第3話 知ってしまいました
我が国オルラーフとアダルベラスは、海を挟んだ国ではあるけれど、長年睨み合いを続けてきた。
三代前には、本当に戦が起こった。もう八十年近く昔の話だ。
そして攻め込んだ我が国は、結局、敗走したのだ。
その後、なんだかんだ話し合いをした結果、両国ともにこのままでは利はないという結論になり、和平協定が成立した。
で、ここからが間抜けな話なのだけれど。
アダルベラス国王にオルラーフ王女が嫁ぐこと、そしてその二国の血が入った御子がアダルベラスの王になるということでもって、その協定の証としよう、と決められた。
この時点では、誰もがそれを軽く見ていた。
すぐにその政略結婚は成立するだろう、と思っていたのだ。
その当時、オルラーフには王子しかいなかったのに。
たぶん、だけれど、時間が必要だったのだと思う。戦が起こってすぐに協定を成立させたところで、両国の国民感情は収まりはしない。
だから、一代過ぎたころに結婚すればちょうどいいのではないか、となったのだろう。
ところが。
オルラーフでは、やたらめったら王子が産まれた。やっと王女が産まれたと思っても、今度はアダルベラスに王子がいなかったりして、結局、三代あとまで引きずった。
子を望める年齢の男女が揃う、ということが、ここまで困難だとは誰も思っていなかったのだろう。
ちなみに男女が逆だといけた。けれど戦勝国の王に嫁ぐ、ということが大事なのでこれは却下された。
そして。
私の母は、嫁いですぐに懐妊した。当時、現アダルベラス王は九歳だったから、これはいける、と皆が期待した。九歳の年の差は十分に許容範囲だ。
けれど母が産んだのは王子だった。普通はお世継ぎをあげて喜ばれるところを、周りは意気消沈した。
長すぎた。待った時間が長すぎたのだ。もういい加減、戦のことは忘れて前を向きたいところなのに、政略結婚が成立しなければ忘れることはできない。
ここで父と母は意地になった。絶対に王女を産んでみせると意地になったのだ。
側室を迎えて確率を上げるという提案もされたようなのだが、父も母もこれを固辞した。
アダルベラス王は、オルラーフ王妃が懐妊したという報告を次々と受け、結婚することもできずに待つ羽目に陥った。
そうして産まれたのが、私の兄たちである七人の王子だ。
アダルベラスは王弟を結婚させ、血筋を確保しようとはしていた。
けれど、だからといってこれ以上は待たせられない。
母も、これ以上は限界だった。
これを最後にお互いに諦めよう、となったとき。
私が産まれた。
アダルベラス王は二十三歳となっていた。
そして今日、私はアダルベラスに輿入れする。
私はアダルベラス国王陛下に言いたい。
お待たせしました、と。
◇
私たちは甲板に向かって階段を上がっていく。
船乗りたちは私たちの姿を見ると、端に寄って頭を下げる。
中には涙を見せる者もいた。
「エレノア姫さま……お国のために……」
そんなつぶやきがときどき聞こえてきたりもする。
船の中は、どうにもどんより湿っぽい。それは海風のせいではなく、この船に乗り込んでいる人たちの涙のせいだ。
「もう、そんなに悲観することないのに」
「姫さまは楽観視しすぎです」
「でもまあ、アダルベラスでの立場は弱いわよねえ」
私はため息とともにそう口にする。そこは少し心配だ。
ローザは私の言葉に肩をすくめる。
「まあそうでしょうね。こちらは敗戦国ですし。おまけにずいぶん待たせてしまいましたし」
「でも、待ったっていうことは、あちらも望んでいたということでしょう?」
つまり、魂が惹かれ合った王女を、アダルベラス王も待ち望んでいたのかもしれないじゃない?
そんなことを考えていたら、どうやらニヤけていたらしい。
ローザは何度も首を横に振って指摘してくる。
「そんなだらしないお顔をされていましたら、お化粧を直した甲斐もありません」
「あら」
私は自分の頬を自分の両手で包んで、気合を入れ直した。
だらしない顔なんて、アダルベラス王にお見せできないわ。
「どうせ、魂がどうのこうのと考えていらしたのでしょう?」
呆れたようにローザが続ける。
大当たり。
「姫さまは、ちょっと物語にのめり込み過ぎです」
「そうかしら」
「そうですよ。陛下も王妃殿下もそれを心配なさって、私なんかを派遣したのですから」
私の婚約が決まって、そこで正気に戻ったのであろうお母さまは、さめざめと泣いた。何年にも渡って。
「ごめんなさい、二十三歳も上の方に嫁がせることになってしまって」
何度も何度も、そう謝罪された。
けれど母の苦悩はわからないでもない。
王子を産んだのに喜ばれもせず。側室を迎えることを是として認めなければならない危機を迎え。後に引けなくなってしまったのだろう、とは思う。
あまりにも何度も謝られるので、私はある日、お母さまを励ますつもりでこう言った。
「大丈夫よ。フェリクスも二十三歳年上だし! いけるいける!」
あのときのお母さまの顔といったら。
フェリクスって誰? なんの話? なんの暗号なの? と顔に書いてあった。
流していた涙はあっという間に引っ込んでしまったらしく、呆然として私を見つめていた。
娘が苦悩のあまりにおかしくなってしまったのではないかと本気で心配したらしい。失礼な。
「お父さまもお母さまも、心配しすぎなのよ」
「いや、普通に心配しますよ。姫さまの言動を見ていれば」
「そんなことはないと思うけれど」
「心配しますよ。そのあと『恋夢』を読んで、ますます心配してらしたようですし」
「うわ。お母さまも読んだの?」
「陛下も読みました」
「うわあ」
少なくとも、お父さまとお母さまには私の趣味嗜好はだだ漏れだったんですね。
それはちょっと知りたくなかったです。
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