に両手を広げて続ける。

「大スキャンダルだ」

「貴様、どういう教育を受けた」

「八つの時、私は貴方に捨てられた」

「違う。お前の立場を思えば、養子に出すことが一番安全だった」

「義父母は私を可愛がってくださった。質の高い教育も受けた。淑女としてね」

「仕方ないことだ…お前が侯爵家に養子に出たと知れれば、確実に命を狙ってくる者がいただろう」

「そう、王子としての私は死んだ。それほどまでに貴方は嫌われているのですよ、国王陛下」


ローマンはやおら屈んで靴を脱いだ。

「この高いヒールの靴、特注です。男の私には合うサイズの物がない」

「だからなんだ」

「哀れに思ってください、自分の息子を。それすらできないなら、私を王宮に連れ戻すことなどゆめゆめ考え召されますな」

目の前で揺れていた靴を王の前に放った。


「なあ、ローマン頼む」

「お姉様のことは諦めますか」

「あれはもう、魔物に心を売った」

「私は大挙して押し寄せた貴方方を追い返したお姉様を潔しと受け取りますが?」

「なんだ、父に対して講釈を垂れるじゃないか。偉くなったものだな、チェリーウェル侯爵令嬢殿は」

「そうやって魔物が現れた時に威勢よく噛み付いていれば、今ある未来も少しは違ったのではないですかね」

「なにィ!?」

国王の声は上擦ってひっくり返る。

「この国を見てください。軍事力も底辺、常に貧困に喘いで、国民は食うに必死。隣人の命をも取らん勢いだ。全て父上が成した功績です。大変ご立派だ」

「貴様、立場を弁えろよ」

もちろん、ローマンは国王の前でだけ息子であることを隠さない。

それは今、彼らが二人きりであることを示している。

「事実ではないですか。さて、ここで疑問に思いませんか?荒れて痩せ細ったこの国が、なぜ唯一誇れる景観を維持できているのでしょう。まさか、善良な国民が無償で修復、保全、管理、清掃の類を怠らないでやってくれているとでも思っていますか?」

「何が言いたい」

「お姉様にお帰り願うならば、違う視点から考えてみよということです」

「おい、まさかとは思うが…」

「この国の景観、弱小の我が国が絶妙なバランスで軍事攻撃を受けずに細々とでも生きながらえていること、これは全てあの魔物が干渉しているのではないでしょうか」

ローマンはにやりと笑って続けた。

「なら話は簡単だ。魔物共々お姉様に帰ってきていただけばいい」

「馬鹿なことを言うな!相手は魔物だぞ」

「で、父上はその魔物に何かされましたか?」

ぐう、と老いた国王の喉が鳴る。

「それは、二百年封印されていたから…」

「その二百年前、この国はどんな国だったのでしょうね」

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