第2話
体がふわふわと浮いているような感覚に襲われる。
右に行き、左に行き、前に進んだかと思えば後ろに
揺籠に揺さぶられているように、まるで赤ん坊に戻ったかのように
そんな安らぎの空間を破壊するように
「うるさ!!」
馬のいななく声が耳に響く。
「最悪の目覚めだ」
少し薄暗い路地裏で
「おはよう異世界」
目が覚めた。
◇◆◇◆
異世界生活一日目
やりたいことは無限にあるが、あり過ぎて何から始めればいいか分からない状態に陥っている。
だから最初は
「チュートリアルだよな」
アテネから渡された紙を取り出す。
『教会には多少ですが私の力が及びます。何か問題があるならば是非訪れて下さい』
教会か。
ゲームとかではよく見るが、実際に行くのは初めてかもな。
「地図かスマホでもあればよかったんだけど」
俺はプラプラと街中を歩く。
だが、直ぐに地図なんか持っていなくて正解だと分かる。
「あれって武器屋か!!」
歩いていると見つけた店、武器屋。
居酒屋や服屋の間に当然のように建てられいる違和感。
その日常に溶け込んだ風景が、俺の厨二心を動かした。
「す、すげぇ!!なんだあれ、本当に剣なのか!!」
およそ人が持てないであろう巨大な剣や、斬るというより潰すをイメージしたものなど、ファンタジー属性高めの武器が大量に飾ってあった。
「お、兄ちゃん。うちの品気に入ったかい?」
「ああ。気に入ったも何も、最早感動って感……ドュ、ドュワーフゥウウウウウウウウウウ!!」
そこには小人と勘違いしてしまいそうな見た目をしたおじさん。
だが知っている。
これは異世界でよくいるドワーフという種族だと。
「あ、あの、ずっとファンでした。握手して下さい!!」
「ファン?へへ、俺の武器も遂にファンを持つ領域にまで至っちまったか」
ドワーフのおじさんは照れながら俺の手を握る。
岩と錯覚してしまう程ゴツゴツした手。
長年の研鑽が垣間見える。
「どうだい?買ってくか?」
「是非!!……と言いたいけど、俺金ないんですよ」
一文無しのスタートはかなり面倒だな。
ケチ臭い王様でももう少し金はくれるんだけどな〜。
聞いてる神様?
「もし余裕ができたらまた来ますね」
「おう。それなりにサービスしてやるよ」
気前のいいドワーフおじさんと別れを告げる。
「いやぁ、なんか実感湧くなぁ」
俺、本当に異世界に来たんだな。
周りを見れば、物珍しいものばかりが広がっていた。
知らない食べ物。
知らない道具。
知らない景色。
どこを切り取っても、俺にとっては真新しい物でいっぱいだった。
そうやって余所見しながら歩いていると
「ちょ、気をつけろよ」
「ん?悪い、ぶつかったか?」
「そうじゃねーよ」
ぶつかった感触はなかったが、難癖つけられ肩を引っ張られる。
カツアゲでもされるのか?
「何ボケッとしてんだ。死にたいのか?」
「いやもう一回死んだけど……カツアゲするなら俺金持ってないけど」
「カツアゲ?むしろ俺は心配してだな……ヤバ!!おい行くぞ」
無理矢理壁際まで持っていかれる。
さすがにキレそうになったが、周りを見ると皆が壁に逃げるようにくっついていた。
「パレードでもあるのか?」
「そうだったらよかったけどな。来るぞ」
名前も知らない男の視線の先を見る。
そこには
「あれって……」
気温はどちらかというと暑いこの日に、長袖長ズボンを着け、足にはロングのブーツ、手には真冬くらいしか着けない手袋。
髪の毛一本すら見せない帽子をつけ、顔には謎のマスクをつけた人物。
そう、確か名前は
「白鷺芽依」
「おま!!恐れ知らずなのか!!」
名前を言うと、男が驚愕する。
「そんな禁忌みたいに扱わんでも……」
「禁忌みたいじゃない、禁忌だ。呪いが移るぞ!!」
「そんな子供みたいなこと言わんでも」
「いいから!!とりあえずお前あっち向いてろ!!」
視線を壁に向けられる。
いや力強いな。
俺の体が貧弱なのもあるが、だとしても体ピクリとも動かせない。
仕方なく壁のシミを数えていると
「行ったか」
拘束が解除される。
「首いてぇ」
「悪いとは思うが、一応恩人だと自覚して欲しい」
「あんがとあんがと」
「もしかして王都に来るのは初めてか?さすがに化け物の名前は知ってたようだが、かなり田舎から来たんじゃないか?」
「あ、あー、実はそうなんだよ」
知識の浅い俺としては、常識知らずの田舎者の方が都合がいいかもな。
「やっぱりな。平和ボケしたような様子だが、いくつかの修羅場を乗りこえてきてる。王都から離れた場所は色々と大変そうだからな」
「そ、そんなとこだ。随分と観察眼に優れてるなー」
全然間違えてるけど
「当たり前だ。俺はこれでも宿屋の息子だからな。毎日来る客を見続ければ、そういう力も自然とついちまう」
「へぇ、宿屋か」
偶然会った相手が宿屋の息子か。
「なんか裏を感じるが、まぁ細かいこと気にしてたら生きていけねぇか」
「俺の名前は冬夜だ。お前は?」
「(こいつ絶対コミュ強じゃーん)俺の名前は文清。気軽にカイザーと呼んでくれ」
「(あ、こいつやばいかも)おう、よろしくな文清」
こうして俺は、この世界で初めての友達を手に入れた。
◇◆◇◆
「もし夜までに金が無かったら泊めてやる。もちろんツケだがな」
そう言って冬夜と別れる。
ついでに教会の場所を聞き、俺は真っ直ぐと向かう。
「なんだか都合がいいな〜」
『それはもちろん私がアシストしてるからですよ、文清』
「その声は神様!!」
『はい、みんな大好き神様ですよー』
突然頭の中に声が聞こえる。
「こんなことも出来るのか」
『神ですから』
「神のくせに世界の一つも救えないのにか?」
『ウグゥ!!』
断末魔みたいな声が聞こえる。
『で、ですからこうして文清を派遣しているんです。文清が世界を救えば間接的に私が救ったと言っても過言じゃないので、お願いしますよ!!』
折半詰まってる。
もしかして神様界隈では結構一大事なのかも。
『前にも言いましたが、私があまり世界に干渉できません。ですが、先ほどのように都合の良い展開のようなものはある程度使えます』
「チートじゃん。こりゃ異世界楽勝だな」
『そう言ってもらえて助かります。ちなみにさっきのと今の会話で今日の力は使い切りました』
「ゴミじゃん」
思ってたよりしょうもなかった。
神パワー弱すぎだろ。
『さて、私のアシストはここまでです。後は文清にお任せします』
「おう、任せろ」
『なんだか少し心配ですが……まぁいいでしょう。それと教会に信託をしておきました。かなり融通がききますので、後のことは頼みました』
そう言ってアテネの声はしなくなる。
「う〜ん、なんだろうこのチュートリアル感。まるでゲーム世界みたいだな」
そんなことを思いつつ歩いていると
「あ、ここか」
俺は教会に到着する。
周りの家はよくあるコンクリ建築の中、ゴリゴリの西洋の建物が建っている違和感がすごい。
しかも神々しさがめちゃくちゃ漂ってきている。
リアル神よりも神秘的じゃないか?これ
「教会とかどうやって入るんだろ?作法とかあんのかな?」
辿り着いたはいいが、どうやって入るか迷っていると
「もしや……阿部様でしょうか?」
「え?あ、はい」
声を掛けられる。
ビニール袋を持ったシスターは、買い物帰りなのが丸分かりである。
え、シスターの格好で買い物行ったの?
てか
「俺の名前……」
「失礼致しました。私はここでシスターをしているテイラと申します」
「あ、ご丁寧にどうも。俺は文清って言います」
「存しております。立ち話もなんですので、どうぞ中に」
なされるがままに俺は教会の中に入った。
◇◆◇◆
「どうぞ」
「ありがとうございます」
俺は出てきた紅茶に口をつける。
「美味しいですね」
ちなみに俺は紅茶よりも、炭酸飲料をガブ飲みする方が好きである。
つまり全く味の良さが分かってないわけだ。
「お口に合ったようでなによりです」
別に全然口に合っていないが、とりあえず作り笑いを浮かべておく。
テイラさんも丁寧な所作で紅茶を飲み
「それでは本題に入りましょうか」
「その前に、どうして俺の名前を?」
と聞いてみたが、返ってくる答えはなんとなく予想出来る。
「それは神のお告げがあったからです」
まぁ本人言ってたからね。
でもとりあえず詳細を聞いておかないと後で痛い目みそうだしな。
「阿部様は将来、大きなことを成すお方。ですので、私達は僅かながらそのお手伝いをさせて頂きたく思います」
そう言ってヌルリと出されたのは
「とりあえず金貨100枚ですね」
「……ふぇ?」
アテネから貰った紙に書かれていたことがある。
金貨1枚=現金一万
「う、受け取れますよそんな大金!!」
「あ、受け取るんですね」
いつの間にか懐にお金を入れていた俺。
手が勝手に動いてしまったのだから仕方ない。
詐欺にあって以降、お金には敏感なんだ。
「こんな態度ですけど、本当に貰って大丈夫なんです?」
「もちろんです。神は今まで何度もそのお告げにより世界を救われてきました。今回、阿部様に渡すお金も世界に比べたらちっぽけなものです」
ニコニコと対応してくれるテイラさん。
随分と神様に熱心なようだ。
そこで俺はついこんな疑問を口に出してしまった
「今までに神様から呪いについて神託されたことってないんーー」
バキッ
刃◯?
「うわぁ」
ガラス板の机にヒビが入っていた。
もしかしたらテイラさんはグラップラーなのかもしれない。
「申し訳ございません。教会内でその言葉はタブーとなっていますので」
「す、すみませんでした」
テイラさんの笑顔が一瞬剥がれる姿はホラーだった。
それにしても、呪いはこの世界だと本当に嫌われているようだ。
まぁ前世でも良いイメージなんてみんな持っていなかったがな。
だが
(神様ならこの人達に呪いのついて話せばいいのでは?)
そんなことを思ったが、多分それも出来ないからこその俺なのだろう。
もしかしてだが、世界の呪いへの認識も変える必要が出てくるのか?
「……」
とりあえずお金も手に入ったことだし
「いつかお返ししますね」
「いえいえ、むしろ足りなくなればもう一度来て下さい。私達は貴方様のご活躍を祈っております」
「はは、ありがとうございます」
居心地の悪さを感じ、まるで盗人のように俺はコソコソと教会を後にした。
◇◆◇◆
そんなわけで金と宿が確保できた。
とりあえず異世界で野垂れ死ぬ可能性は大きく下がった。
異世界チョロい……とまではいかないが、暇な時間ができたことは確かだ。
そうなると
「行くしかないよな」
異世界あるあるの一つ
「冒険者ギルド!!」
スキップしながら中に入る俺を
「あの人なら……」
じっと見つめる存在に、俺は気付かなかった。
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