第27話 質問されました
シルヴィスさまはナイフとフォークを置くと、私のほうに視線を合わせ、口を開く。
「では、余からも質問してもいいだろうか」
「いいですよ、もちろん」
私に興味を持っていただけるならば、どうぞどうぞ。
訊かれて困ることなんて、……ない、はず。たぶん。
「最大の疑問なのだが」
「最大」
えっ、私、そんな謎多き女ではないつもりなんですが。
シルヴィスさまは頬杖をついて、しばらく私の顔を見つめた。
……え、なに?
ゆっくりと彼の口が開くのを、私は黙って見ているだけだった。
「正直なところ余は、一も二もなく、エレノアは余の提案に乗ってくると思っていた」
「偽装結婚の?」
「そう」
シルヴィスさまは、まだ私をじっと見つめている。
私の感情の動きを一つたりとも見逃しはしない、とでも思っているような視線。
思わず、身体を固くする。
「どうして拒否した?」
低い声。これに答えないことは許さない。そう命じられているような気分になった。
「だ、だって」
対して私の声は、頼りない。
「わたくし、言いましたわ。わたくしはシルヴィスさまと恋をしたいって」
「なぜ?」
「なぜって……」
どういうこと? 恋をしたいのよ。それだけだわ。
それ以上に、なにか言うことはある?
戸惑っている私を見て、シルヴィスさまは小さくため息をついた。
「では質問を変えよう」
「……はい」
「クロヴィスでなく、余である理由はなんだ?」
あ、そういうこと。
それなら答えられます。ちょっと恥ずかしいけれど。
私は指先を弄びながら、言葉を選ぶ。
「だ、だって……わたくし、シルヴィスさまがいいと思ったのですわ」
なんだか頬が熱くなる。嫌だわ、こんなこと、女のほうから言うのって、はしたなくないかしら。
けれどそれに返してくるシルヴィスさまの声は、硬い。
「どこが?」
えええええ。そこまで訊いてくるんですか。
でも、それで納得していただけるなら、言っておくべきかしら。
「えっと……お姿も素敵ですし」
「それなら、クロヴィスでも良いではないか。むしろ余はこれから衰える一方だ」
「それに……お優しそうですし」
「優しそうなだけで、余が本当に優しいかわかるほど、あの時点では接してはいなかった」
「あとは……その」
あれ? 出てこない。
でもなにかあったはずなのよ。
私、あのとき、シルヴィスさまが偽装結婚を提案したとき、この人がいいのだと思ったはずなのよ。
それは確かなの。
でも……出てこない。なんて言えばいいんだろう。
答えに窮した私を見て、シルヴィスさまは小さく息を吐いた。
「いや、すまない。意地の悪いことを訊いた」
「いえ、あの……」
「ともかく、そなたが言う通り、お互いにお互いのことを知らない。確かにこれからお互いのことを知るうちに、恋という感情が生まれることもあるのかもしれない」
そうよ。きっとそうよ。
だって私たち、魂が惹かれ合ったはずなのに。
なのにどうして受け入れてくれないの。
「だからまあ、ひとまず、行きたいところを決めたら言ってくれ」
シルヴィスさまは、そう締めくくると口元に笑みを浮かべた。
◇
「というわけで、どこがいいかしら」
またしても、後宮の客間で女子会が始まる。
だって私はオルラーフで生まれ育ったんですもの。
アダルベラスのいい場所は、やっぱりアダルベラス国民に訊くべきでしょう。
「なんだか漠然としてますねえ」
「どこがいいのかしら」
侍女たちは、顔を見合わせている。
「なにかこう……、もう少し具体的な希望があるといいのですけれど」
フローラが頬に手を当てて首を傾げる。
「そうねえ……」
私は頭の中で、『恋夢』の本を開いた。
アルとは主に、舞踏会とかそういうところで会っていたわねえ。
フェリクスとは……確か、遠乗りに出掛けたのだわ。一頭の馬に、二人で乗って。
リュシアンは、王子さまだから、ほとんど王城だったわね。
となると、やっぱり。
「遠乗りはどうかしら。どこか景色のいいところに行くとか」
「えっ」
なぜか侍女たちは私の言葉に戸惑うように身を引いた。
フローラがそれを説明する。
「いえそれは、おそらく許可が出ないものと」
「あら、どうして?」
私は首を傾げる。許可だなんて、大げさな。
「婚姻前の大事なお身体ですから。馬車に乗るのはいいと思うのですけれど、馬は危険ですもの」
「そう……」
私はがっかりして肩を落とす。
「『恋夢』みたいでいいなと思ったのだけれど」
「『恋夢』?」
あ。しまった。
私は慌てて口元を押さえる。
気を抜いて、ついローザと同じように。
「『恋夢』、とは?」
侍女たちは訳がわからない、という表情でこちらを見つめている。
な、なんだか恥ずかしいわ。
でも、誤魔化すような話でもない気がするし。
言っても別に構わないかしら。
「え、ええっとね、わたくしがオルラーフでよく読んでいた物語なの」
これくらいはいいだろう。
「もしかして、二人で一頭の馬に乗ろうとしたのではないですよね?」
ローザが冷めた声でそう指摘してくる。
うっ。その通りです。
ローザはあの物語、読んでいるんだものね、お見通しということですか。
「二人で? 一頭の?」
「駄目です、駄目です! 一人で乗馬も十分に危険ですのに、二人でなんて!」
驚いたように、侍女たちが言い連ねる。
そうかあ。駄目かあ。
「やはり現実からは程遠いですね、あの物語は」
ため息とともにローザが零した。
「どんなお話なんですの? 馬に乗る話?」
フローラがそう訊いてくる。
どうしようかと思っている間に、ローザが代わりに答えた。
「この世に存在しそうにない出来過ぎた男性三人から、主人公の女性が迫られて、どの人にしようか迷っている話です」
そんな情緒のない説明しないでよお。
もっと深い意味があるような描写とかあったでしょー?
だいたい、この世に存在しそうにないっておかしいでしょ。近い人、この国にもいたでしょ。
少なくとも、独身の公爵さまはいたでしょ! お腹の出てないオジサマもいたでしょ! クロヴィスさまは間違いなく王子でしょ!
私が変な目で見られるようになったらどうしてくれるのよう。
しかしフローラはこう返した。
「あら、そんなお話があるんですのね」
少々、明るい声だ。
おっ? これは。
「アダルベラスでは、そういった物語はあまり見ませんね」
「そうなの?」
「神話とか、戦記とか、そういうものが多いです」
「へえ。じゃあ今度、読んでみようかしら」
別にそういう話に興味がないわけではないのだ。
恋物語が一番好きなだけで。
「私どもも読んでみたいですわ。『恋夢』? でしたっけ」
「ああ、それは略称なの。『恋の夢の中で揺蕩う』っていうの」
「まあ、素敵ですわね」
おっ?
これはもしや、オルラーフではそんなに売れていないけれど、アダルベラスでは売れるのでは? 需要があるっぽいし。
私の中で、むくむくと、『恋夢』輸入の野望が湧いてくる。
上機嫌な私の表情を見たからなのか、ローザが小さくため息をついているのが見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます