詩集 尊いものたち

かさかさたろう

第1話 花びら

私たち夫婦の結婚記念日は

11月の半ばで

ある時 隣人のおばあちゃんの家に

頼まれた買い物を済ませて

寄った際に シクラメンを貰った。


「どれでも好きなものを 持っていきなさい」


そう言われた私は

紫の少し濃い 赤紫色をした

花びらの形の面白い広がり方をしている

シクラメンを選んだ


夫婦の記念日の前日だった

私は本当に 少しの華やかさになればいいと

そんな気持ちで 貰っていこうとしたのであった


「じゃあ これを」


そう言って 触った花びらが

なんとも柔らかくて

優しい触り心地をしていたのを

私ははっきり覚えている。


世はインターネット時代である

インターネットとは

人と人をすぐに繋ぐことが出来る

便利なものである

時に人の心に灯りを点す

素敵な言葉が並ぶ船であるが


同時に簡単に

人と人を切り離し

人の心に傷をつけることが出来るものだと思う


私はネット上に巣食う悪意が許せない

人を簡単に貶めようとする

あの魔性が許せない

それはきっと 私の中にもあるのだろう


時々私は 私が許せなくなる


固く心を閉ざすような

時代になってしまったなとも思うのである


シクラメンの花は 開いていた

まるで「世の中の全てを 私は受け入れる」

そう言わんばかりであった


私は元来 花を愛でる性格では無いのだ

どちらかと言うと 動くものが好きで

植物図鑑より 昆虫図鑑や動物図鑑を

好んできた性格である


しかし 大人になるにつれて

花の良さが だんだんと 分かってきたのかもしれない


花は喋らない


花は動かない


花は嘆かない


それでも花は愛おしいのである


ちょうど 私には娘がいて

娘が新生児だった時のことを思い出す。


新生児は喋れないし

ずっと眠っているし

時々は動くけどほとんど動かない


しかし私は娘を産院で ずっと 見ていた


一生懸命 生きているものは 美しい

一生懸命 生きているものは 愛らしい

一生懸命 生きているものは 誇らしい




とはいえ 現代社会には

途方もなく大きな 荒波が待ち構えている


休むことも 生きることだ

花だって新生児だって眠っているのだ

日本人は眠らなすぎるのだ


眠ること 休むことも生きることである


事細かに 語るつもりはなかったが


人間にも 大きな花が宿っているのである


それは誰しもに 想像も出来ぬほど

大きな そして 綺麗な花が

宿っているのである

それは決して 仕事が出来るとか

勉強ができるとか

そういう次元のものではない


大切なことは

私にも あなたにも

そして彼らにも

大きな花が宿っていることである

人生とは

その花を 如何に咲かすか

そういう戦いである


しかし 間違うなかれ

早さとか 大きさを

比べる戦いではないのである


私が あなたが

それをいかに咲かせるか


そういう真剣勝負なのである


外野の声は関係ない


そんな余計なことを言う口には

靴下を丸めて放り込んでおけばいいのである


そしてその花びらは

私が触ったシクラメンと

きっと同じ柔らかさを 持っているだろう


その花が きっといつの日か

誰かを優しく包む 花びらになるだろう

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