第54話 亡者の戦い方

 


 使用人の右手は手首から先がなくなっていた。買い物籠が道端に転がり、果物やパンなどの食料品類が散らかっている。

 使用人は額から引き抜いたナイフを振りかぶり、デリックへ向けて一歩踏み込む。だが、その刃がデリックに突き刺さるより前にフレイシアの魔術が使用人を襲った。鋭い風の魔術が左手首ごとナイフを吹き飛ばす。

 奇襲に出鼻をくじかれた亡者の使用人は血飛沫を残して後ずさった。その鋭い視線がフレイシアの方へと向けられた。

 同じく後ずさってきたデリックが、敵から目を離さずにフレイシアへ問いかける。


「あんた何しに来た」

「助けに来たんですよ。見て分かりませんか?」


 デリックは小さく舌打ちをすると、落ちた敵の左手からナイフをもぎ取った。マイナやノイルのことをここで口にすることは出来ない。まずは目の前の敵だ。


「貴女は……。ふふっ」

「初対面ですよね。何がおかしいんですか?」

「いえ、初対面ではありませんよ。今更隠すこともないでしょう」


 使用人は嘲るような笑いをフレイシアに向けながら切断された両手を軽く振る。すると、無くなっていた両手首から先が一瞬にして再生した。ケリーでもここまで速い再生能力はない。改めて敵の死霊術が達人の域であると思い知らされる。

 使用人は再生した手の具合を確かめるように擦りながら言う。


「まあ、死体を介しての対面しかありませんが」


 やはり守り神の術者だ。隠しもせずに宣言するということは、フレイシアのことは殺しにかかるつもりなのだろう。


「知った仲ですし、つまらないお芝居は止めましょうか。死体でも出来る仕事を必死に肩代わりしている愚かな精霊術師さん。お仕事の調子はいかがかしら?」

「上々ですよ。それなりに稼がせて貰っていますしね」

「そう……。でも、困るのよね。勝手に人の仕事を盗られては。お陰で代わりの仕事を始める羽目になったわ」

「若い女の子ばかりを襲う仕事ですか?」

「襲うとは人聞きが悪いわね。貴方たちが有効活用できないものを、私が代わりに使ってあげているのよ。丁度目の前にもギリギリ対象内の方がいることだし、臨時だけれど仕事に取りかかろうかしら」


 そう言うやいなや、使用人は予備動作なしに凄まじい勢いで跳躍してきた。尋常な人間の動きではない。

 フレイシアはまたしても魔術で風を操り、目の前に大気の壁を作り出す。強烈な風圧に勢いを殺されて押し戻される使用人へ向けて、今度は鋭い氷柱を放った。

 氷柱は敵の胸と腹に連続で命中。常人ならば即死だろうが、相手は亡者だ。殺す程度では止められない。

 フレイシアは敵の足元に魔術を向ける。一瞬にして隆起した土が、敵の足をガッチリと固める。


 敵の動きを封じた。そう思った瞬間、使用人は自ら足を切り離した。そのまま後ろに倒れながら後方宙返り、着地する頃には切り離した足は再生していた。


「トカゲかっての……!」


 フレイシアは悪態をつきながらも次の構えに入る。

 完全に予想外の方法で拘束を逃れた使用人が、新品の足でフレイシア目掛けて駆け出してくる所に、デリックが横からナイフを突き出した。

 恐らくナイフは風の魔術道具なのだろう。ナイフを突き出された使用人の頭部が風の刃に引き裂かれて吹き飛ぶ。

 首なしとなった使用人はそれでも倒れず、頭がな無いまま一歩後退。次の瞬間には断面から盛り上がってきた肉があっという間に新しい頭部を作り出していた。不気味なことこの上ない。古い頭部は無表情のまま地面に転がっている。


「さすがに分が悪いわね。こんな貧相な死体では……」


 そう言いながらも余裕の表情を崩さない亡者の使用人。何処かに隠れてこの亡者を操っている術者は、貧相な死体と戯れるフレイシアたちをせせら笑っているのだろう。しかし、こちらもずっと死体の相手をしているつもりは毛頭ない。


 敵は気色の悪い笑みを浮かべたまま、再び真っ直ぐフレイシアの方へ走りだした。不死身の亡者なら正攻法で攻め続ければいつかは通ると踏んでいるのだろうか。だが、この場にいる亡者は使用人だけではない。


「ケリー!」


 上空に控えていたケリーが即座に反応した。ケリーは急降下して、使用人の背後に回る。フレイシアとケリーが挟み撃ちにした形だ。

 背後から急速で体当たりを仕掛けてくるケリーを認めた使用人は、一瞬そちらに注意が逸れる。それだけで充分だ。

 フレイシアが突き出した掌に猛火が生まれ、灼熱が空気を焦がす。


「食らえっ!」


 フレイシアが放った炎は奔流となってケリーもろとも使用人を飲み込んだ。真っ赤な揺らめきの中に一人と一羽の姿が消える。


「ケリー!」


 続いて、フレイシアはケリーだけを狙って即座に水の魔術を放つ。的確に制御された水流がケリーを救い出し、フレイシアの元に届けた。

 全身焦げて羽根も焼けているが、ケリーも亡者だ。炎さえ消せば後は自力で何とかなる。亡者の戦い方が出来るのはこちらも同じだ。


「ごめんね。ケリー」

「コッコッ!」


 ケリーは元気よく返事をしてくれた。大丈夫とはいえ、ケリーには無理をさせてしまった。自力だけで対処できなかったことをフレイシアは悔しく思う。しかし、この協力で目の前の敵は打ち倒した。


 亡者の使用人は火だるまになって、路上をよろめいていた。亡者であるから痛みも苦しみもないだろうが、全身燃えたままでは得意の再生も困難であろう。


「あら、中々派手なことをするのね。ちょっと驚いたわ」


 亡者は燃え盛りながらフレイシアに言った。言葉を紡ぐ間にも毛や皮膚が次々に焼けただれてゆく。


「この身体は、も、ダメね。また、会い、ましょ、間抜、な、魔じゅ、師、さ」


 喉も口も焼けて声は途切れ、最後まで言葉は届かなかった。再生が追いつかなくなったのか、それとも術者が身体を放棄したのか。亡者は糸が切れたように倒れ、それきり動かなくなった。しかし、この程度では何一つ終わっていないことだけは分かる。


「今度会う時は素顔を出してきなさい。卑怯者」

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