ファーストフードを食べる時に僕が思うこと

渚 孝人

第1話

ファーストフード店、それはいつの間にか多くの日本人にとって馴染みの深い存在になった。

よっぽどの田舎でない限り、ほとんどの街に一軒ぐらいはファーストフード店があると言っていい。地方でも何となく車を走らせていると、赤い看板に黄色だかオレンジだかででっかく書かれた「M」の文字がいつの間にか見えてきたりする。下手をすると同じ駅前に2つか3つファーストフード店がある場合もある。いや、場所考えてから建てろよ、とつっこみたくなるレベルの密集度のことさえある。


その結果、多くの日本人はたまにハンバーガーとポテトを食べることになる。もちろん毎日食べるというヘビーユーザーも中にはいるだろうし、私はそんな油っこいジャンクフードは一切食べません!という健康志向の人もいるだろうけれど、大体の人はまあ週に1回とか、月に1回とかそんなレベルでファーストフードを食べているのではないだろうか。それかもしくは、自分が食べたいハンバーガーのキャンペーンの時だけ集中的に食べますよ、という人も中にはいるかも知れない。


みんなでワイワイと行くファーストフードは楽しいけれど、僕は一人で、のんびりと食べるハンバーガーが好きだ。最近のご時世の影響で今はドライブスルーの全盛期だから、昼のタイミングでなければ席は意外に空いていたりする。

中に入ったら、僕は一応キャンペーンのハンバーガーをチェックする。そしてそれがいまいちだったら、大体ダブルチーズバーガーとポテトのセットを頼む。付いてくる飲み物はその時の気分だ。腹が減っていたらそこにナゲットを付ける。スマイルを頼んだことは今のところない。


そして席についたら、僕は店の中をぐるりと見回してみる。

おお、ここのファーストフードはこんな風になっているんだ、と僕は思う。

ファーストフードのお店って、チェーン店だけど店の作りが一軒一軒違うのだ。人間の顔が一人一人違うように、ファーストフードはそれぞれの店が個性を持っている。


東京を代表とした都市部の店は、割とせまい。一階には席がひとつもないなんてことはザラで、客は注文してトレイを受け取ったあと、飲み物をこぼさないように注意しながら結構急な階段を上ることになる。

だいたいの場合、2階は禁煙席で3階は喫煙席みたいなスモーカーとノンスモーカーの住み分けがある(今は時代の流れで全面禁煙になってきているのだろうか?)。少なくとも僕が東京に住んでいた頃はタバコ派もまだまだ元気な時代だったから、2階か3階のどっちかはかなりタバコ臭かった。しかも禁煙席の方は結構な頻度で満席なのだ、これが。


それに対して、田舎の店は広々としたものである。くつろげる感じのソファーっぽい長椅子があったりして、背部の壁にはよく分からない外人がオープンカーに乗ってわいわいやっている謎の写真が載っている。あの外人、一見するとアメリカ人なのかなあ、と思うのだが、良くみると顔が結構濃くてイランとかの中東系なのではないか、と思うこともある。あの謎の写真がファーストフードの雰囲気を表しているとは到底思えないのだが、まあ楽しそう、というのが一番重要なファクターなのかも知れない。


そして田舎のファーストフードにあるあるなのが、小さな滑り台だとかたくさんのボールで満たされたプールのある、子供たちの遊び場だ。子供たちが遊べる場所がある、というのは大変結構なことなのだが、問題なのは表の通りに置かれたベンチに座っている人形がめちゃくちゃ怖い、ということだ。たまに夜にドライブをしている時、ベンチに赤毛で黄色い服を着た人が座っている!となってギョッとすることがある。あの人形は全然嫌いではないのだがせめて夜は室内にいて欲しい所である。


余談が長くなってしまったが僕が言いたいのは、新しいファーストフードのお店に入った時、僕は人生で今までに入ってきたファーストフード店を思い出すことがあるのだ。それぞれの瞬間に思い出があって、それらの思い出は何故かハンバーガーとポテトと飲み物たちに彩られている。今日はこれから、そんなことを書いていきたいと思う。



僕が覚えている一番昔のファーストフードの記憶は、小学校低学年のころのことだ。僕はその時母と代々木のMが付く店に来ていた。


店内は割と、混んでいたような気がする。おそらく土曜日か日曜日の昼下がりだ。

なぜ僕がそんな昔のことを覚えているかというと、その時景品がもらえるキャンペーンをやっていたからだ。おぼろげな記憶で申し訳ないのだが、確かプロ野球の12球団のマスコットか何かが描かれた4×4の折れる紙みたいなのがあって、それを折り曲げて行って2×2の面を作る、というルールだったはずだ。その4面のうち同じマスコットを何面かそろえると景品がもらえるのだ。(もし詳しく覚えている方がいたら教えてください笑)


僕はその時適当に折っていたら(あるいは母が折っていたのかも知れない)、たまたま3面くらいがそろって、プリンがもらえたのだ。今にして思えば何でファーストフードで景品がプリンなのかは謎だが、とにかくその時の僕はそれが異常なほど嬉しかったのだ。ただでプリンがもらえる、という不思議さが子供にとっては嬉しかったのかも知れない。


それと同じ頃、日曜日になると千駄ヶ谷の将棋会館へ行って、将棋を指していた時期があった。帰りの途中に父の車で最初のとは別のMの付くファーストフードの店へ行って、骨つきの大きなチキンを食べるのが楽しみだったのを覚えている。あれって舌をやけどするほど熱いのを重々分かっているのに、ついついすぐにかぶりついてしまうのだ。小学生にとっては、あのチキンはやたら大きく感じた。いや、今でも十分大きくてサクサクなのだが、あの頃はとにかく特別な美味しさがあった。


その次あたりの記憶は、小学4年生くらいの時、お茶の水のLが付く店でのことだ。その時代はそのチェーン店のエッグタルトがやたら美味しくて、行くたびに注文して食べていたのを覚えている。今じゃ販売しなくなってしまった?ようで何だか悲しい。

僕がお茶の水のお店にいたのは、塾が始まる前の腹ごしらえのためだったのだが、その店を出て塾へ向かおうとした時、Mr.childrenの「君が好き」がスピーカーからかかっていて、何故かそれを鮮明に覚えている。J-POPが全盛期真っ只中の、いい時代でもあった。


その頃はFの付くお店の振って混ぜるポテトも大好きだった。チーズ味だとかバター味だとかの粉をポテトが入っている袋に入れて心ゆくまで混ぜるのだ。小学生だったから、狂ったように振っていたのを覚えている。普通のポテトも美味しいが、自分で振って混ぜて作ったポテトは本当に格別だった。


中学になると、友達とファーストフードの店に行って、カードゲームでデュエルをすることも多くなった。別に教室の机でするのと何ら変わりはないのだが、ファーストフードの机って、何故かデュエルをするのに最適な大きさなのである。20代か30代の男性の方には分かっていただけるだろうか笑

とりあえず申し訳程度にポテトだけ頼んで周りもかえりみずデュエルに夢中になっているのだが、今考えてみたらはた迷惑な話である。でもなぜか10代の男というのは、カードゲームがとにかく大好きなのだ。


浪人のあと、埼玉の行田で合宿の運転免許を取っていた時期があった。

行田って結構何もないところだったが(行田の方ごめんなさい)、合宿所の近くにMのお店があって、たまにそこへ行って朝食を食べていた。例によって背部の壁にはやたら楽しそうな外人たちの写真がプリントされていたような気がする。


僕は仮免のL字クランクか何かでミスを犯し、不合格になってしまった。しかも具合の悪いことに次の日は仮免の試験自体がない日で、泊まり込んでいる僕は丸一日何もやることがなくなってしまった。僕はファーストフードのお店でぼーっとしたりだとか、大宮まで行ってぶらぶらして過ごしていた。

その店の前には長い一本道が通っていて、車がぶんぶんと走っていた。仮免に落ちてしまった人間が車の走る姿をただ眺めているという、シュールな時間だった。



そして僕はまた昼下がりに一人でのんびりと、ファーストフードを食べることになるだろう。ハンバーガーをかじり、ポテトをつまんで、たまに飲み物を口にしながら。


僕の周りでは様々な人が、同じように昼過ぎの時間を過ごしている。

中年の女性がコーヒーを飲みながら、小説のページを開いている。サラリーマン風の若い男性の2人組が、ビジネスの話をしながらハンバーガーを頬張っている。遅めの昼休みなのだろうか。母親が時折、男の子の食べ方を注意しながらスマホをいじっている。


名前も知らない、会ったこともない人たちの人生が、そのファーストフード店で一瞬交錯し、また離れていく。彼らは一体、なぜこの時間に、このファーストフード店に来ようと思ったのだろうか?

最近ヘルシーな料理が続いて、油っこいものが食べたくなったのかもしれない。たまたま職場の近くにその店があって、よく来るのかもしれない。あるいは、ただ腹が減って、ふと目についたファーストフード店に入っただけなのかもしれない。


どんな理由にせよ、その人たちのうちの多くには、僕はもう一生会うことはないだろう。駅でたまたますれ違うことはあるだろうけれど、ファーストフード店にいた人の顔なんて、お互い覚えてはいないだろう。


でも、僕は知っているのだ。

彼らがそれぞれに、今まで訪れたファーストフード店にまつわる人生の思い出を、その心の中に秘めているだろうことを。そこにはきっと楽しい思い出が、喜びが、驚きがあるだろう。あるいは悲しみが、切なさがあったのかもしれない。でもどんな思い出があろうとも、日本人の多くは、週に1回、あるいは月に1回くらいはファーストフード店に戻ってくることになるのだ。また新たな思いを心に刻みながら。


食べ終わったトレイを片付けてドアに手をかざすとき、僕の背後からは、「またお越しくださいませ!」という店員さんの明るい声が響く。

僕は心の中で、「ごちそうさまでした。心配しなくてもまた来ますよ。」とつぶやく。そう、結局はまた来てしまうのだ。このどこにでもある、素晴らしい場所に。

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ファーストフードを食べる時に僕が思うこと 渚 孝人 @basketpianoman

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