第11話 惰聖女さん、うっかり聖人君子と勘違いされる。1


 アリシアはライセンス発行の手続きのためにギルドの建物に戻る。そのままライセンス登録の手続きを済ませ、クエスト受注の方法について受付嬢から説明を受けた。


 一時は、「将来年金も出るAランク冒険者になった」ということでテンションが上がっていたアリシアだったが、少し経って冷静になりだんだんと眠気を感じるようになってきた。


(明日の宿代くらいはあるし、今日は帰りたいな)


 それゆえ受付嬢に「では早速クエストは受注されますよね?」と訊かれた時、ほぼ反射的に、


「クエストは明日からで……」


 と答えたアリシア。

 すると、受付嬢は笑みを浮かべてうなずいた。

 だが、その後に続いた言葉はアリシアが予想していないものだった。


「そうですよね! アリシアさんには丸一日かかるような大がかりなクエストが相応しいと思いますから、そうしましょう!」


「え? あ、いやそういうわけじゃ……」


(丸一日かかるような仕事を受けたいなんて、一言も言ってないんだけど!?)


 だが、受付嬢は気分がよさそうに書類を広げていく。


「アリシアさんが来てくれて本当によかったです。最近なぜか強力なモンスターが多くて困ってたんですよ! 王都からAランク冒険者や騎士団の人を呼んで対応していたんですが、やっぱり彼らも王都での仕事がありますから、なかなかさばききれなくて、高難易度のクエストが滞留しちゃってたんですよ!」


 受付嬢はキラキラした目をアリシアにまくしたてた。

 とても「一時間くらいで終わるクエストでお願いします」等とは言い辛い雰囲気になっていた。


「こっちがワイバーンの討伐、こっちがトロールの群れの討伐、それからこっちはワーウルフの群れの討伐ですね。どれがよいですか?」


 アリシアは示された書類に嫌々目を通す。

 その中から、ワイバーンの討伐任務を選んだ。

 理由は単純で、他のクエストと違って、敵を一体倒せばそれでクエスト完了になるからだ。敵は強そうではあるが、上手くいけば仕事はすぐに終わりそうに思えた。


「ありがとうございます! では、このクエストを受理しますね。アリシアさんが強いとは言っても一人での討伐は危険もでてくると思います。なので即席ですが一緒にパーティを組んでくれる人を募集しておきますが、いかがしますか?」


「それはぜひお願いします」


「了解です、ではまた明日七時にギルドにいらっしゃってください」



 †



 翌朝。

 アリシアは眠気まなこをこすりながら、ギルドにやってきた。


 すると受付の近くに数人の男たちが待っていた。

 その中には、アリシアの舎弟(非公認)もいた。


「おはようございます、姉貴(アネキ)!! オレも今日のクエストに同行させてもらいます!」


 パーティにこのハイテンション男がいると知ってアリシアは内心げんなりした。


(でもまぁ、アイツも一応Bランク冒険者だし、いざとなったら役に立つかな……うん)


 と自分を無理やり納得させる。


「おはようございます、アリシアさん。それでは今日のパーティメンバーは全員揃いましたね。では、皆さんお気をつけて」


 受付嬢に促され、アリシアは渋々という表情でギルドの建物を後にした。


 †



「うう……つらい……つかれた……かえりたい……」


 ぶつぶつ文句を言いながらパーティの先頭を歩くアリシア。

 提示された中では一番ラクだろうと思って選んだワイバーン討伐クエストだったが、実際のところアリシアにとってはとんでもないハードワークだった。


 ワイバーンなんて探す手間もないし、一体倒せばいいだけだから討伐も楽勝だろうと考えていた。だが、アリシアはワイバーンが生息するのが山奥だということを知らなかった。

 確かに倒すモンスターは一体だけで済むが、そもそもそこにたどり着くまでに数時間を要するのだ。


 アリシアの華奢な脚は、山登りのためにはできていなかった。


「姉貴、もう少しで火口につきますよ!」


 と、舎弟(非公認)のアンガスが言う。そこから20分ほどで歩くと、ようやく目的地にたどり着く。


 アリシアの数十倍はろう巨体の上級モンスター、ワイバーンがそこには鎮座していた。

 

「グァァァァァッ!!!」


 ワイバーンがアリシア一行を見つけると、すぐさま威嚇の雄叫びを上げた。

 その圧に他の冒険者たちは慄(おのの)く。


 だがアリシアはさっさと倒して、一刻も早く寝床に帰ることしか考えていなかった。


「<アイスニードル>ぅー!!」


 アリシアの前方に大量のつららが現れ、一斉にワイバーンへと襲い掛かる。

 ワイバーンは口から火炎を吐いてそれを迎撃しようとした。だが、それが運の尽きだった。ワイバーンはアリシアの攻撃力を見くびっていた。


 アリシアが放った最初の攻撃は、ワイバーンの火炎によって溶けてしまう。

 だが、アリシアはすかさず次の攻撃を打っていた。ワイバーンが防げたのは一度目の攻撃だけだった。立て続けに来た二度目の攻撃には、反応が間に合わずなすすべがない。


「グァアァッ!?」


 大量のつららがワイバーンの胴体と翼を貫き、あえなく地面に落下するワイバーン。


 そこに、アリシアはとどめとばかりにさらにスキルを打ち込む。


「<アイスニードル>ぅー!!」


 体中を串刺しにされたワイバーンは、そのまま鳴くこともなく息絶えた。


 その様子をただ後ろから見ていた他の冒険者たちは、改めてアリシアの強さに衝撃を受ける。


「ワイバーンを瞬殺するなんて……」

「こんなの騎士とかAランク冒険者でも無理だろ……」

「すごすぎる……さすが伝説の聖女様だ……」


 だが、そんな周囲の称賛の言葉は、当のアリシアの耳には届いていなかった。

 彼女の頭にあるのは――宿のベッドだけだった。


(はやくかえろッ! もう疲れた!)

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