令嬢アリスティアの結婚
@kanapon301015
アリスティア、婚約破棄される。
王子の求婚
「…私と結婚して下さいませんか?アリスティア様」
貴族達が慌てふためく騒動の中で、黒髪を靡かせる端正な顔立ちの男性の姿。
その姿がアリスティアの瞳を捉えて放さない。
彼女は高鳴る胸の奥と興奮を、掌で抑える。
─全ての騒動の発端は、彼女の許婚が言い放った次の一言である。
「アリスティア・クゥエルレウス!オレはお前との婚約を解消し、お前を王族、そして王国から追放する!!!」
黄金の刺繍でメリディエス王家の家紋が入った、燕尾服に身を包む銀髪の青年。
空の色の様な水色のドレスに身を包む、黄金の長い髪の女性の顔を指差して、怒りを込めた声で怒りを込め高らかに叫んだ。
それがこの騒動の発端である。
大広間には豪華絢爛なシャンデリアが輝く、その輝きは大広間に居る貴族達が身に付ける宝飾品よりも美しく見えた。
その大広間のど真ん中で大々的に大声を上げたのは、ここメリディエス王国の第一王子だった。
彼の名はナーティス・メリディエス。
その第一王子が、たった今宣言したのは現在、彼の許婚でもあるクウェルレウス公爵家の令嬢アリスティアに対する、一方的な結婚破棄の宣言である。
参加者の皆はひどく驚いていた。
メリディエス王国が隣国である、イスト王国王族や、他の国外のお歴々を来賓として招き、両国の友好記念を祝った祝宴会の真っ最中であるからだ。
なんでこんな祝いの場で?と、来賓客達は徐々に騒めき始める。
そもそもこの祝宴会自体はメリディエスの王子ナーティスと、その許婚であるアリスティアの両名が表向きは主催者(全ての段取りはアリスティアが行ったが)として、行った物であるにも関わらず、だ。
婚約破棄の宣言など、それは誰も予想しておらず、それは唐突に起きた出来事だった。
両国他、数多の貴族たちが快く宴席に参列し、好きな食べ物や飲み物を取って皆話に花を咲かせ宴の席を楽しんでいた。
その雰囲気も、このナーティスの一言によってその祝宴会も完全にぶち壊されたのであった。
しかし、ひとつ幸いな事は、偶然にもメリディエスとイスト、両国の現国王がこの場にいない事である。
其々の王は外交の為、今この場には、たまたま居なかったのだ。
両国の王が不在の中でも大いに盛り上がる、その様な宴席になるはずだった中での、大々的な発言に、周囲の貴族達はは酷くざわめいていた。
もしかしなくても、ナーティスも両国の王が居ない事を好機と見て、この事を狙っていたのかも知れない。全てはアリスティアの顔に泥を塗る為の行為なのだ。
(…この様な席で…ナーティス様は、なんて事を…)
もちろん渦中の人物で有る、公爵令嬢のアリスティアにとっては、血の気が引き卒倒するぐらいの衝撃的な状況である。
常識的に考えて有り得ない事、と。
ナーティスの横暴は、祝宴会を一から準備していたアリスティアの顔面どころか全身に、汚泥をぶつける行為であった。
一体、何故このような仕打ちを受けなければならないのか、ナーティスは一体何を考えているのか。
当のアリスティアの頭の中では理解が追いつかなかった。
今の今まで、アリスティアは王家に尽くそうと、立派な王妃になろうと、王城で勉学や鍛錬、それに加え公務にも日々全力で励んできた。
勤勉で王国に尽くす姫君、それが彼女である。
何故、今更になってナーティスがこの様な事を行うのか、彼女は心底理解が出来なかった。
「…何故ですか?…ナーティス様は…、何故このような事をするのですか?」
「…黙れ、お前の様な血の気のない、面白みの無い女よりも…オレはオレを理解する運命の人を見つけたんだ!!…来い、プリメラ!!」
「えっ!?プリメラ…?」
ナーティスがそう叫ぶと、アリスティアの目の前に立ったのは、虚な表情の、アリスティアの親友プリメラの姿であった。
(…何故プリメラがナーティス様と…!?)
プリメラ・ルピティス伯爵令嬢。
アリスティア自身と彼女…プリメラは。つい昨日まで笑い合ってお茶をする中だった。
令嬢同士、数多の付き合いがある中で仲が良い部類にあたる。
アリスティアもプリメラも、お互いがお互いを讃えあう程に、親友だと言える仲であった。
アリスティアの視線の先の、プリメラのその瞳は何処か虚空を見つめていて、虚いている様であった。プリメラの視線はアリスティアを見ていない様に思えた。
アリスティアはひどく違和感を感じた。
いつもの様な溌剌とし、凛とした気高い表情や覇気が、今のプリメラからは全く感じない、と。
「…お前…今までルピティス伯爵令嬢を今の今まで、陰で陰湿な嫌がらせをしていたそうだな?」
「そんな事はありません!…プリメラは私の…」
「…アリス…ティア様…ウソを付くなんて酷いですわ…」
「……え…えっ?……なっ……!?……アリスティア…様…?プリメラ…?」
アリスティアはプリメラの物言いに酷く驚いた。
彼女は涙を流しながらナーティスに抱きつく。
以前からナーティスを嫌厭する発言をしていたプリメラからは、全く想像も出来ない様な
光景がアリスティアの目には異様に映った。
瞳から光を失ったプリメラの表情は、とても邪悪な笑みを浮かべている。
その時のアリスティアにはそう思えた。
(…昨日までの彼女とは全く違う…でも目の前に居るのは間違いなくプリメラ…。…貴女は一体どうしてしまったと言うの…?)
ナーティスに冤罪を突きつけられて、婚約破棄をされたことよりも、幼き頃より親友として一緒に過ごしていたからだろうか、プリメラの豹変ぶりと、彼女から向けられる悪意ある視線の方がアリスティアにとって、精神的なダメージは大きかった。
凍りつくアリスティアと虚な瞳で笑うプリメラ。
ナーティスはその光景をケタケタと笑っている。
「…兄上!一体何をやってるんですか!!」
一歩前に躍り出たのは第二王子のマクシミリアンである。生真面目で清廉そして努力家、それ故に兄であるナーティスよりも、遥かに家臣達に信用されていた。
少し幼さの残る銀髪の美少年だ。
マクシミリアンが騒動に割って入るのとほぼ同時に、二人の女性が心配そうにアリスティアの元へと駆け寄る。
クウェルレウス公爵家次女、アリスティアの実の妹であるマクシミリアン王子の許婚ヴリュンヒルデ、とアリスティアのもう一人の親友である、メルル・プリティス伯爵令嬢である。
第二王子妃であるヴリュンヒルデは
冷静さの中に優しさを持った
金髪の可憐なまだあどけなさのある少女。
メルルは聖女の様に皆を包み込む
暖かさを持ち、気品ある穏やかな気質が
メリディエス王国の貴族の中でも
特に人気の高い令嬢である。
「…お姉様…大丈夫ですか?」
「…アリス…ほらハンカチ…」
ヴリュンヒルデとメルルは、青ざめた表情のアリスティアの顔を覗き込む。
献身的な二人の心配する表情を見てアリスティアは一層目頭が熱くなった。
メルルから受け取ったプリティスの家紋が入った純白のハンカチで、アリスティアは目元を抑える。
「…本当に…ありがとう、二人とも」
心が折れそうな時に寄り添ってくれた二人に、アリスティアは心の底から感謝した。
「…兄上!…如何な不満があろうとこの様な公式の席で、なんと突拍子もない事を…あなたは我が国の体裁を考えられないのですか!?」
騒動は未だ続いて、遂には周囲の来賓が大きくざわめき始めた。メリディエスの王族が何やら揉めていると。
「…とにかく、アリスティアとの婚約は今すぐ破棄だ!そしてアリスティア、お前は今すぐ俺とプリメラに頭を垂れて謝罪せよ!今すぐ!!」
「…ナーティス様。婚姻の解消は了解致しました。ですが、身に覚えのない事に関しては謝罪出来かねます…ご容赦くださいませ。」
アリスティアは静かにお辞儀をする。
冷静なその姿が気に食わなかったのか、ナーティスは更に激昂した。
握った拳がワナワナと震えている。
「…無礼な!俺はこの国の次期王であるぞ!お前はこの後に及んでしらばっくれる気か!!お前のような冷血女!今すぐこの場にて俺が処刑してくれる!!」
ナーティスは腰に掛けてあった剣に手を掛けようとした、その時であった。
「…それは聞き捨てならないな。」
一人の青年がアリスティア達を護る様にしてナーティスの行手を遮った。
シャンデリアの光を反射してキラキラと輝く彼の髪、青年は艶のある黒髪を靡かせていた。
深紅のコートを纏う青年の眼光には強い光が灯っていた。
アリスティアに背を向け、毅然とした態度のその姿は、まるで物語の英雄の様にアリスティアの眼に映った。
「…ナーティス第一王子、先程から見苦しい発言が続いている様ですが…。くだんの件、ウーゼル国王陛下はご存知なのですか?」
「…お前は!ジークハルト!!イストの国の第一王子のお前が何故ここに!?」
ジークハルトと呼ばれた黒髪の男性は、ヤレヤレと言った面持ちで静かに答えていた。
「…私も来賓客ですよ、ナーティス第一王子。ほら…招待状…現王の我が父上が外交の関係上、どうしても忙しいので私が代わりに来ました。」
「ぬ…ぐっ…」
剣の持ち手に手を掛けるナーティス、それを止めようと対峙するジークハルト、二人の間にマクシミリアンが更に割って入る。
「…兄上、もうおやめ下さい!イスト王国と戦争でも起こす気ですか!?国王陛下がこの件を耳にしたら叱責どころでは有りませんよ!!」
マクシミリアンの毅然とした対応にナーティスは一層不機嫌になっていた。
「…猛烈に不愉快だ!!来いプリメラ!!」
「…はい、ナーティス様」
ナーティスは虚なプリメラを連れて大広間の外へ出て何処かへと去っていく。
(…プリメラ…)
状況もわからないアリスティア達は二人を見送った後、マクシミリアンは来賓客の貴族を集め一人一人に謝罪していく。
「お姉様、私もマクシミリアンのお手伝いをしてきますね、また後ほど…」
「ええ、ありがとうヴリュンヒルデ。」
ヴリュンヒルデは微笑んだ後、一時アリスティアの元を離れマクシミリアンを手伝った。二人の尽力により段々とざわめきが薄れていく。
「さて…」
ジークハルトはアリスティアの方へくるりと振り向いた。実に均整の整った顔で微笑むジークハルトに、アリスティアの胸はドキッとした。何処かで見覚えがある彼の表情に、そう言った雰囲気を覚えていた。
「…アリスティア様は、たった今、ナーティス王子の婚約破棄を了承されたのでしたよね?」
「…ええ、そうです…ジークハルト王子…」
「それでは…」
ジークハルトはアリスティアの目の前で跪いて胸元から小さな小箱を取り出す。
小箱を開くと中から白金に美しく輝く、薔薇の装飾がされた一つの指輪が現れた。
「…私と結婚して下さいませんか?アリスティア様」
騒動の中で黒髪を靡かせたジークハルトの姿がアリスティアの瞳に焼き付き、彼女の心臓を高鳴らせた。
「…ふぇ!?ふええぇぇッ!?」
「…あら…あら…まあ!!」
「…ふぁっ!?…」
突発的な状況に驚くアリスティア。
その光景を間近で見て、赤く染めた頬を両手で覆うメルル、そして、一部始終を少し離れた場所で見ていたヴリュンヒルデ、皆が困惑していた。
アリスティアに優しく微笑むジークハルトの眼差しは真剣で紛れもなく本気だった。
予期せぬ出来事に来賓客の貴族たちは、当事者達をよそに再度ざわめいていた。
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